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稲妻のように走り 雷のように死ぬ

新作レンタル「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命」を
鑑賞しましたので、本日はこの作品のレビューをば!

地方巡業のスタントライダー、”ハンサム”ルークは
かつての恋人ロミーナと偶然再会し、そして彼女が
二年前にルークの子を妊娠・出産していた事実を知る。
既に他の男と同棲している彼女とよりを戻したいという
気持ちと、自分の子に対する責任と義務感が空回りした
ルークは、自動車修理工の元強盗犯・ロビンと組み、
ついに銀行強盗へ手を出すまでになってしまう。
しかしどんなに現金を手にしたところで一向に状況は
改善せず、彼の苛立ちが事態をますます複雑かつ
悪化した方向へと導いていく…というあらすじ。

現在のハリウッドでメキメキと頭角を現し、最も
注目するべき株であろう俳優の二人、ライアン・
ゴズリングとブラッドレイ・クーパーが共演を果たした
本作は、子を想う父の起こした些細な行動がきっかけと
なって、幾つもの世代に連なる大きな規模で、大勢の人間が
災禍に巻き込まれていく様を描いた、サスペンス・スリラー
とも、クライム・ドラマとも取れる映画となっています。

何処か過去に暗い影を落とした、帰る場所を持たない
凄腕のスタント・ドライバー…っていう設定が、
ライアンのヒット作「ドライブ」そのまんまだったり
するわけですが、ヤクザな生き方をしていた彼が、
恋人とその子供へ不器用な愛の押し売りをしようと
あがき、結果として犯罪にまで手を染めてしまう
という展開から事態は大きく動いていきます。
そして中盤から急転直下の展開を迎え、お話は
ブラッドレイ演ずる正義の警察官・エイヴリーと
ダブル主人公のように描かれていくことになりますが、
展開のギミックがかなり思い切ったスイッチングで、
ネタバレのために全くタッチすることができません…

本作で描かれていくのは「めくるめく世界の悪意」と
「そこから連なる負の連鎖」であり、その上で何よりも
邪悪と断じているのは「当人に罪の意識が希薄なこと」。
例えそれが誰かのためになると信じていても、或いは
社会のシステムとして暗黙に組み込まれていたとしても、
違法な手段を取れば無力で無実な善良なる人々が食い物に
され、時には本当の正義のために闘っている人さえもが
余計な苦悩を抱えねばならず、重荷としてのしかかる。
それらを乗り越えた先に待ち受けているテーマが、
「どんな父親でも子を想わない男はいない」ということ、
そして「どんな男でも子供に取っては大切な父親」と
いう救いであり、ここでタイトルの「プレイス・
ビヨンド・ザ・パインズ(松の木の向こうに)」の
意味がようやくわかるという計算も実に素晴らしい!

本作は「えっいきなりそういう方向に飛ぶの!?」
という突飛で乱暴とさえ思える場面切替が二回ほど
存在しますが、その反面で序盤にバラ撒いた伏線を
あっと驚く方法で回収するのもとても上手く、その結果
全体として物凄く丁寧に作られている印象を受けます。
画面の端々まで徹底して作りこんだという情熱が伺え、
記事のタイトルにもした「稲妻のように走り~」の台詞が
出てくるシーンではライアンがメタリカの「ライド・ザ・
ライトニング」のシャツを着ているという小ネタに笑ったり、
本作ラストのカットで画面の奥で本当に小さくはためく
アメリカ国旗の存在に、良心と優しさ、力強さを覚えたりと、
ビジュアル面からもアピールを感じ取ることができます。

「別離」から「未来を生きる君たちへ」、「ぼくたちの
ムッシュ・ラザール」といった、最近のアカデミー系
外国映画に代表される作品に顕著なように、「家族愛」に
改めてテーマを向けたヒューマンドラマが多い中、
本作も「父性愛」と「子供に罪はない」という点を強く
強調し、未来へと繋がる一抹の希望を紡いでいます。
ライアンとブラッドレイという気鋭の俳優を起用し、
最近流行のジャンルに乗っかったと言ってしまうと
聞こえは悪いですが、その意味では大いに成功していて、
ヒューマンドラマ好きなら本作もチェックして損はなし!
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ガムは持ってない

新作レンタル「ミッドナイト・ガイズ」を鑑賞
しましたので、本日はこの作品のレビューをば!

28年の懲役を終え、ようやく仮出所を得たヴァル。
唯一無二の親友・ドクが彼を迎えに来たのは、彼らの
元ボスであるギャングの"クラップハンズ"が、とある
理由でヴァルを「消す」要請をしているからだった。
自分の末路を薄々感づいているヴァルと、そんな彼を
殺すことにためらいを覚えてしまうドクは、もう一人の
親友ハーシュと再会し、かつて若い頃のような
バカ騒ぎを深夜に興じるのだった…というのがあらすじ。

フィッシャー・スティーブンス監督…というとあまり
耳に覚えがないのですが、経歴を調べるとかつては
「ショートサーキット」で一世を風靡し、実写版
「スーパーマリオ」も手がけ、最近ではイルカ漁の
ドキュ映画「ザ・コーヴ」の製作にも関わっている
という、正直どうなの!?と思わないこともない彼が
手がけた最新作は、アル・パチーノ、クリストファー・
ウォーケン、アラン・アーキンという豪華三大
アカデミー俳優が顔を揃えたクライム・コメディ。

殺す側と殺される側に分かれてしまい、「それでも
俺はお前にならいいぜ」という厚い友情が刻まれた
二人の老いたギャングの物語である以上、パチーノと
ウォーケンがひたすらイチャイチャするホモホモしい
お話で大変微笑ましいのですが、ボスから定められた
「午前10時」をタイムリミットに、24時間に満たない
短い時間という緊迫した状況で、彼らのできる小さな
「善行」や「バカ騒ぎ」、「絆の修復」に「けじめ」と
思いつく限りの行動を詰め込み、そうしてゆったりと
した流れで地味~に描写を重ねていくのが心地よい。

アル・パチーノと言えば、古くは「ゴッドファーザー」に
始まり「スカーフェイス」「カリートの道」「ヒート」と
数々の名作ギャング映画に出演し、一時代を築いた名優で
あるわけですが、そんな彼が年老いた元ギャングとして、
小さな幸せと死を受け入れ、他人の身を案じる男を演じる。
そして彼が最後に取った決断は、長い間蓄積されてきた
怒りの爆発以上に、「今どき復讐なんて流行らねーんだよッ!」
という「ギャング同士にのみ許された殺し合い」にトドメを
刺す情念が感じられ、それはまた「ギャング映画」という
一つのジャンルに捧げられた鎮魂歌のような趣があります。
20年後の「レザボア・ドッグス」がここにあり、まさしく
同窓会のように振る舞う彼らの様が、移り変わる時代を
否が応でも実感させ、一抹の悲哀を覚えずにはいられません。

ラストの引きが「あっあれっこれで終わっちゃうの!?」
というちょっとオチに弱いような気もするわけですが、
前述の通り「ギャングによる殺し合いの時代」に一つの
終止符が打たれ、連鎖が断ち切られるという結果が重要
なのであって、誰が生きようが生きまいがそれは大した
問題ではなく、個人的にはこれもアリだと思いました。

地味~でゆったりな上に全体的にセンスも古臭いというのが、
果たして何処まで計算づくなのかわかりませんが、これこそ
まさに立つのがやっとで今にも死にそうに膝が震えた老犬の、
命という名の蝋燭が消えるほんの一瞬の輝きを描いていて、
ある種の「死」という概念も含め、この作品に対する
評価は人によって大きく二分されるのではないでしょうか。

パチーノ、ウォーケン、アーキンの「キャラ萌え」だけで
観てもかなり楽しめるので、90年代ビデオバブル期に
郷愁を抱く人ならば、懐かしさも込めてオススメしたい。

ゾンビはリンゴ園の夢を見るか

新作ソフト「ウォーム・ボディーズ」を
鑑賞しましたので本日はこの作品のレビューをば!

ゾンビが蔓延した近未来。
人間並みの思考力と趣味を持つ奇妙なゾンビ
”R”は、しかし人肉に対する欲求を抑えられず、
他のゾンビと共に人間の物資補給隊を襲ってしまう。
同時に彼は隊員の一人、ジュリーに一目惚れして
しまい、成り行きから他のゾンビから匿う形で、
そのまま自分の隠れ家である飛行機まで連れ帰る。
二人が奇妙な共同生活を行ううちに、やがて
Rのみならず、他のゾンビにもとある”変化”が
訪れるようになり…というのがおおまかなあらすじ。

ゾンビと人間の奇妙なラブストーリーの本作品は、
「ゾンビ」における印象的な台詞「彼らは何故か
わからないがここが好きなんだ」とばかりに空港に
集うゾンビたちが、「死霊のえじき」におけるある種の
主人公とも言える「バブ」のように、時には知性を
発揮する様を描くという、ジョージ・A・ロメロへの
リスペクトが炸裂した作品でもあります(そのくせ
Rとジュリーがキャッキャするシーンで二人が手に取る
ゾンビ映画BDソフトのパッケージが「フルチの
方じゃねーか!」とかやる小ネタも腹筋に悪い)。

ロメロ以降の「ゾンビに慣れすぎてしまった人間」を
描いた映画というと「ショーン・オブ・ザ・デッド」や
「ゾンビーノ」等の秀作・佳作が存在し、本作もまた
21世紀における新たな哀しいゾンビ像を提示した
作品となっているのですが、「ゾンビと人間に恋愛は
成立するのか」に焦点が置かれているのが、やはり
本作が他とは特異たらしめるポイントになっています。

現代の人間がこれだけゾンビに憐憫の情を抱くのは、
オートメーション化が進んだ世の中で物を考える
必要がない、ただ蠢くだけの肉の塊になりつつある
我々が彼らとどれほどの違いがあるのかということに
他ならず、一方で人間とは身体の作りそのものが
変えられてしまったゾンビに親愛の情を抱くという
ことは、それは例えば少し知性の高い犬や猫に愛着を
覚えるのと大した違いはなく、憧れや優越感という名の
エゴに置き換えられる危険性も孕んでいたりするわけです。

同時にまた違った視点では、本作で一つの象徴として
そびえたつ「ゾンビ防護壁」の存在があって、ここで
思い出すのは「ベルリンの壁」であったり、ある種の
「ゾンビ映画」という側面も持っていた戦争映画
「ブラックホークダウン」で、自分たちとは異なる
存在への恐れや偏見の目が、同じ人間をいとも簡単に
ゾンビに仕立てあげてしまうという暗喩にも取れます。
とは言え、本作では更に人間を捨ててしまったゾンビの
上位種「ボーンズ」が登場するので、この辺を何処まで
狙ってやってんのか、というか単純に自分が深読み
しすぎてるだけなんじゃないかってのもありますけど。

「本職のゾンビさんに演技のダメ出しをされる屈辱」や、
残された人類を統べる軍のリーダーがキチガイ役者の
代名詞であるジョン・マルコヴィッチだったりする一方、
ゾンビと人間の恋愛というポップでキッチュなテーマの
バックで年代・ジャンルを問わずに流れるゴキゲンな
名曲の数々というオシャレなフリをして(これまた
Rがグラムロック風のメイクを意識してるのも吹く)、
笑いあり涙ありの揺さぶり方がすごく楽しめました。

掟破りで型破り、突っ込みどころ満載でかなり脳天気な
内容だし、果たしてどこまでこれを「ゾンビ映画」と
していいのだろうかってとこもあるし、名作に
位置づけられるものでもないと思うのですが、これこそ
エンタメって感じで個人的にはかなりお気に入り。
そうそう、「ゾンビ映画じゃないけどゾンビ映画」
っていう意味では「ブラインドネス」に通じるものもあり、
珍しモノ好きな人には本作もオススメしたい一本。

POD

新作レンタル「オッド・トーマス 死神と奇妙な救世主」を
鑑賞しましたので、本日はこの作品のレビューをば!

カリフォルニア・ピコムンドに住む、何処にでもいそうな
冴えない青年、オッド・トーマスは、死者の霊と災いを
もたらす悪霊”ボダック”を見通す超能力を持っていた。
地元警察署長からの信頼とバックアップも厚い彼は
数々の難事件を解決し、幼なじみの恋人・ストーミーとの
付き合いも順風満潮だったが、ある時彼は未だかつて
見たことがない大量のボダックに取り憑かれた男を目撃
してしまい、大惨事を予感する…というあらすじ。

「ハムナプトラ」「G.I.ジョー」で知られるスティーブン・
ソマーズ監督の最新作は原作付きらしいですが、「普段は
冴えないオタク系男子のボクだけど実はすごい力を持って
るんだい!」というまさにコテコテなラノベのノリで、
「キック・アス」から「スコット・ピルグリム」、はたまた
「クロニクル」に至るまで、現在のオタク映画界隈でも
空前のオタク系男子主人公ブームが来ている以上、本作も
まさに今だからこそ出そうという時流を感じさせます。

さて、スティーブン・ソマーズ監督というと、何は
ともあれテンポの良いスピード感溢れる展開と映像に
定評があるわけで、本作でもその手腕と力量は健在。
「とりあえずこういう主人公がいて」「こういう能力が
あって」という説明をごくごく簡潔にまとめ、パンくずの
ように撒きつつも、視覚的なインパクトを先行させれば、
観客もいつの間にか、あっという間に、物語へ臨む姿勢が
整わせられているのだからお見事と言うしかありません。

主人公を支える人々に関しても、一つの山場で衝突を
起こしてドラマ的演出もできそうなものを、「うるせー!
そんな煩わしい展開必要ねーだろ!」と言わんばかりに、
「主人公が好きすぎる上に全く邪魔にならない恋人」、
「主人公に全面の信頼を置き邪魔にならない警察署長」と、
観客のストレスになりそうな要因を一切省いた潔すぎる
采配をしていて、いよいよ爽快感に歯止めがかからなく
なってくるわけですが、裏を返せば終始ジェットコースター
状態なので緩急に弱く、多少は「要所要所で思い出した
ようにラノベのフリをする」方がもっと面白くなったかも
しれないんだよなあというのはあくまで個人的な意見。
とは言え、スティーブン・ソマーズに苦悩するラノベ主人公
なんかやらせたら、きっと「ヴァン・ヘルシング」の二の舞に
なって、また失敗したTRPGセッションみたいな話になる
だろうから、これはこれで正しいんだろうとも思います。

序盤から小出しにする伏線から「十分に予想できる犯人」を
見せることによる充足感と、「えっそういう方向で主人公を
持ち上げちゃうの?」という違和感あるラストの展開により、
観客は一抹の物足りなさを覚えることになるのですが、それら
全ては本当のオチのための目眩ましに過ぎなかったという
ことに驚かされ、そしてそれはまた「今まで散々見せられてきた」
ことだからこそ、自然にその事実を受け入れることができます。
また、「現世の人があまりに強すぎる愛や後悔の念を抱くと、
霊も安心して成仏することができない」という、優しく切ない
教えも心に染み渡ってきて、不意に涙してしまったほど。

最後の最後に更に大きな舞台を用意して「さあ、お次は
なんだ?」という引きがまんま「グリード」と同じで
笑ってしまったわけですが、スティーブン・ソマーズという
監督は予算を無駄にかけた超大作よりも、このぐらい
こぢんまりとした規模の話の方が本来の持ち味を活かし、
輝けるということを改めて実感させられた気がします。
監督の最高傑作というわけでなければ、めっちゃくちゃ
名作ってわけでもないんですが、監督のファンなら
この一本も観ておいて決して損はないはず。

私の怒りは信じろ!

「アメリカン・ハッスル」と一緒に観てきたのが
マーベル映画の最新作「マイティ・ソー/ダーク・ワールド」。
本日はこの作品のレビューをしたいと思いまーす。

数千年前、禁断の物質「エーテル」がもたらす闇の力に
よって宇宙の支配を目論んだダークエルフの長・マレキスの
野望は、アスガルドの戦士たちが払った多大な犠牲の下に
かろうじて阻まれ、ダークエルフは全滅したと思われた。
時は変わって現代、物理学者のジェーンは再びソーに
逢いたい一心で超常現象の調査を行っているうち、
異次元に封印されていたエーテルを偶然発見してしまう。
それと同時に、敵から逃れ長い間冬眠についていた
マレキスは覚醒し、アスガルドを、宇宙を滅ぼすべく
再び侵攻を開始するのだった…というあらすじ。

一大クロスオーバーイベント「アベンジャーズ」を経て、
天界に戻ったソーとロキのその後を描いた本作品。
アイアンマン、キャプテンアメリカに並ぶ「BIG3」
として知られるソーさんではありますが、あくまで
人間の延長でしかない二人に比べて彼は正真正銘の神。
それ故に神々の戦いは「宇宙の存亡を懸けた」とか
なんとかそんな大義名分を抱え、途方も無いスケールの
SFファンタジー超大作として描かれるものだから、
どうにも他のマーベル作品の一環としてはピンと来ず、
他作品の接点にも成り得る各キャラクターの相関に
着目しがちになるのは仕方のないことなのであります。

しかしスタッフ側もその点については十分機知に
富んでいるようで、ファンの間からは「笑いの神」と
呼ばれるに至ってしまったロキが事ある毎に面白発言や
リアクションを飛ばすのを筆頭に、キレるとすぐに
鉄拳が飛ぶアスガルド寄りな性格になったジェーンや、
前回でロキに洗脳されたことが原因でより頭脳が
発達したと同時に常識も離れてしまったエリック博士が
それぞれ小芝居を掛け合うことでギャグ時空が生まれ、
それはソーさんやマレキスも例外ではなく、迫力の
最終決戦でさえも合間合間に変な笑いを挟んできます。
さながら「笑ってはいけないアスガルド」すぎる…

「ロキさんが出るだけで笑ってしまう」、「ロキさんの
面白いところさえ観れたらいい」というのは、言い換えると
話を基本ロキさんに全振りしていてロキさんのいない
パートは結構無茶な展開やしんどい部分もないわけでは
ないんですが、それでも最終的にキャラ萌えでゴリ押して
「なんか面白い物を見せてもらった」という気にさせられて
しまうのだから、卑怯と思いつつ屈する他はありません。
映画でも連綿とクロスオーバーを積み上げ、そろそろ
シリーズとしても門戸が狭くなってきているのだから、
このぐらい開き直るのは正解という見方もあるにはある。

コアなファン向けという意味では、マーベル映画において
最早恒例になっている「エンドロール後のオマケ」で、
今回はコズミックビーイング級(超宇宙的で高次元的
存在などうたらで要するにチョー強いってこと)な
ある人が登場すると同時に、これまた「アベンジャーズ」で
ほんのちょっとだけ出てきた宇宙ゴリラと深~く関係する
アレの存在がほのめかされ、正直すんごく興奮します。
ほんとに全部伏線回収できるまで映画を存続できるのか
心配なところもあるんですが、四月公開予定の次回作
「キャプテン・アメリカ/ウィンターソルジャー」も
めっちゃ楽しみだし期待を込めて観に行くっきゃねぇ!

サバイバルという名の芸術

話題の新作映画「アメリカン・ハッスル」を
鑑賞してきましたので、本日はこのレビューをば。

詐欺師の小金持ち・アーヴィンは偶然知り合った女性・
シドニーと意気投合し、彼女を恋愛と「商売」の
パートナーに迎え、利益を二倍三倍に膨れ上げさせる。
これが結果としてFBIの目に留まり、二人の手は後ろに回る
こととなるのだが、出世欲の強い捜査官・リッチーは
二人へ対し釈放を条件に、四人の同業者を釣るよう強要する。
しかして張った網にかかったのは政治家のカーマイン
であり、思わぬ大物に狂喜したリッチーは、大きすぎる
ヤマで手がつけられないと主張する彼の上司やアーヴィンを
よそに、大捕り物への計画を無謀にも進行させてしまう…
というのがおおまかなあらすじ。

「ザ・ファイター」「世界にひとつのプレイブック」と、
立て続けに話題のヒット作を飛ばし、恐らくは現在の
ハリウッドで最も勢いのある監督であろうデヴィッド・O・
ラッセルが手がけた最新作は、1978年のアメリカで実際に
起こったという贈収賄事件をベースに、ケチな詐欺師が
FBIや政治家、果てはマフィアの陰謀と欲望に巻き込まれ、
一世一代の大逆転に打って出る奮闘を描いたドラマ映画。

冒頭に登場するアーヴィンとシドニーの詐欺師カップル、
FBI捜査官のリッチーの三人を物語の主軸として作品を進行
させていくわけですが、大物相手に詐欺を仕掛けるという
サスペンスフルな展開の合間合間を縫って、それぞれの
惨めな境遇と生い立ちを描くことにより、キャラの造形を
深く彫り込むと同時に、感情移入度を高めてくるのがお見事。
実はアーヴィンは子持ちの妻帯者だと判明すると同時に、
これがとんでもなくアバズレ・ビッチな性格で口に戸を
立てることを知らない妻のロザリンや、本来ならば性善なる
心根の持ち主・カーマインが、窮地に甘言を吹きこまれて
本人も気づかないままにどんどん坂道を転げ落ちていく様等、
ブレない輪郭をした魅力的なキャラクターが次から次へと
登場し、彼らが彼ららしく動くことによって物語が自然に
紡がれていく、全く無駄の見えない脚本は実に素晴らしい。
この「キャラが先か、ストーリーが先か」という絶妙な
バランスで成り立っている感触と、「些細なきっかけが
とんでもない事態に膨れ上がっていく」という構成は、
往年の名作「ファーゴ」に通ずるものもあるかもしれません。

そうして最終的に物語から浮き彫りにされるテーマは、
金銭や名誉への欲望に対する人間の「心の弱さ」であり、
どんなに「正義」の二文字を掲げようとも、出世のために
目が曇ってしまうと本来の目標や目的を見失ってしまうし、
身近にある「愛」や「友情」も、ほんの小銭だけを求めて
ばかりいるとその存在に気づけず、失った時になって初めて
その大切さと、取り返すには遅すぎたことを思い知らされる…。
「清水に魚棲まず」と言うように、人間誰しも叩けば埃が出る、
大なり小なりの悪事を秘めていて、そういう中で大局を
見据えることができなければ本当の「悪」を根絶することは
できないという、中庸の難しさ、見方によってはなかなか
意地悪なちくちくとしたつつき方も個人的には良し。

とは言え中盤から現れる「引っ張りだしちゃいけなかった
本当にヤバい相手」はラストでちゃっちゃと簡潔に
巻いちゃったりするので、これは「英国王のスピーチ」を
鑑賞した時にも感じたのですが、ドス黒さや汚さが少ない
というか、小奇麗に話がまとまり過ぎて若干の物足りなさを
覚えたのも事実で、良くも悪くも「アカデミー最有力候補」と
呼ばれるだけの作品に仕上がっているという印象も受けました。

話は変わって配役ですが、主演は「ザ・ファイター」で監督と
既にタッグを組んだ経験のあるクリスチャン・ベールが、
今回は頭頂部を剃り上げ、大幅増量による三段腹という
デ・ニーロアプローチで臨み、冴えない中年の詐欺師を熱演。
しかし、「ザ・ファイター」や「3時10分、決断のとき」といった
作品でこれまで彼が培ってきた、ある意味では駄目な
ポジションである「主演を食ってしまう助演」に対し、今回は
追われる側の主演という全く逆の立場に置かれているのが、
大きな問題として彼にのしかかっているように見えました。

脇を固める男優陣がこれまたこれでもかという曲者揃いで、
まずは「世界に一つのプレイブック」主演でいよいよ
「中年ダメ男」というキャラクターを確立しつつある
ブラッドレイ・クーパーがFBI捜査官リッチーに扮し、
数々の話題作への出演で突如ハリウッドのトップスターに
躍り出ると同時に、「不器用ながらも誠実な男」という
イメージを築き上げつつあるジェレミー・レナーは、
政治の腐敗に巻き込まれるカーマイン議員として登場。
そして「元祖デ・ニーロアプローチ」であるロバート・
デ・ニーロ本人もとある重要人物役として顔を見せ、
ほんの1シーンにも関わらず強烈な存在感を放つと、
いよいよ主演のチャンベはデ・ニーロアプローチで臨んだ
という事実だけが話題性でひとり歩きしてしまい、
「果たして彼でなければこなせない役だったのか」と、
多少なりとも疑問に思わざるをえませんでした。
というかね、「桐島」で映画オタクを演じた神木君同様、
ダメ中年の詐欺師を演じるチャンベも、瞳が生気に溢れて
キラキラ・ギラギラしすぎてるのはよくないと思うんよ!
基本はもっと魚の腐ったような目をしてないと…

助演女優には「奇妙な境遇に置かれた不幸な女」や
「アメリカの良心を体現する強い女」を演じてきた
エイミー・ライアンが詐欺師の愛人・シドニーという
難しい役を、物怖じするどころか堂々の演技でハマリ具合を
見せる一方、これまた「世界に一つのプレイブック」で
情緒不安定な女性を演じきり、アカデミーを受賞した
ジェニファー・ローレンスが、キャラクター性そのままに
「クズではあるが悪ではない女」を綺麗に演じきるという、
右を向いても左を向いても錚々たる顔ぶれが、これ以上ない
というぐらい完璧な演技を見せたことで、ますますチャンベを
追い込み、霞ませる結果になってしまったように思えます…

脚本も俳優それぞれの使い方も、「ザ・ファイター」と
「世界に一つのプレイブック」で培ったノウハウが
いよいよ本作で爆裂したという印象を受ける名作として、
確かに万人にオススメできる申し分のない出来なのですが、
全てにおいてそつがなくとも、完璧とは言い難い、
個人的にはあと一歩!あと一歩が欲しかった作品です!
いや、めっちゃ面白かった、面白かったけどね!?
プロフィール

マイケル・チバ

Author:マイケル・チバ
シルバーレイン
マイケル・チバ(b30277)
薬師寺・米(b41960)
を経て、
現在はエンドブレイカー!
マーヴィン・ジェント(c06527)
にて稼動中。

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