スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

偉大なる祖国のために

クリントイーストウッド作品を連続でレビューすることになった!
新作映画「アメリカン・スナイパー」を鑑賞してきましたので、
本日はこの作品のレビューをしたいと思います!

テキサスでカウボーイとして放蕩に暮らすクリスは、
アメリカを標的とした中東のテロに義憤を募らせる。
保守的な父に厳しく育てられた彼は、愛国心から軍への
入隊を希望し、持ち前の狙撃の才能からメキメキと頭角を
現し、たちまちシールズ所属のエリート軍人へと出世する。
そして911を経てイラク派兵の一員となった彼は、
他を圧倒する正確無比な射撃からあっという間に
”伝説”とまで呼ばれる有名人へと成長していくが、
一方では残酷かつ凄惨すぎる地獄のような現場と
劣悪な環境が、静かに、確実に彼の心を蝕んでいた…
というのがおおまかなあらすじ。

イラク派兵を背景に、”100人以上のテロリストを射殺した
ヒーロー”という肩書の実在の人物とその体験談をベースに
した本作は、主人公・クリスの一人称視点をメインに据え、
当時の戦場の実態を赤裸々に描いていきます。

愛する祖国の自由と平和を侵害する奴は許さない、
そんなテロリスト共は俺が全員ブッ殺してやる―――
そう意気込んで見事エリートスナイパーの地位を見事に
獲得したクリスは、テロに加担する者を見かけた場合、
実際に例外なく一人残らず射殺して見せます。
しかし女子供すらも自爆テロを仕掛けてくる、あまりに
現実離れした光景と、そんな彼らすら手にかけなければ
ならない自らの使命にクリスが苦悩し、また現地の
罪なき市民たちがテロの標的にされている中、そこへ
米軍が介入することによってそれぞれの陣営がそれぞれに
対して更により深く複雑な憎悪を抱くという様相が描かれる
ことで、果たして「全てのテロリストを根絶すれば世界から
戦争は消えるのか」或いは「本当に全てのテロリストを
この世から排除できると思うのか」という問題が、
クリスの目と感覚を通じて観客へと突きつけられます。

そしてまた、祖国を守るという大義名分を掲げていても、
一度現場に入ってしまえば「仲間が撃たれた仇を討つ」
という私情を交えた復讐や報復が日常的に入り乱れ、
連綿と続く憎しみのらせん構造へとはまり込んでいき、
それは即ち、相手にも少なからずとも正義や大義があり、
イデオロギー的な価値観の相違から対立しているに
過ぎないという相手の言い分も認めざるを得ない危うさが
存在していることを意味していて、大国とテロ支援国家の
境界とは果たして一体何なのかと考えさせられます。

そうして戦争の狂気に呑まれていくクリスは、いつしか
自分がやらねば誰がやるという強迫観念に囚われ、
戦争中毒者として変貌していくわけですが、まっこと
ベトナム戦争の頃から展開が何一つ変わっていない…。
舞台がイラクへと移っただけで、人間が根源的に
抱える狂気とその問題というテーマは30年前から
一貫して変化がないというところに、どんなに科学が
進歩しても人類の進化が一向に追いついていけて
いないという話を感じずにはいられません。

ところで、イラク戦争をテーマにした作品は数あれど、
クリント・イーストウッドのゆったりとした、変に気取らない
撮影スタイルが戦場の淡々としたドライな雰囲気を
実によく醸し出せていて、アドレナリンが分泌される
異様な高揚感と同時に襲い来る、「もうやめてくれ!」と
頭を抱えたくなるような嫌悪感は、まさに埃まみれの
雑巾が顔を舐めたくるが如し、ドキュドラマ風の手法で
イラク問題を取り上げるキャスリーン・ビグロー作品でも
本作の持つ緊張感には及ばないように思えますし、
この点こそが他の戦争映画と一線を画して本作で
最も評価されるポイントなのではないでしょうか。

爆撃さえすればテロは根絶できるのか、それで
無理なら現地派兵さえすればテロは根絶できるのか、
そもそも「報復」という感情が入る時点でテロは
根絶できるのか…アメリカが、日本が、全世界が
抱えるこの歪みに対してどう立ちまわるのかという
ことを考える意味でも、本作を今の時勢に観るのは
この上なく正しいタイミングと言えましょう。
スポンサーサイト

ジャージー流

新作レンタル「ジャージー・ボーイズ」を鑑賞
しましたので、本日はこの作品のレビューをば!

1951年、ニュージャージー州。
表はバンドマン、裏では盗品売買をこなすチンピラ・
トミーは、当時高校生だったフランキーの才能を
見出し、メンバーのニックと共に彼の育成に励む。
そして曲が書けて楽器が弾けて歌も歌えるマルチな
才能を持つ青年・ボブが加入し、「フォー・シーズンズ」を
結成した四人は、苦労の末発表したデビュー曲「シェリー」に
端を発し、一躍時代の寵児となるも、リーダーである
トミーのだらしない私生活や金銭管理が、やがて
バンドの結束にほころびを生じさせていく…というあらすじ。

巨匠クリント・イーストウッドが今回取り上げたのは、
同名のタイトルを冠するミュージカルの映画化であり、
実在のロックバンド「フォー・シーズンズ」が辿った
数奇な運命と、メンバー各々の熱い友情の物語。

英国のビートルズよろしく、60年代から突如一大
ムーブメントを起こすことになる、カルテットによる
ロック・ポップスの火付け役の一つと言われる
彼らの姿を、当時の時代背景を交えて赤裸々に
描いていくわけですが、月並みに言ってしまえば、
時代を駆け抜けていったロックバンドの成功と
挫折、そして再起を撮った「よくある」一本。

ただし、クリント・イーストウッドは常に「自分が
その時撮りたい物」を堅実に作り上げ、同時に
一定水準以上の内容の作品を世に送り出して
いるので、これをただ凡庸な作品と切り捨てて
しまうのも評価する側としてお粗末というもの。

物語はフランキーを主人公として中心に置き
進行していきますが、彼を人間として、夫として、
或いは父親としてそれぞれの資質を多角的な
視点から見据え、数々の欠点を浮き彫りにし、
同じく欠点だらけのトミーとお互い口汚く罵り合い、
憎みあっていても、「絶対に彼のことを切らない」
というポリシーを頑なに貫き通す彼の姿には、
観客もいやが上にもシンパシーを感じてしまいます。
単純にバンドの中の誰がクソだったかという話に
持っていかず、皆が皆チームのために良かれと
思って動いていながらも、それぞれに人間的に
至らない部分があったから結果としてバラバラに
なってしまったという、観客にも理解や許容できる
流れや、お互いの言い分があるが故に、彼らの
いびつな、むしろある意味最も「人間らしい」造形に
かえって共感を抱きやすくなっている作りも秀逸。

彼らの突き抜けた明るいポップチューンに彩られ、
登場人物がおどけてくだけた独白が入り交じった
演出が作品の悲壮感の軽減に役立っているし、
「人生はショウだ」とばかりに、蒲田行進曲を連想
させるカーテンコールも笑顔と涙を提供してくれます。

しかし、実は本作で個人的に一番興味深いと思ったのは、
ほぼ同じタイミングで、60年代のミュージック・シーンの
別の側面を描いた「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」を
コーエン兄弟が撮っていることにあって、音楽を通じ映画で
リバイバル・ムーブメントが起こっているのがとても面白い。

話は飛びますが、例えば80年代に産業ロックが氾濫し、
その反動で90年代のオルタナがダウナーな空気へと
一変させたように、ミュージックシーンも所詮は時代の
趨勢と共に変遷していくものであり、即ち「ジャージー~」が
光で「インサイド~」が闇かと言えばそういうことではなく、
それぞれの作品がショウビズの光と闇を内包しており、
俯瞰して観れば両方がその時代の流れをそのままに
描写していて、そしてまた回顧やリバイバルという形で
こうした作品が世に出るのを見るに、芸術や娯楽という
ものはファッションであると同時に一つのサイクルでしかない
という象徴として捉えることができるようにも思えます。
とは言っても、それはある種の普遍性も意味していて、
サイクルや過去の流行をいたずらに卑下するのではなく、
できれば温故知新という方向で大切にしたいものですが。
実際、当時の音楽や服装のセンスは今観るとかえって
新鮮でえらくスタイリッシュに映えて見えますし。

というわけで、単純な娯楽作品のドラマとして観ても
十分面白かったのですが、「インサイド・ルーウィン・
デイヴィス」で更に当時の時代背景と照らし合わせて
観ると、より深い味わいがあるのではないでしょうか!
是非二本をセットにしてオススメしたい。

キング・オブ・ザ・モンスターズ

新作レンタル「ゴジラ」を鑑賞しましたので、
本日はこの作品のレビューをしたいと思います!

1999年、日本の原発を突如襲った大事故により
妻を失った所員のジョーは、データからこれが
単なる地震によるものではないと確信していた。
それから15年たったある時、彼の息子であるフォードは、
今や退避地区となった件の場所へジョーが無断で
侵入したという角で、警察署から呼び出しを受ける。
ジョーは政府が何かを隠蔽している等とのたまい、
すっかり妄執に取り憑かれているようにも見えたが、
しかし彼が観測を続け積み重ねてきたデータは、
事故当時と全く同じ状況を再び打ち出していた。
果たしてフォードは、母親の死の真相を確かめるため、
父と共に改めて故郷へと足を踏み入れるのだった…
というのがおおまかなあらすじ。

かつては一世を風靡した国民的怪獣ヒーロー
「ゴジラ」をハリウッドが再びリメイク!という本作品。
98年の日本のファンも海外のファンも両方落胆させた
誰も喜ばなかった残念なリメイクから改めてリブートした
という意味では、スタッフは特にプレッシャーがかかると
同時にかける意気込みも桁違いだったでしょうし、観客も
また不安と期待がひとしおだったに違いありません。

…とは言っても、実は国内外作品問わず「ゴジラ」を
通して観るのって私これが初めてな気がするんで、
即ち今回のレビューも旧作を鑑みた場合的外れなこと
書いてたりするかもしれませんがそこはご了承ください。

前置きが長くなりましたが、15年前にフィリピンで
発見された謎の巨大生物の骨と卵の化石、それは
海を隔てて全く同じタイミングで起きた日本の原発事故と
密接な関係があった…というオープニングから始まり、
これがゴジラの仕業だと思うでしょ?でもね!?ってな
ミスリードが面白ければ、今回人類の敵として立ちはだかる
この未確認超巨大生物・MUTO(ムートー)ちゃんの
知られざる生態が徐々に解明されていく過程も面白い!
一方のゴジラはというと話が1時間を回ったところで
ようやく顔見せをする重役出勤ぶりで、勿体ぶった分
そのカリスマ性溢れる強キャラ臭をプンプン匂わせます。
作中の説明も「生物界の頂点に君臨する怪獣」ぐらいに
留めてミステリアスな雰囲気を残しているのも良し。

渡辺謙演じる、この手の話にはありがちなポンコツ博士が
狂言回しに近い立ち回りで怪獣の解説も入れてくれるの
ですが、実際のところ本作に出てくる人間の全ては象の
縄張り争いに群がるかもしくは逃げまわるアリの如くで、
起こすアクションが何かのプラスになることはほぼ皆無。

この、大自然とその災害を前にしたら人間など無力で、
後からこねまわした理屈に意味などないという描写の他、
怪獣映画としての重要なテーマが丁寧に盛り込まれて
いるのも、本作を名作たらしめている要素の一つでして、
地震や竜巻が起きた場合、ひたすらに祈ることしか
できないはずの人間が、傲慢にも科学の力を過信した
結果、自滅を早めいずれは石器時代、もしくは人間の
住めない惑星に逆戻りしてしまうかもしれないという
メッセージを、作品の中から強く感じ取ることができます。

その一方で、数多くの登場人物と怪獣バトルが織りなす
ストーリーを描いておきながら、明確に誰が主人公という
位置づけをしているわけでもないので、観客は物語を
俯瞰して眺めることとなり、上記のメッセージ性についても
私個人がそう「理屈づけた」という話に過ぎず、製作側の
主観の押し付けを極めて排除した作りになっていて、
それは同時に単純に怪獣パニックアクションとして観ても
楽しめるという構造に繋がっているのが実に秀逸。

明らかにセット感丸出しの舞台で小芝居する演出は
これ多分原作に対するオマージュなんだろうなーとか
思ったりして、それを踏まえると本作はやはり「ゴジラ」
という強固な土台に乗っかったからこその作品には
違いないとも言えるのですが、元の東宝が再び息を
吹き返したという話も聞いたので、こうした名作が
世に送り出されてヒットを飛ばすことは何一つ悪い
ことはないし、「パシフィック・リム」同様、ハリウッドで
怪獣ブームが起こるならそれはそれで日本人の
ファンからしたら喜ばしいことだろうしめっちゃ楽しみ!

イワシ激マズ問題

旧作ソフト「くもりときどきミートボール」を
鑑賞して大層感動しましたので、本日はこの
作品のレビューを行いたいと思いまーす!

大西洋の小さな島「スワロー・フォールズ」は
生命線であったイワシ缶が世界で全く売れなく
なってしまい、住民は皆不況にあえいでいた。
この問題を解決しようとする変わり者の自称発明家・
フリントは水をあらゆる食べ物に変換する機械
「FLDSMDFR」を開発するが、高圧電流による充電が
暴走を引き起こし、機械は空に打ち上げられてしまう。
しかしその偶然によりFLDSMDERは雨雲を吸い込み、
地上へ次々と食べ物を降らせ、彼は一躍時の人となる。
市長から認められ、街興しを提案されたことに気を
良くしたフリントは、住人のリクエストを手当たり次第に
叶えていくが、同時に機械には過負荷がかかっており…
というのがおおまかなあらすじ。

後に「21ジャンプストリート」や「レゴムービー」で
全世界を笑いや感動の渦に巻き込むことになる、
フィル・ロードとクリス・ミラーのタッグが監督・脚本を
務めたデビュー作である本作は、夢を諦めない
元・天才少年の奮闘と、そんな彼を影から支え続けた
両親との心の絆を描いた長編CGアニメ作品。

誰よりも先見の明があり才知にも恵まれておきながら、
その有効活用の矛先を定めることだけは致命的に
下手だという悲劇の天才・フリントがようやく人に
認められ、可愛らしい彼女もできようかという時に、
身近にある愛をかなぐり捨ててでも名声を得ようと
道を踏み違えた瞬間、これまでの境遇とは比べ物に
ならない更なる悲劇が彼を襲おうとしていた…ってな
感じで、プロットとして書き出してしまうと月並みでは
あるのですが、引きこもりだとか不況だとか食料不足
だとか生々しい社会問題から初めておきながら、
それらを全部解決するのが「食べ物降らせマシーン」
という素っ頓狂なアイディアで、最終的に行き着くのが
親子愛であるという、あちこちに飛び回る揺さぶり方が
面白く、この「とりあえず思いつく要素は可能な限り
ブチ込んでおけ」ってな監督のスタンスと、それを
破綻することなく見事に構築する手腕は既に健在。
過剰供給による飽食の問題を割と深刻に語って
おきながら、それと同時に「これって『エボリューションの
アレ』と同じじゃ…」と思えるひどい演出もこなせるのは、
相応の知識とセンスがなければできないことだと思う!

真の意味で、或いは最初から天才に違いなかった
フリントに限らず、人は誰しもが才能を秘めていて、
それが人生で一度は役に立つ瞬間が来るという
鶏鳴狗盗とも言えるような教えを説く一方、
世間と迎合するために本来の才能を押し殺して
生きている人々の姿も描かれているのですが、
その姿勢を単純に否定するわけではなく、
「生きていくための努力」はいついかなる時でも
必須であり、それもまた決して無駄なことでは
ないと肯定してくれる作品のキャパの高さも良し。
ありのままじゃダメなんだ、家族の絆が必要
なんだってテーマからすると、例のアニメ映画より
目をつけるのがずっと早かったとも言える!

良い意味でテンポの外し方をよくわきまえた
ナンセンスギャグのキレッキレぶりもまた
本作で遺憾なく発揮されているし、強欲
食いしん坊市長にはブルース・キャンベル、
異様な身体能力を誇る正義の警察官には
Mr.Tと、キャラクター性をよくわきまえた
声優のキャスティングのセンスも○。

次から次へと展開がめまぐるしく変わる
アドレナリン全開のジェットコースター・ムービーで
鑑賞中は常に奇妙な高揚感で満たされ、
エンドロールの極彩色で彩られたアニメで
余韻に浸る中、(ロンドン)→(ロンドン)で
わけのわからない大爆笑をしてしまうという、
最後の最後まで手を抜かない職人芸に脱帽!
隠れた名作長編CGアニメとして、「レゴムービー」
共々本作も是非色んな人に観てもらいたい!
プロフィール

マイケル・チバ

Author:マイケル・チバ
シルバーレイン
マイケル・チバ(b30277)
薬師寺・米(b41960)
を経て、
現在はエンドブレイカー!
マーヴィン・ジェント(c06527)
にて稼動中。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。