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我々は絶滅危惧種だ

今年最後に観る映画は何がいいだろうと思い悩み
手をつけたのは、映画オタクから定評のあるウェス・
アンダーソン監督作「ライフ・アクアティック」。
本日はこの作品のレビューを行いたいと思います!

ドキュメンタリー映画監督でもある海洋探検家の
スティーブはここ数年ヒット作に恵まれず、最愛の
友人でもあったクルー・エステバンの死と引き換えに
撮り上げた新作も、批評家から一笑に付されてしまう。
エステバンを奪った謎の海洋生物に「ジャガーシャーク」と
名付け復讐を誓うスティーブだったが、既にスポンサーから
見放された彼には何をするにも先立つものがなかった。
そんなある時、スティーブと離婚した妻の忘れ形見だと
名乗る男・ネッドが十数年の時を経て突如彼の前に現れる。
彼を一目で気に入ったスティーブはネッドをクルーへ
加入させ、それに応えるようにしてネッドは母の遺産
およそ27万ドルを映画製作費へ注ぎ込みたいと言い出す。
かくして奇妙な縁で結ばれた一団は前途多難の大海原へ
乗り出すのだった…というのがおおまかなあらすじ。

01年に「ロイヤル・テネンバウムズ」で一躍カルト的
人気を獲得するに至ったウェス・アンダーソン監督が
次回作として04年に公開した本作品は、大海原の
ロマンと冒険を描いた笑いあり涙ありのコメディドラマ。

前作同様にビル・マーレイやアンジェリカ・ヒューストン、
オーウェン・ウィルソンと監督作お馴染みの面子が
一通り顔を揃え過ぎていて笑うのと同時に、「放蕩な
クズの父親が沈みかけた船を前に奮闘する」という
テーマもまた彼の多くの作品で共通して見られるものです。

しかし海洋に浮かぶ一隻の船を舞台に、生死も苦楽も
共にするクルーが擬似的な家族として一丸となり困難に
立ち向かうというのが本作で注目するポイントであり、
また直接的な血の繋がりが希薄な他人同士が絆を強めていく
ことで、かえって各々が「父親・母親に憧れつつもそうなることを
恐れていた」という姿が浮き彫りになっていく様も、人間ならば
誰しもが抱えているであろうコンプレックスを刺激してきます。
更に加えて登場人物の結構な数にはゲイの気を伺わせ、主人公の
スティーブにも少なからずその気配があり、彼自身がそれを否定
するかのように「あいつはゲイだからな」「レズにしてはいい女だ」
等と陰で罵詈雑言を吐く演出も、物語をより複雑な構図にしつつ
笑いと一抹の哀しみを感じさせる要素として生きています。

「アドベンチャー」という点で言えば、監督の最近の作品
「ファンタスティック Mr.FOX」や「ムーンライズ・キングダム」に
見られる、「舞台さえ揃っていればやり方一つでどんな作品も
ハリウッドアクションに匹敵する超大作に成りうる」と言いたげな
ヒロイックな展開の手法は既に本作の時点で確立されており、
「主人公だから死なない」とばかりに棒立ち状態でたった一人
銃の乱戦に立ち向かうビル・マーレイの姿には吹かされること必至。
シュワとかスタローンとかウィリスがいつもやってること
なんだからビルが挑戦しても別に減るもんじゃねえだろみたいな。

身勝手で目立ちたがり屋のクズという自分を全て認め、それも
自分の一部だと受け入れておきながらも、最後にはあらゆる
功名心や損得勘定を投げ打ち、今まで自分を慕ってくれた友人たちの
友情に報いるため「けじめ」をつけにいく主人公の姿を見て、
今まで散々彼に振り回されてきた周囲の人々もまた彼と心を共有し
全てを許すというクライマックスに涙腺が緩んだところへ、
七つの海を股にかけ人生の酸いも甘いも知り尽くした老人が
ひとりごちた重みのある台詞でいよいよ涙が止まらなくなります。

ウェス・アンダーソン監督作品はまず必ずと言っていいほど
オープニングで「これは絵本のような創作の物語である」という
演出を前置きに敷いてくるのですが、これがあるからこそ
時にはあまりにも美しすぎる、非現実的で幻想的な綺麗事が
作中で飛び出してきても、観客が自然に受け入れられるフィルターと
して機能していて、やはりこの監督、天然に見えて天才…

それと、ウェス監督はいつも見かける面子とは別に、
作品ごとに大御所俳優を取っ替え引っ替え随所に配置するのが
好きみたいですが、今回印象に残るのはウィレム・デフォー。
この、スパイダーマンのグリーンゴブリンがほんとにそのまま
漫画から飛び出してきたみたいなクレイジーサイコ顔が、
父親の愛に飢えその上ゲイっ気まであるという、本作のテーマに
おいてはこの上なくコテコテな役を演じているところも、
本作の悲喜劇の度合いを大きく引き立てていると言えます。

ウェス・アンダーソンという監督は未だに成長を続ける
怪物のような男なので、作品の完成度においては上記の
「ファンタスティック~」や「ムーンライズ~」の方が遥かに
高いのですが、それはあくまで彼の作品の基準で語ればという
話であり、本作も素晴らしい冒険譚を提供してくれました。
気持ちよく年を越すことができそうという意味ではまさに
うってつけの作品だったので、ありがとうウェス監督、
ありがとうライフ・アクアティック!
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自分のことは 自分でしなくちゃ

ずっと前から観ようと思っていたのですがこれまた
どうにもアレな邦題で食指が伸びなかった映画
「脳内ニューヨーク」を鑑賞しました!
本日はこの作品のレビューをしたいと思います!

今ひとつ冴えない演出家・ケイデンは家族の仲も
上手く行かず、その上老いと共に肉体・精神は
次々と不調を訴え、確実に死が目前に迫っていた。
そんなある時、彼の手がけた演劇が何の間違いか
大賞を受賞すると同時に、彼は多額の賞金を得る。
それ以外については人生のどん底にあった彼は、
劇場を一つ借りきって「自分の人生全てを再現する」
一世一代の大舞台を思いつくのだが…というあらすじ。

「マルコヴィッチの穴」や「エターナルサンシャイン」
といった突飛な設定の脚本で世間を大いに驚かせてきた
チャーリー・カウフマンが、脚本に加え初監督にも
自ら乗り出したという本作品は、劇中の演出家の人生を
劇中劇の人生を交えて語るという、まるで合わせ鏡の
ような多重構造の複雑極まりない内容となっています。

多額の資産を有する人間が、ある時ある種の強迫観念に
取り憑かれ、全く意味のわからない途方も無い投資を
繰り返す…という主人公の姿は、「ウィンチェスター銃」の
もたらした莫大な利益と相反して不幸な運命を背負わされた
未亡人、サラ・ウィンチェスターが建造したという幽霊屋敷
「ウィンチェスター・ミステリー・ハウス」を連想させ、
この作品もまた、彼が自分の人生を表現するために舞台装置や
人員を増強し、敷地を広げれば広げるほど、自分という存在、
加えて他人の考えていることが一体何なのか理解できなくなり、
幾重にもドアが連なる無限の迷宮へと迷いこんでいきます。

文字通り「燃える家」に住む同僚、齢11で「アートのため」と
全身にタトゥーを入れられる娘、20年間主人公のことを
ストーカーし続けてきたという男、そして何より、不調を
訴え山ほどの薬を摂取しながらも不死身と思える主人公…
劇中で「現実」として描かれるキャラクターのブッ飛び具合も
本作の浮遊感やトリップ感に拍車をかけているのですが、
事実は小説より奇なりと言うように、現実の狂った世界の
全てを演劇で表現しようということそのものがどだい無理な
馬鹿げたものであると同時に、それほどまでに今の世が
腐って病んでいるという風に見ることもできます。

仮想ニューヨークを作り上げるという意味では、本作は
「現実逃避」の側面も有していて、演劇の舞台が広がり、
老いが進行する度に、ケイデンは自らを演ずる俳優の用意に
加え、監督業まで他人に譲り渡すのみならず、ついには
エキストラとして他人の人生を演じ、物を考えない、考える
必要のない、完全な舞台装置の一つと化してしまいます。
ファインダー越しに世界を眺めたり、指示を与えられるが
ままに他人に成り代わるのは確かに楽かもしれない…
けれども、演劇で人生を表現することが「現実を変える」
ことに繋がらなければ、他人にとって代わってもそれが
「自分の歩みたかった人生」かどうかと言えば、これも
隣の芝生が青く見えるだけで、今の自分がどんなに惨めに
思えても、ケイデンになりたいと思う人もいるわけです。
ああだこうだと理屈をつけてうじうじしたり、最終的には
「死ね」と言われれば死ぬような人間になりたいのか?
という問いかけが、本作を通じて行われている気がします。

「現実逃避」というテーマに加え、「他人を通じることで
万華鏡のように姿を変える自分の内面を映し出す」という
手法はまさにチャーリー・カウフマンの一貫してブレない
姿勢に溢れていて、今回はそれに加え、大勢の女性に溢れた
世界を通じ、前衛映画のように戯曲を展開していく様は、
先日レビューしたフェリーニの「8 1/2」も連想させ、
これまた漏れ無く「ラスト付近までどういう視聴の仕方を
したらいいかわからない」難解さを伴った作品ではあるの
ですが、個人的には現時点で彼の最高傑作だと思います。

「人は死ぬ時を選べない」「だからと言って他人に人生を
委ねることはできない」そんなことは当たり前にわかりきった
話ではあるけれど、それを実践することが如何に難しいかを
体現した映画…ってのは、あくまで私がそう解釈しただけで、
多分に観る人によって色々な見方ができると思う本作品。
そこまで含めて本作の魅力であり持ち味だと思うので、
シュール系映画とか好きな人は是非観て欲しい作品でした!
まあ、でも、やっぱ「脳内ニューヨーク」って邦題はないわ。
何考えてこんな名前つけたし!

私は線を見る あなたは前を見て

海外で非常に高い評価を得ているという噂を聞いた
デンマーク映画「偽りなき者」を鑑賞しましたので、
本日はこの作品のレビューをしたいと思います!

失業が原因で妻や子との離縁を余儀なくされた男・
ルーカスは保育園に再就職し、地元の猟友会の
仲間にも囲まれ自分の生活を取り戻しつつあった。
友人の一人・テオの娘クララはそんなルーカスへ
幼心に恋を抱いていたが、彼にラブレターを拒絶
されたと思い込んだ彼女は、ほんの出来心から
「性的虐待を受けた」と園長に嘘の告白をしてしまう。
やがて話はまたたく間に尾ひれがついて周囲に
広がり、彼に対する風当たりを強めていく…
というのがおおまかなあらすじ。

イノセントな村社会で静かに巻き起こる恐慌を
描くことで、近代社会において未だ根強い、或いは
現代にかかってはかえってその問題が根本から
奇妙な形に捻じ曲げられつつある「痴漢冤罪」や
「ヘイト・クライム」をテーマとして扱っている本作品。

過去の辛い経験がその表情へ微かに暗い影を落とし、
確かに人生にくたびれたような、クレイジーサイコ顔を
してはいるものの、その実公私共に誠実に生き、
周囲からの人望が厚く女にもモテる中年・ルーカス。
その彼が謂れのない無実の罪で周囲から魔女狩りのように
追い立てられる姿を見せられ、観客がストレスを溜めるのは、
単にそれが無実という真実を知っているからに他ならず、
これが例えば現実として、我々が彼の隣人だとしたら
果たして何処まで彼の側に立つことができるだろう?
という問いかけが大きくのしかかってくるわけです。

時に悪鬼のように牙を剥いても、その動機には悪意がない、
徹底した純粋な存在として子供を描いた作品というと、
これもデンマーク映画、2010年の作品「未来に生きる
君たちへ」を連想し、そして同様に、露悪的に描かれる
隣人たちやご都合的に悪い方向へ落とし込まれる展開が
本作で多少なりとも含まれるとしても、起こった問題と
責任の全ては、やはり子供の親や保護者足りうる大人に
あるわけで、それを子供に転嫁することは許されません。
また、この作品内では些細なきっかけに過ぎなかった
誤解が、時に本当の幼児虐待として顕現化する可能性も
十分にあり得るということも浮き彫りにしています。
この辺、罪を憎んで子供を憎まず、ていうかババァ死ね!
と言いたくなるような、上手く物事を住み分け矛先の
狙うべき場所を定めるお話の構成がよくできてる!

一度失墜した名声を回復させることは容易でなく、
しかし己に非がない以上はお天道様にしっかり顔を
向けて生きていく以外の道はないが、それでも時に
残虐で無情な暴力に晒され命を落とすかもしれない。
我々善良なる、もしくは善良であろうと努める隣人が
最も求められるのは、教化的に言えば寛容であることと
許すということで、転じて人を裁くというのであれば、
そのための司法と行政という機関に委ねなければならない。
本作はルーカスという一人の男の受難とその茨の道を
通じ、誰もが彼と同じ境遇に成りうるということを示す
一方で、彼自身よりもその周囲の人々になる可能性の方が
遥かに高いという意味では、我々が何処まで「善良なる
隣人」でいられるかを試されているという見方もできます。
人間が単なる獣でないことを証明しなければならない、
という根底のテーマに関しては、フリッツ・ラングの
名作映画「M」に通じるものがあるとも言えます。

奇しくもこの作品内で描かれる季節が丁度クリスマス
前後で、なんだか運命めいた出会いを感じましたが、
その意味でも本当に記憶に残る素晴らしい映画でした。
「考えさせられる内容」とか「改めてヒューマニズムを
省みる作品」とか言っちゃうとあまりに凡庸なのですが、
実際その通りなんだから仕方ない、現代社会の人間心理に
今一度是非を問うという意味で、沢山の人に観て欲しい名作!

NO PAIN NO GAIN!

IMDbを漁って隠れた良作を探すにあたり
目に止まったのが、実にたわけた邦題をつけられて
しまった「闘魂先生 Mr.ネバーギブアップ」!
本日はこの作品のレビューを行いたいと思います!

ボストンの高校で生物学を担当する教師・ヴォスは、
二十年前には一流のアマチュアレスラーとして、
十年前には優良教師として表彰される優れた人材
だったが、今は全てに情熱を失い自堕落に陥っていた。
そんなある日、学園は経営赤字を理由に人員削減を
視野に入れ始め、ヴォスの親友でもある老いた音楽教師・
マーティの首も危うい状態に追い込まれてしまう。
学園存続に必要な4万8000ドルという大金に対し、
衝動的に「俺が埋めてやる」と啖呵を切ったヴォスは、
試行錯誤の末に総合格闘技・UFCのファイトマネーへ
着目するのだった…というのがおおまかなあらすじ。

齢40を越え、人生の一つの折り返し地点に差し掛かった
男がかつての情熱を取り戻し、大勢の人々の信頼を
勝ち取りながら大きな目標へ一歩ずつ前進していくという、
有り体に言ってしまえば、月並みなスポ根ドラマの本作品。
…確かにこれ以上ないくらいコテコテな中身が詰まって
いるのですが、「そもそもスポ根ドラマがテンプレ展開で
何が悪い」「観客は奇をてらった内容なんか期待していない」
というのもあるにはあるんですが、その定石に寄りかかる
だけではない、丁寧に練りこまれた脚本が更に気持ちいい!

「学園の予算が足りない」「ならファイトマネーで埋める
しかねえな!」という至極単純な動機で序盤から物語の
目的が明確化される一方、仕事とプライベートの垣根なく
「教師とは何か」という、人々の先頭に立って自らが手本を
示すお人好しの主人公・ヴォスの魅力が描かれていきます。

手軽に稼げる方法として選んだのが格闘技で、でも実際に
やってみるとそんな美味い話があるわけもなく実は最も険しい
茨の道だったというのも、現実的に当たり前の話なんですけど、
スポ根ドラマでは特になくてはならない手法「モンタージュ」の
使い方が上手くて、勢いに乗ったらそのまま連勝街道爆走か?
と思いきや、どちらかと言えば試合開始から二秒でアームロックで
タップ、もしくはマウント取られてボッコボコにされてる
シーンを主にカットアップして見せ、「例え試合に負けても前進と
成長には違いない」というヴォスの姿勢にとても勇気づけられます。

主演のケヴィン・ジェームスのデ・ニーロアプローチも
かなり気合が入っていて、撮影前の増量と撮影に伴って
身体を作りこんでいるであろう過程が伺え、序盤のたるんだ
頬が中盤からほっそりと引き締まり、見違えるような生気に
溢れた精悍な表情へ変わる様も作品に説得力を賦与しています。
展開上様々な衝突を起こしつつ、「基本みんな良い人」を貫く
主人公周辺の人々も、変にストレスが溜まらずスッキリ観れる
ポイントで、一つのヤマ場を迎えた時によくある「登場人物の
一人が突然性格カスになって周囲が追い込まれた状況に陥る
現象(これってなんか適当な通称をつけられないだろうか)」も、
伏線を上手いこと丸め込んでキッチリ落としこんでるのがよし。

「レスラー」や「ファイター」といった、一時期リバイバル
ブームが起こったスポ根映画の流れに乗った作品のうち一つ
という事実は否定できませんが、粗製濫造された有象無象とは
決して違う、確かな出来の佳作であることも保証します。
それにしても、ヴァーリトゥードがテーマのスポ根ドラマ
と言えば、海外では名作と評価が高い「ウォリアー」は一体
いつになったら日本で公開もしくはソフト化されるんでしょう…

恐怖 イズ ノット リアル

何をトチ狂ったかソニー・ピクチャーズが
これで勝負をかけて大コケしたという映画、
「アフター・アース」を鑑賞しました!

公害汚染により自ら地球を生物の住めない惑星に
してしまった人類が、ノヴァ・プライムと呼ばれる
新たな星へと移住してから1000年の時が経った。
しかし先住民との抗戦は未だ続いており、特に「アーサ」と
呼ばれる、人間の恐怖のフェロモンに反応し襲いかかってくる
凶悪な怪物への対策は必要不可欠とされていた。
最強の兵士であり最高の司令官であるサイファは息子・
キタイを厳しくしつけ、そして息子もまた彼の期待に
応えようと自らレンジャーとなることを希望していた。
ある時、サイファは息子を引き連れ訓練惑星への航行中、
事故によりとある惑星へと不時着を余儀なくされる。
そこはかつて人類が放棄し、今や人間が生きるには
あまりに過酷な土地と化した地球だった…
というのがおおまかなあらすじ。

俳優のウィル・スミス自らが原案を執筆し、これを
受けたM・ナイト・シャマランが監督・脚本した
SFアクション超大作が本作品で、「エアベンダー」で
大コケしたシャマランに何故また大作を!?という疑問は
彼のファン、彼を知る者なら誰しも抱いたはず。

それはさて置き、一番あかんと思うのはプロモーションの
やり方で、「地球に不時着した一組の親子が原始時代の
地上で如何に生き抜くか」という感動のストーリーを
想起させる一枚絵を前面に押し出しておきながら、父親役の
ウィル・スミス演じるサイファが両足ボキ折っちゃうって
アクシデントから完全にオペレーター役に徹し、子役
ジェイデン・スミス演じるキタイがただ一人、不時着場所から
100キロ離れた先に落ちた通信ユニットを求めて旅をするっていう
展開には、これも誰しも大きな肩透かしと落胆を覚えたはず!

完全なキリングマシーンと化した生物兵器と人類の対決に
関しては、古くから「エイリアン」や「スターシップ・
トゥルーパーズ」、「ピッチブラック」といった数々の
SF作品で散々扱われてきたテーマであり、ステルス迷彩や
滑空機能を備えたボディスーツに身を固めた主人公の姿は
ゲーム「メタルギア」シリーズの「サイボーグ忍者」や「雷電」に
着想を得ている気もしないではない…のですが、黒人親子って
ことも含めてどうしても「セレニティ」の方の残念で迂闊な
こくじんの方を思い出してしまい、吹かされることしきり。
俺はモンスター…

じゃあって脚本に目をやるとこれもどうにもどっち付かずの
中途半端さに顔をしかめさせられて、過酷な野生を描きたいのか
それともほのかなヒューマニズムを臭わせたいのかさっぱり
わからんし、危機的状況に陥っているからこそ正直にならないと
いけないのに失った道具を誤魔化す子供が子供なら、ドン詰まりに
陥った途端可能性に賭ける前に「あーやっぱやめやめ!お前やっぱ
帰って来いや!」とか言い出す親も親という、これっぽっちも
親子の絆を感じさせないお互いの信頼の無さも残念すぎる…
父親の後を継ぐに相応しい戦士へと成長する息子!という
月並みなラストは別にいいんですけど、そこから「もうアーサは
コリゴリだよぉ~」っていうオチも正直どうなんです!?

「細部に神は宿る」と言うべき、世界観の設定も正直
突っ込みどころ満載で、宇宙船のくせに気密性ゼロの
織物や藁を装飾に多様する意味がさっぱりわからんし、
何か理由があるならせめて端々で「ノヴァ・プライム」
という星の生活様式や生態系をもっと描写すべきだと思うの。
第一級危険区域に指定されているという地球も1000年で
大幅に回復しているし、救援信号さえ受け取ればいつでも
迎えに来てくれるような位置にいるなら、故郷のテラ・
フォーミングを見据えて逐一モニタリングしてないのは
おかしいし、大体がこれだけ回復力のある地球なら
かつて取り残された人類も多分死滅してないよねっていう。
怪物・アーサに対向する唯一の手段が「ゴースト」と
呼ばれる能力「フェロモンを発さなくするために明鏡止水の
境地に開眼する」ってのもそれって本当にカッコイイと
思ってる?ってなもんで、パワードスーツ着込んで
殲滅戦した方がずっと前向きなんじゃないですかね…
ワープ技術とか持ってるのになんで肉弾戦挑むんだよ!
とか、一々突っ込むと自分の方がバカに思えてきます。

評論的には「バトルフィールドアースよりマシ」っていう
声があるらしく、つまりバトルフィールドアースが
比較対象に出てきちゃうってことだよね!?というお話
でもあるのですが、この「中途半端さ」故に、特にカルトな
人気も得られず、この地球上に数多に存在する有象無象の
スペオペ作品の一つとして埋もれていくんじゃないですかね…
大コケした最近のSF作品というと「ジョン・カーター」が
記憶に新しいのですが、あちらはビジュアル的に不味った
だけで、話自体は個人的に十分楽しめたんですよ!
真の失敗作っていう意味合いでは「アフター・アース」のが
強いんじゃないかな…怖いもの見たさでもオススメできない。

アイキャンフラーイ!!

12月の新作レンタルで最も観たかった、というか
できれば劇場に足を運びたかったけれども都合
それが叶わなかった映画「クロニクル」を鑑賞
しましたので本日はこの作品のレビューをば!

自分の日常をビデオに収めることを思いついた
冴えない高校生・アンドリューは、いとこのマットの
誘いで高校最後になるパーティーへ出席した際、学園の
人気者のスティーブを含めた三人で、地面に空いた
大きな穴と、その最深部で光る奇妙な岩を発見する。
それ以来三人は念動力を身につけ、車をも動かし
自在に空を飛べるようにすら成長するが、一方で
アル中の父親と余命いくばくもない重病の母親を持つ
アンドリューは、自らの抑圧された環境と与えられた
強大な力のギャップから、徐々に内面を歪ませて
いくのだった…というのがおおまかなあらすじ。

なんの変哲もない三人の高校生が、ある日突然
超能力を手に入れてしまったら…?というストーリーを
モキュメンタリー形式で描いた本作品、地中に
埋まっていた鉱石に近づいた途端、放射線かはたまた
未知のウィルスかはわからないけれど、とにかく
超能力を手に入れるに至ったというオリジンから、
初めは新しい玩具を手に入れたようにはしゃぎ、
やがて力を持て余すようになる頃にはその強大さに
思い悩み、ある者は溺れていく…という展開まで、
「なんかグラフィックノベルの原作でもついてるの?」
と思ってしまうぐらい、今時の漫画では全く珍しく
ないコッテコテの線を丁寧になぞっていきます。

しかし「キックアス」のように「超能力者不在の世界」、
或いは「ウォッチメン」のように「ある日突然神の如き
力を持ったスーパーマンがただ一人現れた」といった、
「あくまで現実に準拠した」世界観を打ち出すことと、
既に「トロールハンター」で提示され実績を残す、
「超自然的な存在をモキュメンタリー形式でハッタリ
たっぷりに描く」という手法が実にマッチしていて、
昨今のスーパーヒーロー映画ブームと、それを可能に
するVFXの進化、それぞれの時流が丁度絶妙な
タイミングで合わさった、今だからこそ出せる、
今出さなきゃいつ出すんだという映画でもあります!

本当、モキュメンタリーという形式で出したという
エポックメイキングによっかかって、お話自体は悪く
言えば「どっかで見たような」数々のSF作品のパロディと
クリシェのあるあるに溢れまくっているのですが、
劣悪な環境に悩み、どうあがいても幸せになれない
アンドリューの姿は「大いなる力には大いなる責任が伴う」
スパイダーマンことピーターパーカーの姿と被って
いやが上にも観客への共感を呼び起こすし、そうして
「人間を超えた存在」として選民意識を強めていく姿は
ミュータントの王・マグニートー、というか「暗黒の
フォース」に捕らわれていく様はまんまダースベイダーと、
連想させるキャラクターのチョイスの「実によくわかってる」
ぶりがオタクの心をガッチリキャッチしてズルい。

終盤でついに勃発する超能力バトルもその破天荒ぶりから
大爆笑と共に手に汗握らされるのですが、これまた
オビワンとアナキンか、はたまたマグニートーと
プロフェッサーXかという、親友同士のイデオロギーの
対立がテーマになっているのもツボを押さえてる。
「ある日突然、地上にスーパーマンが現れたら…?」
というテーマは同時期「マン・オブ・スティール」でも
描かれたことですが、人智を超えた神の如き力の
スケール感や、それに伴う人類の当惑ぶりと無力感に
ついては、これまたモキュメンタリーという手法故に
こちらの方がより切実に、強く感じられるのもお見事。

何処まで行っても「一番最初にやったもん勝ち」という
感想に尽きる作品ではあると思うのですが、だからこそ
ストーリー自体は変に奇をてらわない一本気で堅い内容に
まとめたことが功を奏し、その意味では成功したと言えます。
二番煎じになるから次はねーぞってことで、恐らく最初で
最後になるであろうモキュメンタリー超能力バトル作品!
スーパーヒーロー能力バトルモノが好きな奴は絶対観とけ!
プロフィール

マイケル・チバ

Author:マイケル・チバ
シルバーレイン
マイケル・チバ(b30277)
薬師寺・米(b41960)
を経て、
現在はエンドブレイカー!
マーヴィン・ジェント(c06527)
にて稼動中。

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