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さらば わが銀河!

新作レンタル「インターステラー」を鑑賞しましたので、
本日はこの作品のレビューをしたいと思います!

人類の高度な技術の発達とは裏腹に、地球は人口
過密と異常気象から致命的な食糧難に陥っていた。
そんな最中、クーパーの家では娘のマーフの部屋で
怪現象が相次いで起こり、親子がこれを検証した
ところ、とある座標を指し示していることがわかる。
父娘が向かったその場ではNASAが人類救済の
計画を極秘裏に練っており、かつて優秀な航空
パイロットだったクーパーは「第二の地球」を
探索するチームの一人として選ばれることとなる。
生きて戻れる保証などない危険なミッションに
マーフは父を必死で引きとめようとするが、しかし
使命に燃える彼は決死の覚悟で宇宙船へと
乗り込むのだった…というのがおおまかなあらすじ。

奇才クリストファー・ノーランが今回挑んだのは、
死にゆく地球と人類を救うために抗い続けた
一組の親子を壮大なスケールで描いたSF映画。

熱々のコーヒーも時間が経てばやがて冷めていき、
決して再び温かくなることはない…通常の物理学に
当てはめれば当然の帰結として、「死」を目前に
控え、後は緩やかに終末を眺めるだけの人類。
希望と呼べるものはなく、「アポロは月に辿り着いて
いなかった」等と過去すらも否定する世間を余所に、
まだ何かあるはずだと拘り続けるクーパーの元では、
娘の身の回りで起きるポルターガイストに端を発し、
やがて一つの奇跡が舞い降りる…ってんで、SF
なのかオカルトに振りきれるのか観客も一体本作に
どういう姿勢で臨むべきか考えあぐねているところに、
「じゃあ宇宙行って地球の代わりになる惑星探しに
行こっか」とか話は更に途方も無いとスケールアップ
するので、我々はいよいよ思考停止を余儀なくされ
スクリーンに映し出される壮大なノーラン・ワールドを
ただただ呆然と眺めるしかないという流れになります。

ところがそこからまたまた更に話は二転三転、
全人未踏の銀河という海を渡る上で航海のトラブルは
常に彼らを悩ませ続け、クルーの間でも互いの信条や
感情がぶつかり合い「人類の救済」とは一体何かと
議論を重ねているうちに、辿り着いた惑星でとある
人物と出会うことによりまたまた話のノリが変わる!
というかね、いよいよ異能生存体としての趣が強く
なりすぎてるからこの人出したらあかんでしょ!
狙ってやってるんだろうなってのもわかるけど!
爆笑したけどどういう作品か本当わからなくなるから!

ゼイリブばりに突然プロレスしたり、ゼログラビティ
ばりに決死のスペースミッションこなしたりした挙句、
最終的には2001年宇宙の旅みたいなスピリチュアル
空間に突入したりで、ノーランの描く変態的ビジュアル
センスも相まってまさしくやりたい放題の169分。

「ウォッチメン」の青色ハゲを引き合いに出すならば
「時間とは連続した写真のようなものである」とか
「時間の流れが同一でないとしたら時計に一体何の
意味がある」といった具合に、本作は相対性理論を
重点に置いた上で「その一歩先へと進化した人類」を
描こうという意欲が伺え、前述の通り何処までが
SFで何処までがオカルトなのかは私も科学やSFに
聡いわけではないので理解が及んでいるわけでも
ないのですが、話の構成としてはちゃんと綺麗にオチが
ついているしすごく面白い仕上がりになっています。

それでもやっぱりやりたいこと詰め過ぎたなって
煩雑な印象が拭えなくて、本作からは数々の過去作が
連想されるのですが、それは例えば「人類の進化」
という点では「コンタクト」、「AI萌え」という点では
「月に囚われた男」だったり「her」だったりするのですが、
これらは壮大な設定を持ちだしておきながら話の展開
自体は実にミクロなレベルに落ち着いていて、それは
何故かと言えば予算不足とかそういうケチなレベルの
話ではなく、実際にストーリーそのものも膨大にすると
途中から観客が置いてきぼりくらうからなんだなって
ことが、本作を通じた結果教えられたような気がします…
いや、ていうか、やっぱりプロレス突然始めるくだり
必要あったの!?って部分も大きいけどね、これ!

面白かったには面白かったですけど、ともすれば
消化不良を起こしかねない容量をきちんと許容
できるかどうかによって個人々々の評価も全く
変わってくるだろうし、「全然意味わかんなかったぞ
クソが!」とか「長すぎて途中で寝たわボケが!」
とかそういう感想がもしあっても仕方ないと思う!
「人類の進化」というテーマが被っていて作品も
コンパクトにまとまっているという点から言うなら、
「コンタクト」とか「ゼログラビティ」とか観ておくに
留めておいて別に本作まで手を伸ばす必要は
ないかな…という気もしないこともない。
面白かったけどね?本作も面白かったけどね!?
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FIND AMAZING AMY

新作レンタル「ゴーン・ガール」を鑑賞しましたので、
本日はこの作品のレビューをしたいと思います!

誰もが羨む理想の素敵な女性・エイミーと2年の
交際を経て結婚したニックだったが、5回目の結婚
記念日を迎える頃二人は既に倦怠期に突入していた。
そしてその当日彼が自宅に戻ると、申し訳程度に
家具が壊され彼女の姿は何処へと消えていた。
いかにも怪しげな状況や次々と浮かび上がる新たな
物証が、当惑する本人を余所に、警察やメディア、
群衆は彼へ疑惑の視線を送るようになりはじめ…
というのがおおまかなあらすじ。

奇才デヴィッド・フィンチャーがベン・アフレックを
主演に迎え最新作として世に送り出したのは、
妻の謎多き失踪がきっかけで、スキャンダラスかつ
壊れゆく二人の男女の関係やあまりに壮絶で冷酷・
残虐な秘密が暴かれる過程を描いたスリラー映画。

フィンチャー映画というと兎角グラフィック・ノベルや
コミックを読んでいるようなコテコテのキャラクターや
世界観の設定を構築した上で、観客のド肝を抜く
ためにあるようなギミック重視のびっくり箱的展開を
見せるというような印象を「セブン」や「ゲーム」といった
過去作の頃から抱いていますが、本作もその一つ。
中盤からあっと思わぬ方向に話が転んでいくために、
レビューでは殆ど具体的な内容に触れられませぬ…

親の七光を一身に受け、何一つ不自由なく育てられた
可愛らしいエイミーは、しかし周囲の「理想」を押し付け
られた偶像であり、そのギャップに彼女自身が思い悩む。
そんな彼女に対し色眼鏡をかけず自然に振る舞って
くれる唯一の存在がニックであり、しかしてそんな彼の
本性もまた怠惰なろくでなしだった…ってなところから
始まる本作のテーマは一言で表すならば「皮肉」。
読んで字の如く、被った皮と中身に詰まった肉は
全くの別物であり、「演じる」ことによって人というものは
いくらでも騙せ、また状況をそれらしく繕うことによって
周囲の目は簡単にバイアスで濁され、歪んでしまう…。
ところがどんなに高尚に振る舞ったところで俗っぽい
感情は完全に隠し通すことができないし、下衆で
通俗な人間はだからこそ「お前だって同じだろ」と
裏側にある臭いを敏感に感じ取る、なーんてブラック
ジョークがこれでもかと詰められた愉快な話です。

それこそ「アメリカン・サイコ」じみた、庶民の想像する
「本当は怖い金持ち」像に溢れていて、真面目に
受け止めるよりかは「いやいやいや」とか「おい!」
とか画面に突っ込みを入れていく方向にシフトするし、
なんとなーく後味の悪い、特に明確な決着をつけた
オチにするわけでもない、ある意味投げっぱなラスト
とかも、割といつものフィンチャー映画という感じ。
エンタメに全振りで作品としてのまとまりは二の次で
いいという彼の割り切ったスタイルが、それだけに
評価されるのはよくわかるけれども、やっぱり
個人的には合わないなあってとこにいつも着地する。
面白いんだけどね!今回はかなりウけたんだけど!

話としての面白さは、イモ臭いダメ男という見たまんまの
ベン・アフレックが主演にはめ込まれている以上に、
これまであまり耳にすることのなかったイギリス女優、
ロザムンド・パイクの身体を張りすぎるサイコ演技が
作品の半分かそれ以上牽引してんじゃねえかなとも。

タイトルや主演男優から「ゴーン・ベイビー・ゴーン」を
連想するけれども、どちらかと言うと実はコーエン
兄弟作品のような、ギャグなのかスリラーなのか
今ひとつ判別に困る作品が好きという人向け。
でも、その「思わぬ方向に転ぶ」という展開そのものを
楽しむことも面白さに含まれていると思うので、
そういう内容だってこと自体もあんまりおおっぴらに
書けないし、できれば前情報はいっそ全部シャット
アウトして観るぐらいが丁度いい作品だよね…

自分の生まれてきた意味

新作レンタル「イコライザー」を鑑賞しましたので、
本日はこの作品のレビューをしたいと思います!

ホームセンターで働く几帳面が取り柄の男・ボブは
不眠気味で、深夜のダイナーでお茶を飲みながら
読書をすることが毎日の楽しみであり、それは
まだ幼さを残す娼婦のアリーナと他愛のない
雑談を一言二言交わすことも含まれていた。
そんなある日、彼女は客とトラブルを起こしたことが
原因でポン引きにひどい怪我を負わされてしまう。
不憫に思ったボブは彼女を引き取るために
現金を持ってポン引きの元へ示談へ行くが、
彼らは取り付く島もなくその交渉を無碍にする。
すると次の瞬間、ボブは文字通り彼らを”秒殺”し、
何の証拠も残さずにその場を立ち去るのだった。
貴重な収入源の一つを失ったロシアンマフィアは
事態の解決を図るため殺し屋のテディを派遣し、
街は一触即発の緊張した空気が張り詰める…
というのがおおまかなあらすじ。

「トレーニング・デイ」でデンゼル・ワシントンを
アカデミーの座に輝かせた監督、アントワン・
フークアが再びデンゼルとタッグを組んだ本作は、
一人の少女を救うために立ち上がった経歴不明の
謎のすごい男の戦いを描いたアクション映画。

少女の娼婦を救うというプロットの時点で既に
「タクシードライバー」だったり、過去にトラウマを
抱えた元・殺し屋がこれまた少女を救うために
己のスキルを再び最大に活用するなんて話は
故・トニースコットの名作「マイ・ボディガード」も
連想するわけで、しかもそれぞれの作品に
出演した名子役ジョディ・フォスターやダコタ・
ファニングに並ぶクロエ・グレース・モレッツを
起用するとなるとどうしてもそれらの過去作品の
劣化コピー的なイメージを抱くのは避けられない。

ところが本作はそれを逆手に取るというか、
「そんなのはこっちだってわかってんだよ!」と
ばかりに、ある種の開き直りも含んだ「ならば
その一歩上を行ってやんよぉ!」という気概が
感じられて、それは主人公・ボブの無敵ぶりというか
やり過ぎ感漂う殺しっぷりに一番表れています。

普段から秒単位で自分の生活を管理している
偏執狂の気がある男が、普段通りに姿を見せる
少女がいなくなったことでブチ切れるという
サイコの側面も見せるオープニングプロットから
勢いはそのままに、殺しまで秒単位で緻密に
計算するというキチガイぶりを惜しみなく露呈。
現在はホームセンターに勤務というキャラ設定も
観客の期待や予想を裏切らず、終盤には”ホーム”に
誘い込んで「なんでそんな手の込んだ真似を!?」と
突っ込み甲斐のあるDIYな日曜大工ぶりも披露。

テンポの良い展開と編集もヤバくて、そりゃもう
ポン引きの一人をブチ殺せば芋蔓式に大物が
次から次へと釣れてくるわけですが、しかし
ボブはどんな敵にも屈することもなくマイペース、
まるでライン作業のようにポンポン殺していく。
しかも不言実行の頼れる兄貴ぶりを遺憾なく
発揮し、観客がスクリーンで彼の足跡を拝む時
最早相手はこの世にいないなんてこともしょっちゅうな
「『ブッ殺す』と思った時、既に行動は終わってるんだッ!」
というお前はプロシュートの兄貴かと言いたくなる
手際の良さにはもう変な笑いしか出てこない。
そして神出鬼没の殺人鬼ぶりはジェイソンが如く。
ボーンじゃなくてボーヒーズの方。

なので、「タクシードライバー」や「マイ・ボディガード」も
カタルシスを含む娯楽作としての側面がアホ映画と
しての趣を持っているのは確かにしても、それでも
ノワールな雰囲気を纏っていたことに対し、本作は
明らかにギャグ方向に針が吹っ切れています。
上記二作品の出来に比べると劣る…というか、
ベクトルが違うので、終わってみると実は並べて
語ること自体ができないんじゃないか?なんて
思ったりしますが、怪作・珍作の類であることは
間違いないので、一度騙されたと思って観て
ゲラゲラ笑うのもいいかもしれない作品です。
いや、個人的には結構オススメしたいよ?これ。

我々は愛について語る時何を語るのか

新作映画「バードマン あるいは(無知がもたらす
予期せぬ奇跡)」を昨日鑑賞してきましたので、
本日はこの作品のレビューをしたいと思います!

20年以上前にコミックヒーロー実写化作品
「バードマン」の主演で一世を風靡したリーガンは、
今や過去の人という世間の評判を払拭するため
舞台の演出家として新たなスタートを切る。
しかしトラブルの連続とかさむ出費、そして代役に
ねじこんだ有名俳優のマイクは完璧主義な上に
性格もクズであり、プレビュー公演や批評に
対するプレッシャーは彼の不安定な情緒へ一層
拍車をかけていく…というのがおおまかなあらすじ。

「アモーレス・ペロス」でデビューして以来、己の
独自の美学を貫いた作風でコンスタントに作品を
発表し続けるアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥの
最新作にあたる本作品は、魑魅魍魎渦巻く
ショウビズの世界で苦悩する一人の男の悲喜劇を
描ききり、見事に幾多のアカデミー賞に輝きました。

ハリウッドで何十億もの稼ぎを生み出す
「ブロックバスター」という一つの憧れの称号を
手に入れた結果、その代償として私生活は荒れ、
妻とは別れ、子供はネグレクト気味に育ち、挙句の
果てには一人でいると常に背後から何者かの幻聴に
悩まされ、自分にはサイコキネシスが備わっている
という誇大妄想に取り憑かれてしまったという、
ある意味では紋切り型とも言える主人公、リーガン。
そんな彼が過去の栄光を引きずるがまま、
周囲の賞賛を浴びたいがためにあれやこれやと
八方手を尽くし、またメディアやネットもそれを
面白がってあることないこと書き連ね賞賛や
罵倒を繰り返すという様が描かれていきます。

そこで本作のポイントとなってくるキーワードが、
呆れるほどに過剰に肥大化した「承認欲求」や
「自己愛」であり、孤独感から逃れるために
あらゆる話題作りに奔走し、それが時には
自分でも思いがけない奇行として他人の目に
映り、メディアによって自分自身の存在が
形作られてしまったとしたら、果たして
「自己」なんてものがこの世には本当に
存在するのかという、漠然とした不安と
疑問が我々の身にも重くしかかってきます。

例えば老人にとってはタイムズ誌の批評欄、
若者にとってはYoutubeで何万回再生された
だのツイッターで何万フォロワーがついただの、
そうした目に見える極端な文字や数値による
他者との相対的な比較や距離感でしか自分の
存在を計ることができないのだとすれば、
自分が今この世に生きているのかという前提は
おろか、自らが死を選ぶタイミングを与えられる
ことも能わず、自らが死んだと知らされることも
能わずともなれば、或いは本編が始まる前から
既にリーガンは死んでいるかもしれないなんて
ことも成り立ち、これはちょっとしたホラーの
ような図式の作品としても成り立つわけです。
この辺りは、世間の耳目を集めるほどに彼の
娘が彼への愛を深め、そして「バードマン」から
脱却した彼を見届けたのもそんな彼女という展開
からも、暗喩が受け取れる気がするのです…。

無論、だからと言ってこの世の全ては空虚な
ものなのかと言えばそういうことではなく、極端な
相対主義へ全振りした本作は、「自己実現に
全てを注ぎ込んだその意味では成功した」という
実存主義を描いた監督の前作「ビューティフル」に
対するアンチテーゼとして描かれている節もあり、
監督が常に描き続ける「愛」という芸風やその
文脈を知らないと、本作に対してどういう見方や
評価を下したらいいのかわからない…なんて
こともあるかもしれないし、そもそも私が今
こうして書いている記事の内容も、見当違いで
全く的外れなことかもしれないのが恐ろしく、
本作はまっこと扱いの難しい作品だと思います。

それに加えて本作品が幾多のアカデミーを受賞
してしまい、ある種の権威を与えられてしまった
というのが、本作に対する解釈をより一層難解に
してしまったようにも感じますが、ショウビズに対する
小ネタや自虐ネタを盛り込んだ内容という点も加味
して、ハリウッドが精一杯の皮肉か自虐か虚勢を
張ったのだろうかという見方もできないこともない。

アメコミ実写化が不遇の時代に、奇跡の出来を
見せたバートンの「バットマン」でブルース・ウェインを
演じたマイケル・キートンが本作の主演という時点で
既にセルフパロの趣もあり、かなりギリギリの危ない
橋を見事に渡りきったこの映画は、完成度に関して
言えば恐らくは現時点で監督の最高峰の位置を
誇っていますが、「体温」を極力感じさせない方向に
舵を切っていたように思える本作よりも、温かみに
溢れまくった前作の方が個人的には好きというか、
ビューティフルはボロ泣きしまくってしまった好きすぎる
作品なので、あちらの方がやっぱり好きかなというか、
前作を観た上で本作を見比べて欲しいとも思います。

まあ、その…面白かったけど、面白かったけど、
どう面白かったのかとかは全く説明しづらいし
両手放しに褒めて他人にオススメはできんね!

永遠の相棒

新作レンタル「22ジャンプストリート」を鑑賞
しましたので、本日はこの作品のレビューをば。

高校の潜入捜査で見事ホシを挙げたシュミットと
ジェンコの二人が今回臨むのは、お隣の地区
「22ジャンプストリート」にある大学での捜査だった!
新型ドラッグ「ワイファイ」の拡散を防ぐため、
二人は前回と同じ方法で探りを入れていくのだが…
というのがおおまかなあらすじ。

フィル・ロードとクリス・ミラーの監督タッグ、そして
喋れるデブのジョナ・ヒルと動けるマッチョの
チャニング・テイタムと、前作から変わらぬ面子が
揃って続投した本作品、高校から大学に舞台が
移ったというだけで、ドタバタアクションと良い意味で
ピントのズレたギャグのキレは全く変わってません。

そしてマンネリに対策しようという製作側の気概や
危機感がスクリーンを通して実際に肌身に感じられ、
それは時として脇役の口を通じて「予算は増えたけど
結局やることは同じなんだよねー」なんて半ばヤケクソを
起こしたようなギリギリのメタネタを盛り込むまでに
及んでいて、やれることならなんだってやってやるという
このヤケクソぶりを受け入れられるかどうかで観客
個人々々の評価も変わってくるような気もします。
監督が監督だし、既に前作を経て何でもアリだという
前提を踏まえた上で、私自身はこういう危なっかしい
感じも大好きだと好意的に解釈できるのですが、
単純に一つの作品としてまっさらに観た場合振れ幅
大きいんじゃないかなということは一応記しておきます。

そんな些細な話はさておき、本命は結局「フジョシの
皆様お待たせしました」的な「お前らこういうのが
観たかったんだろう?」というホモ映画を相変わらず
完徹していて、続編のお約束にありがちな「雨降って
地固まる」を踏まえつつも今回は若いのもオッサンも
揃ってただれた性関係がかなり強調された内容になり、
本作に登場する男性陣は作中数少ない貴重な肉食系
女子をはねのけてでも八割九割がホモに走るという、
かなり倒錯した変なとこで問題作に仕上がってます。
「お前もか」「お前もか!」と畳み掛けるような怒涛の
ホモラッシュは抱腹絶倒だし、これが本編だとばかりの
エンドロールではついに我慢できなくなった「別のホモ」
までカメオで登場するのが、いささかいつもの
内輪ノリではあるにしてもやっぱり面白すぎる…
ていうか、次回作にうっかり出てきてもええんよ?
ジェームズフランコあたりも一緒に連れてきてさ。

そして、「いつもの内容のいつものホモ映画」として
おきながらも脚本自体はやっぱりよく練られていて、
観客の予想や思惑を上手く乗せておきながら、絶妙に
一歩二歩を外してみせるミスリードが実に秀逸、
主人公二人の交錯する(ホモ的な)感情の葛藤を
交えた上で真犯人をつきとめていく過程は、一本の
ミステリーとしても十分面白くまとまっています。

総評はやっぱりどこまで行っても「いつものホモ映画」
なんですが、エドガー・ライトやセス・ローゲンと
並んで安定感のある立ち回りで安心して観れるし、
続編という位置から言えばその水準を満たすには
十分な面白さは保証されていると思います。
劇中でも散々煽る23ジャンプストリート、あるのか!?

もしも人生の一部しか生き得ないとしたら

新作レンタル「リスボンに誘われて」を鑑賞
しましたので、本日はこの作品のレビューをば。

老齢の高校教師・ライムンドは妻と別れて以来
質素なやもめ暮らしを続けていたが、彼はある雨の
日に鉄橋の上の手すりに立つ女性を見かけると、
荷物も放り投げ反射的に彼女へ飛びついていた。
名も素性も知らぬ、いかにも情緒不安定に見えた
彼女の「側にいてもいいですか」との問いを無碍に
するわけにもいかず、ライムントは彼女をそのまま
見学者として教室まで招き入れるが、彼女はやはり
授業中にコートを残したまま何処へと消えてしまう。
何やら彼女が気になって仕方がない彼に残された
手がかりは、コートの内側に残された一冊の本と、
発車時刻を間近に控えたリスボン行きの乗車券のみ。
勢いでそのまま列車に乗り込んでしまった彼は、
アマデウ・デ・プラドなる人物の日記を編集した
その本を読み進めるうちに彼の半生に惹かれ、
より深く彼のことを知るべく彼の親類や友人の
元を訪ねようと試みるのだった…というあらすじ。

既に人生の折り返し地点はとうに過ぎただろうか
という老齢の男性が、ふとした全くの偶然から
全くの他人の半生を追い、彼の壮絶な生き様を
知ることが、結果として自らの人生の転機になる
というストーリーを描いた、ミステリードラマの本作品。

ライムンドのある種の下世話な詮索から始まり、
余計なお節介によってアマデウの周囲の人物を
通じアマデウという男の像が浮かび上がってくる
構成をしているのですが、20世紀当時のポルトガルで
火種になっていたサラザール独裁政権下に対する
レジスタンス活動という背景から、壮大なスペクタクル・
ドラマやギリシャ神話に匹敵するようなトラジディーが
展開するのかと思いきや、掘り下げれば掘り下げるほど
年頃の男女が欲望のままにそれぞれの青春を謳歌
していた事実が強まっていくという、実にミクロな佇まいを
した話にまとまっていくのが、かえって気に入りました。

圧政の下、警察と市民それぞれの間に溜まった
フラストレーションが暴発し、時として恐ろしい暴力に
発展する時代だったからこそ、男女の恋も強く激しく
燃え上がる…そんな「良いこともあったけれどそれ
以上に思い出したくない」記憶を持った側の人間の
視点からすると、遠い時を超えて全く知らない他人が
過去の扉を開けに来たのがライムンドという存在であり、
彼らがかつてのしがらみや体験を膿のように吐き出す
ことで救われていくというギミックも面白いしありがたい。

才知に溢れ富や名声にも恵まれながらも、運命の悪戯に
よって神や永遠、不老不死に怨嗟を吐き、刹那や死を
賛美する他なく、自己実現のままならない世界に絶望した
アマデウという男が存在した一方で、しかし誰もが彼の
実直すぎた生き様と誠実な性格を愛し、それら全てを
許していたという展開も観客一人一人の心の救済に一役
買っていて、葛藤の末の裏切りが決して一生の禍根を
残す傷になるとは限らないし、自分が望まなかったはずの
人生が決して幸せに満ちていなかったと言えばそれは
嘘になるだろうといった、禍福はあざなえる縄の如しと
言うべき人生観が朝日のように輝き、我々を照らします。

「人生は苦悩に満ちている」「けれども君の生きた
一生は他人にとっても意味のあるものだった」なんて
話はそれこそ前回レビューした「オーバー・ザ・ブルー
スカイ」のテーマでも語られたもので、俺もいい加減
歳食ったおじさんになってきて孤独や余生が気になり
はじめてきたというところに「自分が思うほど他人から
嫌われてるわけじゃないよー」とか「いくら歳食っても
生き甲斐はできるよー」みたいな話をピンポイントで
突かれると、涙腺がかなーり緩んできて危険。

導入部からアマデウという人物の輪郭に辿り着くまでの
プロセスがかなーりサックリしててご都合主義みたいな
部分はあるんですが、「別にそこは深く尺割く必要は
ないよね?」って気分は実際あるし「袖振り合うも他生の縁」
的な運命めいた演出として好意的な解釈もできるので、
この辺に深く突っ込むのは野暮ってもんでしょう。
最後の晴れ渡るような爽やかな気持ちで終われる
ラストまで含め、人間の愛と優しさに溢れた芳醇かつ
濃厚で地味~なミステリーとしてオススメの一本。
プロフィール

マイケル・チバ

Author:マイケル・チバ
シルバーレイン
マイケル・チバ(b30277)
薬師寺・米(b41960)
を経て、
現在はエンドブレイカー!
マーヴィン・ジェント(c06527)
にて稼動中。

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