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まだおとぎ話を信じているのか

マカロニ探訪はまだまだ続きますよ!
本日のレビューは「ミスター・ノーボディ」!

一発の銃声が鳴り響けば三人が死んでいる―――
西部でその名を知らぬ者はいない早撃ちの達人、
ジャック・ボレガードは年齢による衰えと共に
引退を控えていたが、その彼がとある理由で
最後に追う相手として選んだのが、違法な金の
横流しをする悪徳商人・サリヴァンだった。
その過程の中で突然間に割って入ってくる、
「何者でもない者(ノーボディ)」と名乗る男。
裏から様々な仕掛けでボレガードを戦いの
渦中へと引きずり込もうとする「ノーボディ」の
目的とは果たして…?というあらすじ。

セルジオ・レオーネ原案・監修、「怒りの荒野」の
トニーノ・ヴァレリ監督、そして「ウェスタン」の
ヘンリー・フォンダ主演という鉄壁の布陣で臨んだ、
コメディ色の濃いマカロニ・ウェスタンが本作品。

しかし、フォンダ演ずる主人公・ボレガードに
対し、本作のタイトルにもある「ノーボディ」
演ずるテレンス・ヒルこそが思わぬ伏兵で、
ミステリアスな彼の存在こそが本作を味わい
深い内容に仕立てあげているのは明らか。

「名無しの権兵衛」なんて設定はそもそも
レオーネがクリント・イーストウッドと共に創作
したマカロニで最も有名なキャラクターの一人で、
そんなノーボディは「決して背中からは撃たない」と
豪語するジョン・ウェインのような高潔さも持ち、
そして「ジャンゴ」のフランコ・ネロにも似た
その外見からは彼と同じ匂いのする愛嬌もまた
滲み出ているといった具合に、西部劇のアイコンを
全部乗せたような人物に仕立て上げられており、
そしてテレンス・ヒルその人が重圧に屈すること
なく飄々とキャラを演じきっていることがすごい!

ここから更に、まるで幽鬼のようにボレガードの
行く先に現れる超自然的な存在感や、酒を飲むと
笑い上戸になるが、酔ってもその早撃ちの腕前は
少しも衰えないという設定からは、先日レビューした
「情け無用のジャンゴ」へのオマージュも思わせ、
一体どんだけ盛ってんだよという狂気の作り込み。

そのオマージュに関しては作品全体に言える
ことで、「西部劇にトドメを刺してしまった」と
まで言われた「ワイルド・バンチ」と、レオーネの
マカロニ集大成と言える「ウェスタン」を中心に、
どっかで見たような展開やシーンが目白押し。
ヘンリー・フォンダ主演な以上、セルフ・パロ的な
色合いも強くなっているのですが、「マン・オブ・
ハーモニカ」風のBGMに吹かされたりしつつも、
本作目玉のシーンである「ワイルドバンチVS
ヘンリーフォンダ」という無茶な構図を、クレーン
撮影でズームアウトで映す、いかにもレオーネな
ショットは思わず涙が溢れるほどに美しい。

で、単純に剽窃で塗り固められた同窓会的作品に
終始しているかと言ったら全然そういうことでは
なくて、重要なのは「西部劇とは何か」ということに、
マカロニである本作が深く切り込んでいること。

西部劇と関連して語られる、切っても切れない
テーマ、それは「移民であるアメリカ人は神話を
持たない民族」であり、それに取って代わるのが
「西部劇」であるという説で、本作においては
ノーボディがボレガードをその「神話の領域」まで
押し上げる過程が描かれていくことになります。

平穏な引退を望む男・ボレガードを、理不尽な
までに闘いへと駆り立てようとする、「逃れ
られない運命」を擬人化したような男・ノーボディ。
いくらかの小銭を持って遠くへ逃げれば
悠々自適な老後を暮らせるだろう、だが
どんなに早撃ちが上手く何人殺してようが
今のあんたは…そう言いたげなノーボディの
姿から浮き彫りにされる、「本当のノーボディは
誰か」という構図まで融合する様が素晴らしい!

神話の世界という大理不尽の枠組みを超えると、
大ドンデン返しの晴れ晴れとしたオチを通じて、
「かつてあった男の世界」が終わり「ガンマンの消えゆく
世界」が始まるという時代の移り変わりまで描き切り、
大風呂敷広げておいてここまで綺麗に畳めたのは、
大作好きなレオーネとキッチリとした性格なヴァレリの
タッグだったからこそ成せた業という他ありません。

コメディ色の強い本作は、血みどろのマカロニや
「ワイルドバンチ」に対する皮肉として受け取れる
趣もあるのかもしれませんが、しかしあくまで
「不殺」を貫くノーボディ、「ガンマンとしての死」を
遂げたボレガードの姿から映るものは、まごう
かたなき人間賛歌であり、マカロニや西部劇に
対する溢れんばかりの愛であり、それはまた
言い換えるならば、一度はトドメを刺された
はずの「西部劇」が再び息を吹き返したという
メッセージとして私は受け取りました。

「ワイルドバンチ」後のマカロニで、なおかつ
いかにも異端児な内容から、あまりタイトルを
耳にしないのも納得できてしまうのが非常に
惜しまれますが、とにかく隠れた名作です!
オススメ!
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タフすぎて そんはない

マカロニ探訪が続きますが、本日は
「情け無用のジャンゴ」の紹介をします!

メキシコ人で構成された強盗団の頭・ジャンゴは
アメリカ人の一団と共に仕事をした際、裏切りを
受けて仲間ともども虐殺され、金を持ち去られてしまう。
奇跡的に息を吹き返した彼はインディアンに介抱
され、そしてまた彼らがこさえた「黄金の弾丸」を
携えると、仇と金を追うべく復讐の旅に身を投じる
ことになるのだが…というのがおおまかなあらすじ。

前回レビューしたフランコ・ネロ演じる「ジャンゴ」
とは全く関係のない、また別の「ジャンゴ」の
名を冠した男が主人公の本作は、元々が突飛な
脚本で構成されることの多いマカロニの中に
あってとりわけ「シュール」と呼ばれる問題作。

「メキシコ人とアメリカ人の確執と裏切り」、
「悪人と偽善が渦巻く街で勢力間を渡り歩く一匹狼」
といった、プロット自体はかいつまんで見れば実に
マカロニの定石を則った作品には違いないのですが、
そんな皮を突き破って有り余る尖った演出への
ステ全振りっぷりが、本作をなんだかよくわからない
ものすごいなんかの領域に押し上げています。

そもそも「裏切りに対する復讐譚」と「用心棒」の
脚本が分裂症起こして剥離していて、でもその前に
まずOPでゾンビのように穴ぐらから蘇るジャンゴ、
その彼を祈祷するインディアン、そして彼らは
ジャンゴが持っていた黄金から「金の銃弾」を鋳造する
っていう時点でもう何が何だかよくわからねえよ!

分裂症の話に戻して、ジャンゴの追う仇敵が逃げ込んだ
場所が、白痴と悪人と偽善者しかいない狂気の街ってな
塩梅なんですが、そこで裏切り者一味は皆こぞって住人に
襲われ、吊るされてしまうという突然の衝撃的展開!
なんとか足が間に合ったジャンゴは、どうにか首領
一人にだけは銃弾を浴びせることに成功するものの、
しかしまだ息のある敵とジャンゴの間に割って入り、
仇敵の命を助けようとする新キャラ「悪の牧場主」が
登場という運びで、普通なら「これで中ボス降格と
ラスボス交代が行われたわけね」って思うじゃないですか。
ところが仇敵は治療の最中に医者が彼の身体に埋まってた
弾丸が金だと知ってしまったばかりに、皆こぞって
仇敵の弾痕に指つっこむもんだから仇敵ショック死!
そこで死ぬの!?そしてOPからここまでの出来事約30分!

しかしこの狂った展開に奇妙な説得力とリアリティを
与えているのが、登場人物の大半が「異様なまで金の
魅力に取り憑かれた悪人」という設定であり、欲望に
よって醜い外道へと身をやつしていく彼らの姿と、
その彼らによって虐げられる正常な人々が真っ先に
犠牲になり、彼らと同じ悪人に堕ちるかはたまた
狂人に成り果てるか、さもなくば撃ち殺されるという
地獄の選択を迫られる、徹底した描写に他なりません。

正気と狂気の綱渡りをする危うい脚本に乗っかって
くるのが本作の目玉「シュールな演出面」で、
墓穴からインディアンの手によって救い出され
蘇った盗賊が、悪人とも善人とも違う、彼自身が
定めた超自然的なルールによって悪人どもを裁いて
いく聖人へと生まれ変わった姿や、金に憑かれた
人々がそれこそ「物理的に」金によって殺されていく
因果応報、あと妙にIKEMENばかりで構成され、ブラック
スキンのカウボーイ姿で統一されたホモのチンピラ団の
存在とかが本作の狂気度を一層高めています。

ていうかね、あれこれ講釈つけるまでもなく、敵味方
関係なくドッカンボッカン殺し合いするし、残虐な
拷問描写もあるし、何よりキャラがみんなキチガイ
なんで、絵面的に全く退屈しないのがズルいよこれ。
多分本作のシュール描写は、「エル・トポ」における
ような何か聖典的な解釈を込めているというよりは、
単純に「面白いと思ったからやった」という意味合いの
方が強いと思うんですが、そういうエンタメ路線への
色気の使い方まで相まって、本当なんだかよくわからない
妙な勢いに溢れたヤバい作品に仕上がっちゃってます。

「エル・トポ」において、アレハンドロ・ホドロフスキーは
興行的な色気を出すためマカロニをチョイスし、そして
マカロニを一生懸命勉強したということですが、なるほど、
「エル・トポ」って作品が狂ってんじゃなくて、マカロニ
っていう土壌そのものが最初から狂ってたんだね。

ヴィヴァ・ラ・レヴォリューション!

タランティーノの最新作が「新ジャンゴ」と
するなら、今回鑑賞したのは「旧ジャンゴ」、
ここから全ての「ジャンゴ」が始まったと
言い換えることができる「続・荒野の用心棒」!
本日はこの作品のレビューを行いたいと思います!

元南軍のジャクソン将軍は偏執的な差別主義者で
あり、私兵を率いてメキシコ人を狩る彼らを
人々は「赤頭巾」と呼び、忌み嫌っていた。
彼らとメキシコ革命軍がゴーストタウンを挟む形で
睨み合いを続けていたある日、棺桶を引きずる謎の男
「ジャンゴ」が現れたことで、両者の均衡が破られる…
というのがおおまかなあらすじ。

レオーネと並んで「もう一人のセルジオ」として、
マカロニの父とも呼ばれるセルジオ・コルブッチが
監督した本作品は、レオーネの「荒野の用心棒」
公開の64年から二年後に世に送り出され、プロット
自体は確かに「用心棒」に似ているものの、
邦題のような続編的なお話では一切ありません。

雨が降り注ぎぬかるんだ荒野の中、全身黒ずくめの
男がただ一人、重そうに棺桶を引きずって歩く…
という、どう転んでもキチガイにしか見えない
主人公の姿を映したOPから「今俺は何かすごい名作か
はたまたとんでもない駄作を観せられようとして
いるのではないか」という予感を抱かせてくれます。
で、この演出が本作の全てを物語っていて、とにかく
勢いとハッタリで全部乗り切ろうという姿勢が潔い。

早撃ちを披露して女に一目惚れされるなんて
テンプレ展開もそこそこにこなしたジャンゴさん、
満を持して棺桶の中から取り出したるは、なんと
両手で担げるサイズのヘンテコガトリングガン
(コルブッチファンの間では「レンコン銃」という
通称で親しまれているとかなんとか)!
こいつでひとしきり赤頭巾のファシストどもを
ブッ殺して悦に浸ったかと思えば、実はメキシコ
革命軍の大将とも旧知の仲という裏設定を
引っ張り出してきた上に、軍師プレイをかまして
くれるという廚キャラっぷりが実に素晴らしい。

そんな本作の脚本は、黒澤作品を殆どパクった
「荒野の用心棒」に比べたら優れているはずが
全くなく、今まで散々廚キャラのフリをしてきた
ジャンゴさんが後半でツケを払わされるお約束の
あたりから徐々にボロが出てきて、「女に銃で脅され
仕方なく駆け落ちするハメになるジャンゴさん」とか
「暴発した銃が原因で今までの苦労が全部パァになる
ジャンゴさん」、しかもその上「本当は過去を水に
流して人生やり直すつもりだったけどうっかりで
捕まって凄惨なリンチ受けちゃって逃げることも
ままならなくなっちゃったからしょうがない
復讐の話に舵を切り直すジャンゴさん」という、
どんどん落ちぶれていくジャンゴさんが面白すぎる。

とりあえず登場人物を片っ端から殺さないと
気が済まないコルブッチ監督の虐殺演出、
そしてとりあえず主人公をカタワにしないと
気が済まないコルブッチ監督のリンチ演出を
経て、墓場の十字架に引っ掛けてトリガーを
弾くというフリークス戦法を披露し、あくまで
「カッコイイだろう!?」な姿勢を貫いて物語が
引き、「新ジャンゴ」でも効果的に使われた
「ジャンゴのテーマ」がエンドロールに流れると、
本作がなんだか名作だったような錯覚に陥ります。

そんなジャンゴさんのジャンゴさんっぷりがマカロニ
ウェスタンとしてのけれん味・面白味として本作に
機能しているのですが、そのジャンゴさんを演じる
フランコ・ネロ(「新ジャンゴ」にもカメオ出演
してる!)の、クリント・イーストウッドと同じく
タフさの中にも繊細さが光る優しげな瞳、それに
加えてどこかにこやかな愛嬌も持ちあわせている
彼のキャラクターが、作品の「シリアスな笑い」という
絶妙なバランスに貢献しているように思えます。
マカロニ特有の「そんないらんとこまで伏線
引っ張らんでええよ」っていう、彼が異様なまでに
棺桶に拘るくだりのあたりなんかは特に。

演出や脚本もろもろの全てが「これもちょっと
さじ加減間違えるとエル・トポだよなあ」という、
理解不能一歩手前の危険なバランスにあって、
その絶妙なバランスの上に成り立っている
奇跡の作品だと言ってもいいと思います。
トータルで見ればお世辞にも全く褒められた
内容の出来ではないのかもしれませんが、本作を
きっかけに「ジャンゴ」の名を冠するマカロニが
雨後の筍の如く粗製濫造されたという歴史が
示すように、奇妙なパワーに溢れたマカロニの
金字塔的一本であることには間違いないのです。

ガンマン十ヶ条!

タランティーノ作品を観た後は必ず彼に影響を
与えた作品も観るハメになるわけですが、
今回は「怒りの荒野」を鑑賞しましたので
本日はこの作品のレビューをしたいと思います!

西部の街・クリフトン。
娼婦の子として蔑まれる青年・スコットは
雑役夫としていいようにこき使われていた。
そんなある時、街に現れた謎の男・タルビーは
スコットのことをいたく気に入るが、酒場で
タルビーの起こしたいざこざに巻き込まれたことが
原因でスコットも街を追われてしまうことに。
凄腕のガンマンに憧れる彼はタルビーの後を
追い、その想いにタルビーも応えることと
なるが…というのがおおまかなあらすじ。

「荒野の用心棒」の助監督を務めた
トニーノ・ヴァレリが自ら監督に挑戦した、
67年のマカロニ・ウェスタンが本作品。
ラストバトルの決闘シーンにおける
カット割なんかはレオーネの影響バリバリ。

お話は「マカロニのくせに」と言っちゃあ
なんですがものすごくよくできていて、
しかしその前に本作においてこの人の
存在を外して語ることができないのが、
西部劇の雄、リー・ヴァン・クリーフ!

ご存知レオーネの「夕陽のガンマン」及び
「続・夕陽のガンマン」で、善玉にも悪玉にも
なれる魅惑のバイプレイヤーであることを
証明した彼を、既に引退が見えかかった凄腕の
ガンマン役に当てはめたという時点で、本作は
既に一つの成功を納めていると言ってもいい!

頭の剥げかかったにこやかな中年はその実
冷酷な瞳を持った殺人者であり、年齢の衰えと
共に徐々に欲の皮が突っ張り、醜いケダモノへと
変貌していく…という過程の描写は観客にも
ごく自然に受け入れられると同時に、非常に
魅力的なキャラとして映ること請け合い。

無法者が蔓延る「正義不在の西部」、誰一人
として登場人物に善人が存在しない中、主人公も
また悪の底なし沼へ足を踏み入れようとした時、
意外な人物がただ一人正義のために立ち上がり、
それに呼応して主人公も覚醒する…という
テンプレ展開もスッキリして気持ちいい!

「青は藍より出でて藍より青し」という言葉が
あるように、マカロニ・ウェスタンにおいては
「弟子は師匠を超えなければならない」という
テーマとその通過儀礼が用意されることが多く、
本作もその例の一つとなっているのですが、
「ジャンゴ」ではその要素が希薄だったことが
改めて実感させられ、そこだけは残念に思います。

んで、まあ、それらの工程のために「突然性格
カスになる主人公」とかいうのがお約束なら、
「そこまで伏線回収する必要なかったんじゃね!?」
って色気の使い方とか、いかにもマカロニっぽい
詰めの甘さが散見されるので、完璧な脚本かと
聞かれたらベタ褒めできるもんでもないです。
あくまで「マカロニ基準で見たらすごい」だよ!
あと、それともう一個、オチがおかしい。
最後に寄り添うのは彼に密かに想いを寄せる
可愛い娼婦で良かったのになんで薄汚れた
カタワのジジィナンデ!?ホモなの!?

智にも長ける凄腕のガンマンに導かれ、何者でも
なかった男が昇華していくというプロットや、
OPテーマ等が「ジャンゴ」へ大きく影響を与えた
のは明白ですが、それ以外でも「この街は
『地獄』へと変貌するぜ!」という台詞回しや、
「一見平和な街の人々は実はとんでもない
悪事に加担していた」という設定はクリント・
イーストウッドの「荒野のストレンジャー」へ
与えた影響も伺わせ、変わったところでは
タルビーが実践を通じてスコットに「ガンマン
十ヶ条」を教授する姿が漫画「SBR」のジャイロと
ジョニィの関係に似たものを感じさせます。

レオーネの影響を隠そうとしないながらも、
彼とはまた違ったマカロニの金字塔的作品を
打ち立てたということで、本作を鑑賞した
価値や意義は大いにあったように思えます。
「ジャンゴ」が気に入ったなら本作も
チェックしておいて何ら損はありませんよ!

アウフヴィダーゼーエン!

地元で世間から遅れる形で公開されていた
「ジャンゴ 繋がれざる者」を鑑賞しましたので
本日はこの作品のレビューを行います!

南北戦争の二年前、場所はテキサスの何処か。
元歯科医の賞金稼ぎ・シュルツは賞金首を
追う上で情報提供者が必要となり、敵の名と
顔を知る黒人奴隷・ジャンゴを商人から
”交渉”の結果引き取ることに成功する。
頭が切れ銃の腕に長けるジャンゴは彼の
片腕としてメキメキ成長していくが、
ある時シュルツはジャンゴが農場主の手に
よって女房と離れ離れにされてしまっていた
過去を知ると、二人を元通りにした上で
自由の身にしてやりたいと願うようになる…
というのがおおまかなあらすじ。

「イングロリアス・バスターズ」から早三年、
今回クエンティン・タランティーノが世に
送り出したのはなんとマカロニ・ウェスタン。

バネ付きの歯の模型を馬車の屋根に取り付け、
ビヨンビヨンさせながらクリストフ・ヴァルツが
登場するという突拍子もないオープニングから、
「真昼の死闘」を思わせるテーマ曲に「荒野の
ストレンジャー」を思わせる演出等々、全力で
「これはマカロニウェスタンですよぉ!」と
ゲップが出るくらいアピールしてくる本作品。

一方で、タランティーノが作る映画、或いは
監督自身のキャラクターというのは、例えば
「日本人になりたいと思っているタランティーノが
作ったヤクザ映画」であったり、「中国人に
なりたいと願っているタランティーノが作った
香港ノワールやカンフー映画」であったりして、
今回に関しては「黒人になれると信じている
タランティーノ」が作っていながらにして、
テイスト自体は「ブラックスプロイテーション」
という非常に奇妙な組み合わせになっています。

そして、かつて西部劇において「南北戦争」が
舞台になることは多くとも、殆ど触れられる
ことがなかったというタブー「黒人奴隷問題」を
改めてテーマに焦点に定めたこと、これら三点が
交じり合うことによって、未だかつてなかった、
全く新しい、独特の「タランティーノワールド」を
形成することに成功しているのです!

話はキャストとそのキャラクターに移って、
ジョン・ウェインが演じることが多かった
「帰る場所を失ってしまった男」を思わせる、
ドイツ系のバウンティハンター・シュルツに、
アカデミー常連と化したクリストフ・ヴァルツ。
キャラが立ちすぎて主演を食っちまう活躍を
見せる助演ってのはマカロニじゃ結構ある気が
するので、彼の見せ方は恐らく監督の狙いの範疇に
あるし、その意味では大きく成功しています。
その彼に対抗するのが、最近では突然興奮する
キレ芸に定評のあるレオナルド・ディカプリオ…
では実はなくて、思わぬ伏兵として登場する
「奴隷根性を魂に刻みつけられてしまった」
悲しき老黒人・スティーブンを演じる、
タラ作品常連のサミュエル・L・ジャクソン。
大農場主に使役される黒人の主任という、
「善玉にも悪玉にも転がれる」ある意味で
双方に取って切り札になり得る存在の彼は
作品の命運を分けるキャラとも言えます。
お互いキャリアは違えど百戦錬磨の名俳優、
その二人に負けまいと、前述のディカプリオと
「マカロニの主人公だから根拠もなく強いのは
当然だよね」とばかりに強キャラっぷりを晒す
ジャンゴ演じるジェイミー・フォックスが
張り切っているという印象を受けました。

タラ作品常連という意味では「フロムダスク~」
以降の「例の保安官」でお馴染みマイケル・
パークスや(今回は保安官役じゃないです。
ご先祖様かな?)、「なんで毎回いるのか
わからない」トム・サヴィーニに吹かされる
というお約束も本作の一服の清涼剤。

話は戻って、「マカロニウェスタン」における
「超展開」と「その犠牲になるキャラクター」
というのは切っても切れない関係にあって、
「観客が観ていて気持ちいい展開」のために
「なんでそこで殺す!?」とか「なんでお前が
裏切るの!?」とか「外道が急に本当は良い人
ロールすんなよ!?」って意表を突く切り返しが
チャメシ・インシデント並に横行しています。
ところが「ジャンゴ」の脚本においては全体的に
キャラクターが非常にロジカルに出来ていて、
これを監督が本当に狙ったのかどうかはわかり
かねますが、良い意味悪い意味抜きに「予想を
裏切った展開」をしないことが観客にとって
「裏切られた」ことになっていると思うのですよ!
話を破綻させず、マカロニの「観ていて気持ちいい」
部分だけを切り取って見せた監督の手腕に脱帽!
まあ、「歯科医であるという設定は何の伏線にも
生きてこない」っていうつっこみどころとかは
ありますが、明らかにわかりやすい穴に関しては
監督がつっこみ待ちのために作った罠でしょう。

その他、相変わらず「どっかからパクッてきて
自分でやりたかったんだろうなあ」っていう
印象的なショットもてんこ盛りなわけですが、
中盤の壮絶なガンファイトの「生きていようが
死んでいまいが人間を『肉』として扱う」、
徹底的にフィジカルに拘ったスプラッタ映画
一歩手前の演出なんかは、元ネタ云々抜きに
「男の世界」過ぎて血潮がたぎること請け合い。

で、そろそろまとめに入りますが、こうして
レビューとして文字に書き起こすために色々解説
してみせることで、改めて「どうしてすごいのか」が
自分でも実感できるようになってきたものの、劇場を
出た時点では「何だかわからないけど何だか
すごいものを見てしまった」という、言葉にできない
異様な興奮に包まれていたのが正直な感想でした。

それらを踏まえ、本作を観た人の感想は
大きく4つのタイプに分けられると思います。
一つは「何だかわからないけどすごく面白かったと
言う人」、もう一つは「ちゃんとした映画のルールや
話の筋道を説明した上で面白かったと言える人」。
一方では、「何が何だかさっぱりわからなくてクソと
断ずる人」がいれば、「ちゃんと何がダメかと一つ
一つ指摘できた上でつまらなかったと言う人」が、
面白かったと言う人と同じくらいいると思うし、
つまらんと言う理由が何にせよ、私自身もその人が
言っていることは多分正しいと思うんですよね…。
こうした「生理的にダメ」「論理的にダメ」という
キッパリとした批判を受けそうな、監督が元々
持っていた「頑固な作風」は年を重ねる毎に一層
強まっているように感じますが、私はこれを彼の
「成長」として捉えると同時に、「キルビル」製作当時
「俺ァまだ四作しか撮ってない『新人』なんだぜ」と
ヘラヘラ笑っていた頃の彼と比べると、間違いなく
「巨匠」の風格が漂ってきたようにも思えるのです。

と、いうわけで、伸るか反るかは観る人次第、
全く「万人向け」とは言い難くむしろ「自己責任で」と
いい加減なことしか言えない本作品、根っこの
ところは何でこんなに面白いと思ったのか全く
説明できないんですがとにかく個人的には大好き。
いや、でも、それでもやっぱり、真っ向から
「つまんね」と否定されるならそれはそれでいいから、
話のタネにいっぺん観てみたらどう?と言いたい。

善きサマリア人

ここ最近はいよいよ観る物がなくて
地雷を踏む頻度も多くなってきたのですが、
そんな中サミュエル・L・ジャクソン主演
というだけの理由で「コンフィデンスマン」を
本日鑑賞しましたのでこの作品のレビューをば。

25年の刑期を終えて出所した詐欺師・フォリー。
カタギとして生きることを固く心に誓った
彼ではあったが、シャバの「仕事仲間」は
皆死んだか死んだような状態で寄る辺なく、
当然のように世間の風当たりは辛かった。
その彼に自らコンタクトしてきたのは、
フォリーの元相棒の息子だというイーサン。
イーサンは「いいカモがいる」とフォリーへ
執拗に詐欺を勧誘し、乗り気でないと知るや
あの手この手で強引に彼を追い詰めていく…
というのがおおまかなあらすじ。

邦題の通り「ある詐欺師の男」を描いた
サスペンス・スリラードラマにあたる本作品、
タフでありながらもその心中には一抹の弱さを
抱えているという、コテコテなハードボイルドの
主人公を演じるのがサミュエル・L・ジャクソン。

そのいささかテンプレ気味に仕上げられている、
各々のキャラクター造形と、物語の展開に
おける色気の使い方がすごくマッチしていて、
酒場で女に乱暴する雲助をブン殴り、バーテンに
「迷惑料だ」と札を渡すという、今時見ない
演出を堂々とこなすサミュエルに惚れ、
「絶対後ろに何か隠してるな」という態度で
登場するイーサンが、次から次に隠し球を
用意して「一体何処まで堕ちるんだこの
チンカス野郎は!?」というクズっぷりがすごい!

詐欺師が主人公としておきながらも、その実
中盤まではフォリーの犯した罪に誰もが囚われ、
振り回されるというドラマに尺が割かれて
いるのですが、本作のヒロイン・アイリスに
秘められた衝撃の真実が暴かれるまでの、
上げて下げて上げてまた下げる、という
揺さぶり方が上手くて見応え充分、そこから
ラスト直前でようやく「そんじゃあ仕事に取り
掛かるか!」と、結局詐欺に関与せざるを得ない
状況に追い込まれてしまった彼が発する、
「プロフェッショナルの空気」も期待を大きく
盛り上げてくれますが、再び上げて下げて上げて
下げてくる一筋縄ではいかない攻防を描ききる、
作品の作り込みとエンタティメント精神に脱帽。

作品全体としては「いささか出来過ぎた話」
「出来過ぎた展開」という穴もなきにしもあらず
なのですが、キャラクターの魅力やドラマチックな
脚本、役者陣の熱演がそれらを埋め合わせる
活躍を見せ、有無を言わせぬ説得力を生み出して
いるという、それこそ実に「ハッタリの効いた」
内容に仕上がっていて、満足のいく作品でした。

良い意味で仕事を選ばないサミュエル・L・
ジャクソン、彼はニコラス・ケイジやメル・
ギブソン同様に、「主演というだけでなんとなく
作品がB級っぽく仕上がってしまう」役者の
一人だと思うんですが、庶民がハンバーガーや
牛丼をたまに食べたくなるのと同じように、
彼のような存在もまた映画業界の中には
なくてはならないと思うのですよ!

は?

新作ソフト「桐島、部活やめるってよ」を
鑑賞しましたので本日はこの作品のレビューをば。

誰にも人気がある、バレー部期待の星・桐島。
突如学校に姿を見せなくなった彼に「部活を
辞める」という噂が流れ始め、生徒たちの間に
ぎすぎすした奇妙な空気が立ち込める…
というのが大まかなあらすじ。

進路相談という微妙な時期に立たされた
高校二年の生徒たちを群像劇的に描き、
その人間関係と心情を露にしていくドラマ。

どこにでもある学校が舞台で、どこにでも
いる学生たちがそれぞれのストーリーで
主人公を演じ、「リリィ・シュシュ」ほど
切羽詰まっていなければ「告白」ほど明確に
悪意に満ちあふれているわけでもなく、
多感な年頃の青少年たちが感じる漠然とした
不安を薄く伸ばし、緩やかに描写していきます。

タイトルにもある通り「部活動」を通じて
様々なテーマを取り扱っていくわけですが、
とりわけ何かに対して一生懸命になること、
即ち「青春に汗を流すこと」は何にも悪い
ことじゃない、むしろカッコイイことなんだって
姿勢は歳食ったおっさんほど重く染みますね…

しかし、前述の通り、登場人物の大半は
どこにでもいる、転じて冴えない・英雄には
なれない凡百の人物とはしつつも、なんで
こんなに皆揃って何もかもクソ真面目に
向き合って生きてんだろうとは思いました…。
私の高校時代は自分含めてアホの子の集まり
だったので、そりゃまあ将来だとか交友関係に
多少の不安はあったにせよ、ここまで肩肘
張った疲れる生き方を、たかが高校生のガキが
思い詰めて選択できるもんなのかなと…。
お前んとこが特別あっぱらぱーだったと
言われればそれまでだし、今の子供がそういう
生き方を強いられてるとしたら可哀想の
一言で済んでしまう話ではありますが。

いずれにせよ、下手な考え休むに似たり、
所詮は童の浅はかさという奴が徐々に
浮き彫りにされていき、クラスの人気者と
していながらも、結局誰も桐島と本気で
向き合ってた奴なんかいなかったんじゃないか、
本当は仲の良い奴なんていなかったんじゃ
ないか、そして桐島自身もまた誰も信頼
してなかったんじゃないかという残酷な
持って行き方で、観客に苛立ちを煽るのは
不快のエンタティメントとしてなかなか
面白いと思いました、という妙に上から
目線の感想ですが、ほんと、終盤になれば
なるほど、「部活やめるかもしんない」
という噂に終始して皆が右往左往する様は
ナンデ!?ナンデ!?ってなります。
現代っ子はケータイが繋がらないと
もうそこで縁の切れ目なんです???

話はキャストに移して主人公、というか、
徐々に主人公としての地位に上り詰めていく
映画部部長役には、天才子役と呼ばれてから
順調にキャリアを伸ばして現在に至る
神木隆之介くんが演じているわけですが、
黒縁メガネと無造作な長い前髪で顔を
隠してはいても、立ち上るIKEMENオーラを
覆うことが全くできていなくて、ロメロとか
タランティーノのにわか知識を披露するような
駄目な子のアレな雰囲気を出すにはちょっと
遠いというか、でも完璧に演じると誰も
共感できなくなっちゃうからアレぐらいに
留めておいた方が丁度いいのか。そうか。

そんなわけで、全体としてクソ真面目過ぎる
という印象を受けたのが本作品でした。
本当何も考えてないあっぱらぱーが一人
ぐらいいた方が心が休まったかなーと思うし、
意外とそういう奴の方が真理を突いてたり、
頭良すぎるから仕方なく馬鹿のフリするしか
なかったりするのが世の中だったりするしね。
プロフィール

マイケル・チバ

Author:マイケル・チバ
シルバーレイン
マイケル・チバ(b30277)
薬師寺・米(b41960)
を経て、
現在はエンドブレイカー!
マーヴィン・ジェント(c06527)
にて稼動中。

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