地平線の向こうにはなにがあるのだろう
「ミーン・ストリート」の他に、
「デス・プルーフ」の影響から
「バニシング・ポイント」のDVDも購入しておりまして、
本日はそのレビューをば。
運送業を勤めるコワルスキーは、
届け物の車であるはずのダッジ・チャレンジャーを
超高速で駆り、迫り来る警官を振り切り、
道すがらに出会った人々の好意と協力を受け、
とにかく走る!走る!走りまくる!という、
あらすじはあるようでないようなのがあらすじです。
主人公であるコワルスキーが、一体何故
暴走行為に及ぶのかについては作中で一切触れられません。
断片的に彼の様々な過去がフラッシュバックのように
演出されますが、それが彼の暴走についての
明確な理由に結びつくこともまたありません。
「タクシードライバー」のトラヴィス、
「ランボー」のランボー、
そして本作のコワルスキーと、
ベトナム帰りのキャラを主人公に添えた作品は数ありますが、
共通して主人公には
「キレさせたらおっかない」「何を考えているのかわからない」
という特徴が見られます。
そこから背景に見られるのは、ベトナム戦争の残した傷跡と、
「漠然とした不安」。
戦争は終わり、世界は確かに平和へ向かっているはずなのに、
世間には相変わらず失業者が溢れていて、
暗いニュースがひっきりなしに流れている。
自分も世間のために何かがしたい。何かを変えたい。
でも何をしたらいいのかがわからない。
おかしなことに、ベトナム戦争から30年経ったにもかかわらず、
今の日本にも当時の作品に見られる、澱んだ空気が
蔓延しているように思われます。
元ベトナム兵でも何でもない、
ただの平凡なサラリーマンが次第に狂気に陥っていく
「フォーリング・ダウン」という名作映画があります。
作品が発表された年、作品内の舞台設定はともに90年代。
この作品の中に生きる人々の間にも、我々が日々感じている
「漠然とした不安」を垣間見ることができます。
現在、日本は戦争を知らない世代へと移り変わりつつあります。
けれども、人々の心の中では絶えず戦争が行われていて、
そしてまだその戦争は終わっていないのではないか。
数々の映画作品を年代ごとに追い、
その作品の意味を考えさせられる度に、
そんな気がしてならなくなります。
話はやや逸れましたが、物語終盤、
瞳に何処か諦観にも似た色を込めたコワルスキーが
ハンドルを握り締め、陽気な、そして何処か悲しげなBGMと共に
「バニシング・ポイント(消失点)」へと向かう展開で、
なかのひとは何故か突然涙がボロボロ溢れ出し、
それを止めることができませんでした。
酒飲みながら延々とドライブ映像を観せつけられたから、
意識が高揚したのかもしれません。
或いは、歳のせいで涙もろくなってるのかも…
「デス・プルーフ」の影響から
「バニシング・ポイント」のDVDも購入しておりまして、
本日はそのレビューをば。
運送業を勤めるコワルスキーは、
届け物の車であるはずのダッジ・チャレンジャーを
超高速で駆り、迫り来る警官を振り切り、
道すがらに出会った人々の好意と協力を受け、
とにかく走る!走る!走りまくる!という、
あらすじはあるようでないようなのがあらすじです。
主人公であるコワルスキーが、一体何故
暴走行為に及ぶのかについては作中で一切触れられません。
断片的に彼の様々な過去がフラッシュバックのように
演出されますが、それが彼の暴走についての
明確な理由に結びつくこともまたありません。
「タクシードライバー」のトラヴィス、
「ランボー」のランボー、
そして本作のコワルスキーと、
ベトナム帰りのキャラを主人公に添えた作品は数ありますが、
共通して主人公には
「キレさせたらおっかない」「何を考えているのかわからない」
という特徴が見られます。
そこから背景に見られるのは、ベトナム戦争の残した傷跡と、
「漠然とした不安」。
戦争は終わり、世界は確かに平和へ向かっているはずなのに、
世間には相変わらず失業者が溢れていて、
暗いニュースがひっきりなしに流れている。
自分も世間のために何かがしたい。何かを変えたい。
でも何をしたらいいのかがわからない。
おかしなことに、ベトナム戦争から30年経ったにもかかわらず、
今の日本にも当時の作品に見られる、澱んだ空気が
蔓延しているように思われます。
元ベトナム兵でも何でもない、
ただの平凡なサラリーマンが次第に狂気に陥っていく
「フォーリング・ダウン」という名作映画があります。
作品が発表された年、作品内の舞台設定はともに90年代。
この作品の中に生きる人々の間にも、我々が日々感じている
「漠然とした不安」を垣間見ることができます。
現在、日本は戦争を知らない世代へと移り変わりつつあります。
けれども、人々の心の中では絶えず戦争が行われていて、
そしてまだその戦争は終わっていないのではないか。
数々の映画作品を年代ごとに追い、
その作品の意味を考えさせられる度に、
そんな気がしてならなくなります。
話はやや逸れましたが、物語終盤、
瞳に何処か諦観にも似た色を込めたコワルスキーが
ハンドルを握り締め、陽気な、そして何処か悲しげなBGMと共に
「バニシング・ポイント(消失点)」へと向かう展開で、
なかのひとは何故か突然涙がボロボロ溢れ出し、
それを止めることができませんでした。
酒飲みながら延々とドライブ映像を観せつけられたから、
意識が高揚したのかもしれません。
或いは、歳のせいで涙もろくなってるのかも…
<<銀雨偉人伝(第9回) | HOME | 銀雨偉人伝(第8回) >>
![]()
![]()
![]()
| HOME |


