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まるで映画の1シーンみたい

76年の映画「ラスト・シューティスト」を鑑賞
しましたので本日はこの作品のレビューをば。

かつては凄腕の保安官にして30人殺しとして
恐れられた男、J・B・ブックスが故郷である
ネバダ州・カーソンへと舞い戻ってきた。
その理由は自らの腰の不調を、親友である
医師・ホステトラーに診てもらうためだった。
診断は最早手の施しようのない末期ガン。
ブックスは悲嘆に暮れ、ロジャース夫人の
経営する下宿屋で世話になりながら、己の
人生を省みて他人に何かを残せないかと
思い悩むようになるが、その一方で噂を
聞きつけた彼の過去の仇敵や、名を上げようと
目論見る殺し屋たちが街へ駆けつけ、いつ
戦場になってもおかしくない事態へと発展
していく…というのがおおまかなあらすじ。

まごうかたなき「西部劇の雄」、ジョン・
ウェインが最後に選んだ西部劇であり、同時に
遺作ともなってしまった本作品は、病気に侵された
年老いたガンマンの最後の一週間を描いた
ドラマであり、ロマンスであり、ガンアクション。
監督は「ダーティーハリー」のドン・シーゲル。

冒頭で流れる数々のジョン・ウェイン主演
過去作品のコラージュにより、主人公である
J・B・ブックス、即ちジョン・ウェインという
男の生き様が味付けされる演出がまず最高に卑怯!

その「西部最強の男」が迎える寂しい末路に
物語の焦点が当てられているわけですが、
病気で夫を亡くした経験のあるロジャース夫人との
複雑で切ないラブロマンス、彼女のかけがえのない
宝である一人息子・ギロムとの親子にも似た絆、
友情出演のジェームズ・スチュアート演じる
ホステトラー医師との多くは語らない熱い友情を
描く一方、死にゆく老人に鞭打つようにして現れる
銭ゲバの新聞屋や元情婦、仇敵や殺し屋に加えて
葬儀屋と、一癖も二癖もある数々のキャラクターが
ブックスの人生と本作をより奥深い物に仕立てています。
「世界一の商売人」を自負する面白こくじん・
モーゼスや、やたらと美味しい役回りの名無しの
理髪店主とのやりとりは台詞回しも面白く、
単なるガンアクションではなくむしろドラマに
力を入れていることが端々から伺うことができます。

ガンアクションに関しては片手で数えられる
程度のシーンしか存在せず、凄腕のガンマン・
プルフォードが酒場でゴロツキと撃ちあう
シーンでは「銃声が上がってもただ一人伏せ
なかった男」と「心臓に弾丸を受けてのたうつ男」
という強烈な視覚的演出を行う一方、ラストの
銃撃戦はいささか凡庸で有り体に言ってしまえば地味。
しかし、この鮮やかさと泥臭さの落差こそが監督の
やりたかったことだったのではないかと思え、末期ガンと
アヘンチンキで心身ともに既にボロボロの主人公の
姿をジョン・ウェインが迫真の演技で見せる、
ただその一本で乗り切ろうという狙いだったとすれば、
その意味では大きく成功していると言えましょう。

現実の俳優としてのジョン・ウェイン、そして
映画のキャラクターとしてのジョン・ウェイン、
西部劇においての両方の「顔」にけじめをつけた
ことにもなった本作品、クリント・イーストウッドの
「許されざる者」にすごく重なる部分を感じまして、
マカロニの雄として当時ジョン・ウェインとは
常に比較され、またドン・シーゲルとも親交の
深かった彼自身もまた、本作を踏まえ「けじめ」を
つける機会を伺っていたように思えてなりません
(本作公開同年には奇しくもクリント監督作品
「アウトロー」の存在もあることだし、彼が
本作を観ていないというのは考えにくい)。

73年公開の「ミスター・ノーボディ」なんかも
そうなんですが、そりゃあ時代の流れと共に
観客の嗜好が変化するとしても「おい誰だよ
69年のワイルドバンチで西部劇が終わったとか
言った奴ぁ!」と啖呵を切りたくなる程度には、
良作がこれでもかと発掘されて驚くことしきり。
ジョン・ウェインのファンのみならずクリント・
イーストウッドのファンにも本作はオススメ!
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インシュリン…インシュリンを打たなくちゃ

新作ソフト「ヘンゼル&グレーテル」を鑑賞
しましたので本日はこの作品のレビューをば。

時は中世ヨーロッパ。
幼きヘンゼルとグレーテルの兄妹はある日の深夜、
父親に手を引かれて森に置き去りにされてしまう。
二人はさまよい歩いた末にたどり着いたお菓子の家で
悪い魔女にこき使われてしまうことになるが、
隙を見て魔女をかまどに放り込み脱出に成功する。
成長した二人はノウハウを生かし、ウィッチハンター
として大陸にその名を轟かせていた…というあらすじ。

グリム童話「ヘンゼルとグレーテル」を後日談という
形でスタイリッシュアクションに仕立てあげた本作品。
「ボーン・レガシー」や「アベンジャーズ」で
アクションスターとしての地位を確立しつつある
ジェレミー・レナーが主人公・ヘンゼルに扮しています。

現代のVFXを用いて古典的童話を作り変える…という
発想に関して個人的な抵抗は特にないのですが、
本作の前に立ちはだかる大きな壁が存在していて、
既にハッタリの利いたボンクラな作品というと
スティーブン・ソマーズの「ヴァン・ヘルシング」に
ついての言及を避けて通ることはできず、どうしても
本作が比較対象にされるのは避けられない現実。
グリム童話モチーフの作品という点で言えば、これも
またテリー・ギリアムが「ブラザーズ・グリム」という
形で世に出していますので、ぶっちゃけてしまうと
ちょっと10年ばかしセンスが遅れているというか…

じゃあそのボンクラ具合をどう調理するのか?
というと、ヘンゼルとグレーテル衝撃の出生の
秘密というオリジンとドラマや、フリークス魔女と
時代考証とか野暮なことはこれっぽっちも考えない
フリークスウェポンの対決だとか、やりたいこと・
やろうと思ったことがちゃんと伝わる、定石を
踏まえた演出や展開は評価してもいいと思います。

ただ、やっぱキャラの描写が弱いのよねー…。
一番最初にヘンゼルとグレーテルと共に魔女の
捜索を手伝うことになる従者はもっとわけの
わからない活躍をしつつカッコイイ台詞を言わせて
散るみたいな演出が欲しかったし、無能な保安官は
もっとクズでゲスっぷりを発揮してヘンゼルと
グレーテルの足を引っ張っても良かったし、
そうなると彼の雇うゴロツキはインチキ霊媒師や
自称発明家みたいな胡散臭い集団でもっと
けれん味を出していった方が良かったと思うの。
ヘンゼルとグレーテルはもっとポンコツな
脳筋ゴリラ兄妹に仕立て上げちゃって、長年
二人のファンを続けてきたというオタク青年に
頭脳労働を丸投げしちゃうのもアリだった。
というわけで、「そうきたかぁ~ッ!」という
奇想天外な展開やキャラ立ては本作に殆どなくて、
「俺ならこうするんだけどな~っ」という悶々
とした気持ちが先行してしまうのが不味いとこ。

スティーブン・ソマーズ作品を観ているとよくある
「うんうん…うn?うううううn!?」というような、
観客のツッコミが追いつかない畳み掛ける演出って
結構重要で、本作はなんだか手堅く作りすぎて
こぢんまりとしたお話にまとまってしまった感じ。
ちょっとした手応えは感じたので、ボンクラ作品として
B級映画オタからちょっとした評価をされているという、
監督の前作「処刑山」をレンタルリストに放り込んで
おきましたので、それを鑑賞してからでも監督と本作に
評価を下すのは遅くあるまいと思った次第です。

世界よ、これが日本のヒーローだ

レンタル競争率高くて長期戦も覚悟していた
新作ソフト「HK/変態仮面」が思いの外
早く借りることができましたので、本日は
この作品のレビューを行いたいと思います!

ドMの警察官とドSのSM嬢の間に生まれた
色丞狂介は、父親譲りの正義感と共に不器用
ながらも生真面目な男として成長していた。
ある時彼の通う高校に転入してきた天然系の
少女・姫野愛子に一目惚れした彼だったが、
何の因果か彼女は転校初日からサラ金強盗の
立てこもり事件に巻き込まれてしまう。
彼女を救いたい一心で狂介は裏窓を使って
建物へと侵入するが、更衣室で発見した
女性ものの下着が彼の今後の人生を大きく
変えることとなる…というのがあらすじ。

今からおよそ20年前、当時押しも押されぬ
黄金期真っ只中にあった週刊少年ジャンプ誌上に
突如何の前触れもなく颯爽と現れ、大勢の熱烈な
愛読者へ強烈なインパクトを叩きこんだ迷作・珍作
「究極!変態仮面」がここにきてまさかの実写化!
監督・脚本は「勇者ヨシヒコと魔王の城」で
知られる福田雄一が担当、主人公の狂介は
この役を熱望し、自ら進んで15kgの減量を施し
キレッキレの肉体を作り上げたという底なしの
馬鹿(褒め言葉)・鈴木亮平が熱演。

さて、「どうせ三十代前後のおっさんしか観ないから
これぐらいやっても全然困らねえだろ」とばかりに
PG-12指定で臨んだ本作品、それよりもまずOP演出の
時点から全力でマーベルに喧嘩売ってて吹かされます。
劇中でも「原作にはそんな技なかったよね!?」っていう
洗濯ロープを用いたビルの谷間のスイングを見せて
くれたりして、スパイダーマンへの徹底したオマージュ
というよりかはディスが止まらなくてヒヤヒヤ。

肝心の「変態仮面」の出来についてなのですが、
監督の「どうにかして小芝居と間の置き方で尺を稼ぐ」
という得意の手法(っても私は「勇者ヨシヒコ」自体は
観たことないんですけどね)が、作品の登場キャラ全員に
共通した「どっかズレてる」具合と非常にマッチしていて、
「いやそこ重要なとこなの!?」と観客に突っ込み
どころを要所要所に用意することが、一見グダグダに
なりそうなテンポの引き締めに貢献しています。

グダグダ具合については、本作で悪の黒幕として
暗躍する大金玉男の放つ刺客のいい加減な具合が
「ああー漫画も中盤以降はこんなダレ方してたわー」
っていう変な空気出していて、そんな原作愛まで
演出する必要あったの!?という変な汗出てくる、
というか数々の刺客は漫画にもいたような錯覚を
覚えるのだけど、実はどいつもこいつも実写化に
あたっての完全なオリキャラであることが判明して、
自分の記憶がいかに頼りにならないかを実感。
言い換えると、ストーリーラインは原作からの
大幅な改変が加えられてるはずなのに、「そうそう!
こんな話だった!これこそまごうかたなき変態
仮面!」と言い切れる作りに仕上がっています。

狂ったキャラクターと世界観に反して、プロット
自体は「浮世離れしたヒーロー像と、正体である
ふがいない自分の間で板挟みにされた主人公の苦悩」、
「意中の女性に真実を打ち明けられない葛藤」、
「自分を遥かに超越する力を持った強敵の出現による
挫折」といったヒーローものの王道を突っ走り
(というかこれ自体もスパイダーマンとの共通項が
多くて焦る)、そうかと思えば正義感とはまた別に
下心が動機となることも多い主人公の造形も相まって、
感情移入の度合いが大きいのも始末に悪い。

変態仮面変身時は思いっきり作り物感全開の
ちゃちいマスクを被っていることに代表される
ように、映画というよりはちょっと予算が充実した
Vシネみたいな作りをしているのですが、この粗い
作りがかえって功を奏していて、特撮ヒーロー
アクションとしてハッタリの効いた2.5次元的な
独特の世界観を構築することに成功しています。

まあ、その、原作を抜きにして一本の映画として
観ると「どうなの!?」っていう、手放しに
全部褒めるわけにはいかないとこもあるんですけど、
そもそも原作知らない人が観る必要は全くない
映画で、「原作再現」という意味ではこの上なく
正しく成功している作品だと思います。
ほんとなんで20年後の今になってこれが実写で
世に出てきたのかわけがわかりませんが、当時の
童心に帰れる素晴らしい作品を本当にありがとう!
福田雄一!鈴木亮平!バーーーーーカ!!

何故いつもズボンをなくす!?

観る物がない時は西部劇を借りろ、死んだ女房の
遺言さ…と誰が言ったかは知りませんが、今回は
66年の映画「プロフェッショナル」を鑑賞しました!

鉄道王・グラントの妻・マリアが、元革命軍にして今は
山賊に成り下がった男、"ジーザス"ラザに誘拐された。
グラントはラザの要求である10万ドルの身代金を
用意するのとは別に、射撃の名手にしてかつてラザとは
仲間だったリコを雇い、彼を中心に馬の専門家・ハンスと
追跡のプロ・ジェイクを加えた人質救出チームを結成する。
リコの提案により、爆発物のプロ・ドルワースもチームに
加わるが、メキシコの広大な砂漠をホームグラウンドに
100人以上もの部下を抱えるラザに対し、たった4人の
チームでしかないリコには果たして勝算はあるのか…
というのがおおまかなあらすじ。

67年に「冷血」の映画化でその名を知られることになる
リチャード・ブルックスがその一年前に挑んだ西部劇が
本作品で、己に課した契約は絶対に遂行する男・
主人公のリコにはリー・マーヴィン、その彼の親友にして
対照的なくだけた性格の女好きにはバート・ランカスター
というタッグが実現しているのですが、どっかで観たな
この顔~…っていう強烈な個性のオーラを放つ寡黙な
こくじんは途中で思い出した、そうだ「ウェスタン」で
ハーモニカに冒頭で射殺される三悪人の一人、ウディ・
ストロード!これに残りの一人は後に「特攻大作戦」や
「ワイルドバンチ」にも出演することになる、ロバート・
ライアンということで、プロフェッショナルの四人組が
顔を揃える時点でゲップが出るくらい相当濃いです。
更に更に、「10万ドルの価値がある女」と揶揄される
人質の女にはオープニングクレジットの時点で
クラウディア・カルディナーレの名前が出るという、
二年後の作品「ウェスタン」での活躍っぷりを
踏まえると「そりゃ10万ドルの価値あるわぁ~」
と変なネタバレっぷりをかましてくれて、冒頭の
時点から興奮と期待が嫌でも高まるというもの。

お話自体は「お互いの仕事を完全に理解し、必要以上の
ことは喋らない、無駄なことはしない」という、
タイトルからも疑いようのないプロフェッショナルの
プロフェッショナルぶりにゾクゾクし、そんな彼らも
馬や女といった心の拠り所を持ち、それが時として
弱みへと変わってしまうことも…という人間的な側面も
描いていくという、実に典型的なホース・オペラな
作品であることは否めないのですが、ある程度の
テンプレに則った上で丁寧にストーリーを構築していく
手腕は素直に評価するべきだと思いましたよこれは!

仕事の鬼として己を貫くプロフェッショナルたちに、
一番重要な局面で突きつけられる「意外な裏切り」が
本作では上手く作用していて、それでもなお契約に
背かないプロフェッショナルぶりを引き立てつつ、
かつて三人共に革命のため戦ったというリコ・
ドルワース・ラザの三者三様の生き様と友情物語、
そうして「自分を納得させる」ことこそが「真の
プロフェッショナル」であると言いたげな、
彼らが最後の最後で取った行動とは…という
晴れ晴れとしたラスト、あと絶体絶命のはずなのに
なんか知らんけど異様な強キャラっぷりを発揮
してしまって「おおーい!?」と突っ込みを
入れざるをえないドルワースの終盤の活躍とか、
ちょっとずつ伏線を積んでいって新ヒロインを
爆誕させつつ悲劇に持っていくとか、要所要所で
けれん味のある盛り方してきて、地味になりがちな
お話を飽きさせないよう考慮しているのも◎。

65年にアカデミー賞を受賞したこともあり、
「決してタフで曲がらない男」という印象を
決定づける、彼の脂が一番乗った奇跡のような
タイミングで撮られたリー・マーヴィン主演作で、
その彼にせめぎ合うようにして他の役者も熱気の
篭った演技を披露し、青白い炎が静かに燃える様を
見せられているかのような本作品、西部劇の中で
観ておきたい一本に加えるにふわさしい名作でした。

タマゴがいじめられている!

酒飲みながら観るはずだったのに都合
シラフで観るハメになっちゃったよ!
本日は「デッド寿司」のレビューを行います!

芸術家とまで揶揄される寿司職人の父親の下に
生まれたケイコは、幼年の頃から自らも職人となるべく
厳しい修行を積んできたが、女性であるハンデを
どうしても克服できず、ついに家を飛び出してしまう。
その後温泉旅館「刈乃湯」で同僚にいびられながらも
中居としてその日暮らしをしていた彼女は、ある日
旅館の目玉である板前・土田の握りの腕前が至らない
ことを指摘してしまい、トラブルに発展してしまう。
一方、その土田の寿司を目当てに慰安旅行へ来ていた
大企業の小松製薬一行の元へ、五年前社長の命令で、
死んだ細胞を蘇生させる違法な研究に就きつつも、
結局は全責任を被せられ社会的地位を追われた男・
山田が、ゾンビウィルスを携えて復讐に現れるのだった…
というのが大まかなあらすじ。

「片腕マシンガール」「ロボゲイシャ」「電人ザボーガー」
等の作品でカルト映画の監督として地位を築きつつある
井口昇が今回挑んだのは、カンフー&パニックアクション!
あらすじからもわかるやりたい放題感はいつも通り。

「ボリュッ!ボリュリュウ!」という効果音と共に
カンフーの構えを繰り返す主人公・ケイコを映した
OPからも代表されるような、「ショウ・ブラ末期の
煮詰まりすぎたストーリー」という形容が今回は特に
顕著で、カンフーとゾンビ・クリーチャーパニックを
一緒にやってしまおうという発想をしておきながら、
離反した二つのテーマを全く混ぜ合わせようともせず
水と油の平行線で進めてしまう態度はいっそ清々しい。

しかも元々は「ウンゲロミミズ」なんてスカ路線の
AVで活躍していた井口監督の趣味嗜好やノウハウが
困ったことに生かされてしまっていて、「食べ物を
粗末にするなー!」なんてことをキャラに叫ばせつつも、
これでもかとエログロ描写を交えてあの手この手で
次々と寿司を破壊していく様には、観客もどういう
表情をしたらいいのか困惑することしきり。

しかし、そんなあまりに無軌道で脈絡のない、まるで
五歳児がノートに描き殴ったようなフリーダム過ぎる
発想や展開と相反して、「己の使命に目覚めていく
主人公」「その主人公を導く人生の師(松崎しげる)」、
そして「主人公に寄り添い常に彼女を元気づける
マスコットキャラ(寿司のタマゴ)」、三者三様の
キャラを立て、綺麗に描ききる手腕はお見事で、
こう言ってはなんですがやはり今の特撮業界で最も
「ヒーロー映画」の撮れる人なんじゃないかなーと。

姿勢のブレなさは「片腕マシンガール」から一貫して
いるのですが、エンタメとしての見せ方は格段に
上達しているのがまた始末に悪くて、「突っ込みどころ
満載のクソ映画」ということを前提にして観ると、
本当に安心して笑って観れる素晴らしいZ級映画です。
6~70年代の、有象無象に乱発されては消えていった
カンフー及びゾンビ映画も思い起こさせる不思議な
本作品、クソ映画好きならチェックしとけコンチクショー!

How did you do that?

新作ソフト「レッドライト」を鑑賞しましたので
本日はこの作品のレビューをしたいと思います!

60年代に一世を風靡しつつも、突然表舞台を退いた
盲目の超能力者、サイモン・シルバーが復帰した。
一方、心理及び物理トリックを用いて人心を惑わす
ペテン師の悪行を30年にも亘って暴いてきた物理学者・
マーガレットの存在があったが、シルバーの復帰に
一切関わりを持とうとしない彼女へ助手のトムは憤る。
二人の過去の因縁を知ってもなお独断でシルバーの
調査を行うことにトムが踏み切ると、彼の周囲で
様々な怪現象が巻き起こりはじめる…というあらすじ。

オカルトを暴く物理学者と、自称超能力者の対決を
描いたサスペンス・スリラーである本作品は、
己の信念を貫くことに関しては何者にも負けない
クソコテババアをやらせたら右に出る者はいない
シガニー・ウィーバーと、「キング・オブ・コメディ」で
最高の道化を演じた経験もあるロバート・デ・ニーロ
という二大俳優の激突を描いているわけですが、
その二人の間に割って入ってくるのが、「バットマン」
シリーズでスケアクロウを演じたことも記憶に
新しい、個人的には「アベンジャーズ」のロキ様役、
トム・ヒドルストンにも並ぶと思う新進気鋭の俳優、
キリアン・マーフィが配置されているのがグッド!

ペテン師のペテンへ如何にしてクソコテ物理学者
チームが挑むのか!?というプロットは、有り体に
言ってしまえば「TRICK」みたいなものだと思うのですが
それはそれとして、物理学やペテンを越えた先にある
「果たして『奇跡』は存在するのか?」という
自問自答こそが物語の根幹を成すテーマであり、
「一度は奇跡を目にしてみたい」という願望と、
「この世に超常現象など存在しない」という現実に
板挟みにされ、悪魔の証明に挑むマーガレットの
悲痛な姿が、けれん味たっぷりなトリックバトルに
観客が感情移入するための余地となっています。

そのトリック合戦も中盤の衝撃的展開からは若干
息を潜め、命をも懸けた後戻りできない骨肉の
争いへとシフトしていくのですが、「何が飛び出て
来るかわからない」というスリラーと、「こいつが
絶対に怪しい」というサスペンスは前半に蒔いた
種が実に上手く作用していると思います。

まあ、で、その、観客の斜め上を行く「そういう
オチかよ!?」っていうトンデモなドンデン返しが
待ち受けているわけですが、「観客をトリックに
かける」という点と、「作品の根幹のテーマを実現する」
という点、そして「観客に一抹の希望とファンタジーを
抱かせる」という点、これら全てを満たすには
これしかないよねっていう意味では、私は面白いと
思ったしこういうのもアリかなと思ったけど、
ふざけんな金返せって言う人出ても仕方ないよコレ!

シャラマンとかスティーブン・キング原作映画みたいな、
「イイハナシカナー?」って奥歯に物が挟まったようなモゴモゴ感が
大好きな人にだけは間違いなくオススメできる作品でした。

バルジャンの世界

どこに耳を傾けても良い評判しか聞かなくて
かえって不安が募る新作ソフト「レ・ミゼラブル」を
鑑賞しましたので本日はこの作品のレビューをば。

革命の余波に揺れる18世紀初頭のフランス。
飢えた妹を救うため、たった一切れのパンを盗んだかどで
19年もの年月を牢獄で過ごした男、ジャン・バルジャンは
世間から迫害され、すっかり心を閉ざしてしまっていた。
彼はただ一人施しを与えてくれた司教からも盗みを働き、
後日警察に捕まるが、その時でさえ司教は「その食器は
私が与えたものです」と頑なにバルジャンを庇い、その
無償の愛に心を打たれた彼は、自らの名を捨て第二の
人生を歩むことを誓うと、仮釈放許可証を破り捨てる。
それから8年後、名をマドレーヌと改めた彼は街の
市長にして工場経営者という地位にまで上り詰めていた。
しかしある時、かつて彼の看守だったジャベールが
警察署長として配属された同日に、工場でトラブルが
発生し、無実の女性・ファンティーヌが解雇されてしまう。
自分可愛さに工場を監督できなかった自責の念から、
バルジャンはファンティーヌに彼女の娘コゼットの
面倒を必ず見ると約束を取り付けるが、一方で全くの
別人が「ジャン・バルジャン」の汚名を着せられ法廷に
立たされているという報を聞き、彼は名も顔も知らぬ男を
庇うため自らの正体を公に晒すかどうかを思い悩む…
という、えらい長いですけどこれでまだOPのあらすじ。

ヴィクトル・ユーゴー原作「ああ無情」のミュージカル化
作品を映画にしたという回り道をした本作品は、
約二時間半という尺の中でジャン・バルジャンの半生を
描くという、話だけだと途方もなく無茶に聞こえますが、
ミュージカルという手法をそのまま用い、心情の吐露や
状況の説明をキャラクターに歌わせることによって、
映画の枠組みにおいて立ちはだかる障害をことごとく
ショートカットすることに成功しています。

まあ、そうは言っても場面展開の上で「8年後彼は
街の名士に!」とか「その9年後なんのかんので追手から
逃れることに成功した彼は!」みたいな強引なオミットで、
特に手段や経緯の説明もなくなんとなく生き延びてしまう
ジャン・バルジャンの異能生存体っぷりには吹かされて
しまうわけですが、ストーリーにおいてなるべく邪魔に
なる部分は極限まで削いでしまって、「キャラ萌え」に
重点を置いた一極集中の姿勢は評価に値します。

物語のキーパーソンである少女「コゼット」を中心に
話は回っていくのですが、愛する娘である彼女のために
髪も歯も、春ですら売ることを厭わないファンティーヌ
(「デ・ニーロアプローチ」で臨んだアン・ハサウェイ
渾身の演技はアカデミーも納得の出来!)の「母親」像、
「悪は許さない」と断じ、盲目的なまでに法の万人である
自らの姿に固執する警察官・ジャベールの「神の道を
歩む男」の姿、その二人に対応するかのようなジャン・
バルジャンの、何の血も繋がらない赤の他人の娘のため
己の人生を捧げるという「父親」像と、人道のためなら
例え法を破ろうと、泥にまみれようとも真っ向から自分の
信念を貫くという「影に生きる男」の姿を通じ、三者三様の
「無実の人々」の生き様の対比が浮き彫りにされていきます。

バルジャンとジャベールの「W主人公システム」、
ファンティーヌからコゼットへの「ヒロイン継承システム」、
そして意外な伏線から再登場し、世間に揉まれながらも
コゼットにも負けない純朴さと純粋さを携えた少女・
エポニーヌとの共演による「Wヒロインシステム」と、
「ああ無情」ってすげえ時代を先取りしていたんだな!
と変なところでも感心させられてしまいました。
まあ、Wヒロインが奪い合うことになる、本当は金持ちの
ボンボンだけど貧乏人に混じって革命ゴッコに興じ、
そんな最中美少女コゼットと出会うことで色恋と革命
どちらを取るか迷うことになってしまうというヘナチン
美青年・マリウスが残念な感じですが、これは
バルジャンの強キャラ演出その他諸々お話の色んな
負債を一手に請け負った末の犠牲と見るべきでしょう。
最終的には結構いいポジションに収まってるし決して
悪い子ってわけでもないのでいい着陸してると思う。

上述の「○年後」で場面飛ばす演出の他にも、例の
クライマックスシーンで「ベギィ」とか滅茶苦茶痛そうな
音出して「その効果音本当に必要だった!?」とか、結構
変な吹かされ方してしまう不味い演出は散見されるん
ですけど、一番最後のオチで「そう来たかぁ~っ!」って
キャラを登場させることで涙ダダ漏れ、全部許せて
しまうという、割と演出面で感情に揺さぶりかけて
訴えてくるという卑怯な作品だったりもします。

今や紋切り型な古典作品を題材にしているわけですが、
それだけにエンタメとしてはこの上なく、また
調理法も何一つ間違っていないので、なるほど
こりゃあ貶める人が出ないわけだ、誰だって褒める
俺だって褒めるという万人にオススメできる名作でした。
プロフィール

マイケル・チバ

Author:マイケル・チバ
シルバーレイン
マイケル・チバ(b30277)
薬師寺・米(b41960)
を経て、
現在はエンドブレイカー!
マーヴィン・ジェント(c06527)
にて稼動中。

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