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音楽をする理由がある

ようやく地元に回ってきた映画「セッション」を鑑賞
しましたので、本日はこの作品をレビューします!

名門音楽学校・シェイファーでドラマーとしての
才能を持て余す新入生のニーマンは、その中でも
特に有名な教授のフレッチャーに目をかけられ、
彼から与えられた甘言に自らの将来を楽観していた。
ところが他のエリート生徒とのセッションに臨むと、
教授は途端に豹変しニーマンへ常軌を逸した
スパルタ教育を施すのだった…というあらすじ。

助演のフレッチャー教授演じるJ.K.シモンズの
クソコテ演技が世間を騒然とさせた、ジャズの
「セッション」をテーマにしたドラマ映画の本作品。

おおよそメソッドと呼んでいいものかと戸惑う
方法をキチガイが用いて、百人・千人・万人の
中から才能あるキチガイを選抜するという過程を
描いているわけですが、あまりにも破天荒で、
馬鹿げていて、非効率的すぎる内容でありながら、
同時に目的を達成するためという意味であれば
これこそが最適解なのだろうと思えるのも事実。

それは踏んづけに踏んづけまくって伸びた麦だけを
更に踏んづけまくって更に伸ばすとも言うべきもので、
逆に言い換えれば「多少叩かれた程度で凹むなら
遅かれ早かれ凡百の有象無象と一緒に埋もれて
いくだけだからすぐに辞めた方がまだダメージが
少なくて済む」という、ある意味では優しさの裏返し
にも取れるメッセージが込められていて、この辺
少なからず創作畑に一度でも足を突っ込んだ人には
かなり耳に痛い話として突き刺さるし、中途半端に
駄サイクルを形成しているワナビーにとっては
「諦めて別の道を探るのも勇気」という追い打ちも
一緒に入ってきてなんだか妙に胸とか胃がキリキリ
してくるんだよなんでだろうねヘンだねおかしいね!

さて置き、老練なクソコテが前途ある若者をクソコテに
仕上げていくという展開により、フレッチャーの影響を受け
ニーマンのエゴが際限なく肥大化していくわけですが、
師匠の真意と弟子の青さが対比になっているのも
ドラマとして面白くて、「正気にては大業成らず」として
おきながらも「狂気をコントロールできなければいずれは
闇に呑まれる」という教えが感じ取れるのですが、その
一方では…これは記憶違いや勘違いだったら申し訳ない
ですが、「海ツバメの中で突出した才能が生まれても、
その個体は子の世代に自らの技術を教える術を持たず、
そしてまた遅かれ早かれ岸壁に激突して死ぬ」というような
話を何かで聞いたことを不意に思い出し、生き急ぐ才人が
何故早世するかの理由を本作で垣間見た気がするのです。

あれこれと細かくドラマについて解釈することを投げても、
超絶ドラムテクによるセッションは視覚的聴覚的に単純に
楽しめるし、前述の通り老人と若者の手に汗握る対決もまた
エキサイティングということで、実はその二つのテーマを
忠実に両立して見せた、主演のマイルズ・テラーをこそ本作で
最も評価するべきなのではないかとも個人的には思います。

精神論に裏打ちされて体罰に溢れかえった、まるで往年の
梶原一騎原作みたいなアナクロ世界観が構築されているせいで、
賛否が分かれるのは当然のところと思いますが、日本人には
それでもやはり郷愁に囚われてしまうという人も多いのでは?
何が正しくて何が誤っているのかという話を判断するのは
個人々々によりにけりでしょうが、重要なのは「プロ根性」
だと言う点については一貫しているので、人間皆何かしら
一つの道でメシを食っているのだとすれば、少なからず
共感を得られる場所があって然るべきとも言えましょう。
鑑賞後に思わずスタンディングオベーションしたくなるような
(流石に一人でそれはこっ恥ずかしくてできなかったところが
チキン)、爆発するようなエネルギーに満ちた作品ですので、
話題作ということもあって一度は鑑賞をオススメしたい!

あ、当然盛り上げに盛り上げて迎えるクライマックスは
血管切れそうなぐらい緊張感に溢れてますが、あのジジィ
多分ステージ上で三回か四回ぐらい射精してるよね…
「師匠に追いつくだけではダメだ、力で捻じ伏せてその上を
行かなければダメなんだ!」っていう、マジいいシーンでは
あるんだけど!へへ、とんだサディスト気取りのマゾ野郎だぜ。
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V8を崇めよ

新作映画「マッドマックス 怒りのデス・ロード」を鑑賞
してきましたので、本日はこの作品をレビューします!

核戦争によって荒廃した近未来。
イモータン・ジョー率いる大盗賊団”ウォーボーイズ”に
捕らえられてしまったマックスは、一味の裏切り者・
フュリオサが交戦している最中に運良く拘束を逃れる。
共通の敵、共通の目的を抱えた二人は、東にあると言う
”緑の地”を目指し、昼夜もなく荒野を駆け抜けるが…
というのが大まかなあらすじ。

一面見渡す限りの荒野を改造車やバイクにまたがる
モヒカン刈りのチンピラが闊歩し、限られた水やガソリンを
奪い合い殺し合う…80年代に「世紀末的世界観」を打ち出し、
日本では「北斗の拳」でも知られるように絶大なムーブメントと
数多のフォロワーを生み出した怪作「マッドマックス2」。
その監督・脚本を務めたジョージ・ミラーが21世紀の今、
再び同作をリブートし全世界に叩きつけたのが本作品!

のっけから荒野を爆走する車!爆発炎上!拘束!
刺青!逃走!喧嘩!拘束!群衆!水だァー!と、
80年代とやっていることが全く変わっていない世界観及び
なおかつスケールアップした描写にアドレナリン全開!
一体何食ったらこんな改造車を思いつくんだってデザインと
それを実際に組み立ててしまった上でその全てを尽く
派手に破壊する完全肉食獣系思考と行動力もまた
更にパワーアップ、オージーはほんとバカだな!
一方ではゴシックでパンキッシュなファッションや妊婦に
欠損系美女といったバッドテイスト、地域ごとに車の
改造法や戦法が変わる民族性アピールが加えられている
というディティールの作り込みにもセンスが光ります。

実際問題ストーリーなんてもう無いに等しければ同様に
メッセージ性とかそういう類の物も綺麗さっぱり一切
切り捨てた潔い仕様の勢いで乗り切るバカ映画なんですが、
しかして全編が焼けつくようなバイオレンスに彩られたド派手な
アクションの連続で何処を切り取っても面白いシーンしかない!
一応「虐げられ続けられた女性が最後には世界を救う」
的な話が思い出したように申し訳程度に盛られてて
様式美のテンプレみたいな展開だなあとわかっていても
最後の方には観客のIQも10分の1くらいに削られてるので
なんかすごい壮大で感動のエピソードを見せられている
ような錯覚を覚えるのだから不思議不思議ー。

80年代から何一つ成長していないバカ以外に形容の
しようがないバカ映画なのであんまり書けることもないの
ですが、逆に変に理屈で固めて来る映画も多い昨今に
あってここまでバカを貫き通してくるのもまた珍しく、
このままだと2015年マイフェイバリットムービーの座に
うっかり収まってしまいそうな面白さが本作にはあります。
少なくとも限定版BDボックスみたいなの出たら間違いなく
予約するしあと一回ぐらいは劇場に足運ぶ。間違いなく。

カレーとハンバーグとラーメンと牛丼て美味いよな?
じゃあ一緒に食ったらもっと美味いってことじゃん!
みたいな男の子の味しかしない素晴らしいバカ映画、
21世紀に再来した世紀末救世主伝説に刮目せよ!

犬が仮装する世界

新作レンタル「リアリティのダンス」を鑑賞
しましたので、本日はこの作品のレビューをば!

「ウクライナ商会」の一人息子としてアレハンドロは
経済的に何一つ不自由なく育てられたが、その一方で
父親は歪んだ教育による虐待を彼に与え、母親は
彼に亡き父親の影を重ね誤った愛情を注ぐのだった。
ユダヤ人であることにコンプレックスを抱く父親は常々
自分を大きく見せることに執心しており、心優しき息子は
彼にとっては「臆病者」であり重荷でしかなかった。
そんな父親は自暴自棄の無謀が原因で疫病を患い、
奇跡的に一命を取り留めたと思うと次には「この国を
救うには大統領を暗殺するしかない」と家を飛び出して
しまい…というのがおおまかなあらすじ。

「エル・トポ」「ホーリー・マウンテン」で知られるカルト
映画界の巨匠、アレハンドロ・ホドロフスキーが
既に齢八十を超えた今になってなお監督・脚本・
出演を果たし健在を示した本作は、独裁政権下で
激動に揉まれる小さな家族とその愛を描いた物語。

苛烈と先鋭化を極める資本主義の競争や過激な
保守思想が世界にありとあらゆる歪みを生み出す
という描写がまずあって、人種・性別・身体障害・
貧富といった差別表現をここまで露骨にありありと
描いた作品もなかなかなく戦慄させられますが、
しかし底辺の労働者を劣悪な環境で働かせ、
手足がもげたら用済みとばかりに足蹴にして
処分場に送る覚悟がなければ金持ちには
なれないというのも、社会のシステムとして
一つの真実のように思えるのもまた事実。

ところが虐げられる側の人間、例えば共産党員や
同性愛者、ユダヤ人が正しくて純粋かと言えば
そうでもなかったり、国民から独裁者のレッテルを
貼られ常に命を狙われる立場にいる大統領が
必ずしも悪人ではなく慈悲に溢れた人物だったり
するという描写もまた面白く、物事を簡単に割り切った
二元論には持ち込まない監督の姿勢には好感を
覚えるし、このままならなさもまた現実と言えましょう。

物質社会の昨今において世俗には最早吐き気を
催す刹那的な快楽しか溢れておらず、悟りを開いた
者だけが幸せの境地に辿り着くことができるだとか、
百年後には自らの肉体は消え失せ、数万年後には
既に地球もなくなってるかもという視点で想像しろ
みたいな話に飛躍して面を食らうのですが、しかして
家族が離散と絶望の憂き目に立ったその時点から、
また話はよりミクロな観点で語られ様相を変えます。

それは性善説に基づいた上で、日々の労働に喜びを
感じ貧しき者には施しを与え自らを嘘偽らざるに生き
離れていても常に家族の身をお互いに案じていれば
必ずや真の幸せが訪れるだろうという、ある意味では
極々当たり前の話を説いているに過ぎないのですが、
エログロナンセンスで彩られた過酷で狂った世界の中、
最も難しい茨の道を家族一人一人が歩んで行く様の
力強さは胸を打つし、これこそが人類に残された
希望という確信に満ち思わず涙が溢れて止まらない!

白痴の娼婦のように乱れていた母親がやがて神の愛を
説く祈祷師へと変貌し、本当の臆病者だった父親が
幾多の試練に打ち勝ち聖人へと生まれ変わっていく
といった具合に、ホドロフスキーならではの宗教色溢れた
観念的な演出は相変わらず盛り込まれているのですが、
主人公がアレハンドロ・ホドロフスキーの名を冠する少年
という点も含め、本作は彼が両親に対し、憎しみをも内包した
大いなる愛の賛辞を捧げた作品という側面もあるのでしょう。
狂言回しのように神の視点で登場する本人、少年の
アレハンドロ・ホドロフスキー、そして中盤から実質的に
主人公の立ち位置につく父親の物語は三位一体的な
趣もあり、彼の匠な脚本は未だにキレッキレで驚くばかり。

随分わかりやすい話を書くようになったなあという角の
取れた部分があれば、相変わらず際どいギリギリアウトな
尖った描写もあり、そうして作品全体のまとまりとしては
これまでの彼の作品を超える完成度を有しており、成長を
止めることを知らないお爺ちゃんの底力を見ました。
個人的には彼の映画の中で一番好きかもしれないし、
「ホドロフスキーのDUNE」ともどもこれなら彼のことを
よく知らない人にもオススメしやすい内容に思います。
いや、ほんと、ホドロフスキーの映画でこんなに
ボロボロ泣かされるとは全く予想していなかった…

人生の目的とは

新作レンタル「ホドロフスキーのDUNE」を鑑賞
しましたので、本日はこの作品のレビューをば!

本作は、前衛芸術家であるアレハンドロ・ホドロフスキーが
「エル・トポ」「ホーリー・マウンテン」のヒットを経た後、
SF作家フランク・ハーバートの代表作「デューン」に着目し、
その超大作の製作にあたって彼やスタッフが傾けた
情熱や挫折の無念を収めた回顧録となっています。

「人間の意識を根本から変えてしまうような預言書を
作りたかった」と冒頭から語るホドロフスキー監督。
元々「エル・トポ」「ホーリーマウンテン」でも「自らが
創造する全く新しい聖書を作りたかった」とコメント
しているので、デューンに対する彼のスピリチュアルな
意気込みも別段珍しいものではないのですが、そんな
カルト教祖のような彼の物言いに合わせて、当時の
彼の周囲にいたという人間の「ホドロフスキーは
すごい奴だったんだよ!」といった類の賞賛の言葉を
並べる展開に、「これは駄サイクルによる単なる
居酒屋座談会なのか?」と一抹の不安がよぎります。

ところが「スター・ウォーズ」による一大スペオペ
ブームが巻き起こる以前に、彼が既に観念的な
側面の強い一つのSF作品に着手しようという慧眼は
決して看過することはできないし、何よりも中盤に
登場する、名脚本家として知られるダン・オバノンや、
今や説明不要のエログロアーティスト、H・R・ギーガーを
いち早く彼が抱え込んでいたという純然たる事実が、
「ひょっとして我々は歴史に残るような名作を観る
機会を本当に逃していたのでは」という気になります。

加えて映画のスコアにはピンク・フロイドを、キャストは
デヴィッド・キャラダインに端を発してミック・ジャガーや
果ては画家のダリまで起用しようなんていう大胆かつ
奇抜な発想、同時に当然膨れ上がっていく予算には
吹かされるのですが、そんな途方も無いスケールの
作品の実現を、彼と彼のスタッフが誰一人として
全く疑うことなく心の底から信じて一丸となっていた
という意気込みを見ているうちに、我々も熱気に
あてられて「ホドロフスキーの作った『DUNE』」という
作品を鑑賞しているような、或いは一度鑑賞したような
奇妙な興奮と一体感に包まれるから不思議なものです。

「カルト映画監督のホドロフスキーが手がける10時間超の
SF作品」というお題目が、結果として配給会社が何処も
買いの手を挙げなかったという話が頷けるならば、
企画が同じくカルト映画監督のデヴィッド・リンチに渡り、
結果として世紀の大駄作「デューン 砂の惑星」が
生まれてしまったというオチまでついてるのも笑う。

彼が本当に「DUNE」を世に送り出していれば果たして
名作足り得たかどうかというのはあくまで「たられば」の
話でしかないのですが、それと同時に彼が企画を
出していなければギーガーが映画の世界に足を
踏み入れて「エイリアン」をデザインすることもなかった
かもしれないといった具合に、本作を通じて語られる
テーマは「可能性」の話であり、現在では長編は
トリロジーとしてカットアップするのが主流となって
いるし、数々の観念的なSF映画がヒットを飛ばして
いるのを鑑みるに、そこには確かに早すぎた才能が
存在したという確信を得られるような気がするのです。

「実現には至らなかったコンコルド計画」という
側面から、想定されたスケールのデカさを見るだけ
でも楽しいので、ホドロフスキーのファン以外にも
映画好きには一つのメイキングやドキュメンタリーとして
なかなか楽しめる作りになっているのではないでしょうか。
個人的には結構オススメしたいというか、これが
きっかけで「エル・トポ」や「ホーリーマウンテン」を
うっかり観てしまう人が増えてしまったらいいな!
プロフィール

マイケル・チバ

Author:マイケル・チバ
シルバーレイン
マイケル・チバ(b30277)
薬師寺・米(b41960)
を経て、
現在はエンドブレイカー!
マーヴィン・ジェント(c06527)
にて稼動中。

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