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正義を…探す!

なんつーか、ニコラス・ケイジが出演作って
それ自体がB級臭全開で、最近ではもう
敬遠しがちな傾向にあるんですが、他に
観る新作ねえやってことで今回とりあえず
手に取ったのが「ハングリー・ラビット」。
本日はこの作品のレビューを行いまーす!

国語教師のウィルは妻とささやかながら
幸せな生活を送っていたが、そんなある日突然
妻が連続暴行魔に襲われ、彼は悲嘆に暮れる。
病院のロビーで頭を抱えるウィルの元へ
現れたのは、「正義の組織」の看板を掲げる、
サイモンと名乗る怪しげな男だった。
やり場のない怒りの勢いに任せ、サイモンに
「復讐の代行」を依頼してしまうウィル。
それから間もなくして、レイプ犯が何者かに
射殺されたとの報を彼は受け取るが、
その「見返り」として組織が彼に求めたのは…
というのがおおまかなあらすじ。

「神罰の代行者」とでも言おうか、都市伝説的に
存在する「正義を行う組織」という、割と
誰でも思いつく厨二的発想を背景にした
サスペンス・スリラーにあたる本作品。

過去に肉親を傷つけられた経験のある被害者たちが、
法では裁けない者たちを相手どって独自の
ネットワークで自警団を構築する…なんてとこは
たかしげ宙原作の漫画「死がふたりを分かつまで」の
設定にそれこそ丸々そっくりですが、「正義」を
謳うことの危うさ、綻びに突っ込んでいるのが
本作の見所であり面白いところでして。

そんで結局のところ「汝ら人を裁くなかれ、汝が
裁かれんためなり」っていう言うまでもない
当然の話の流れになっていくわけですが、
「じゃあどうすりゃいいのよ」っていう問題提起に
今ひとつ踏み切れないところにパンチの弱さが
あるというか、むしろ最後のオチで「駄目だ
こりゃ!」っていうズッコケぶりを露呈。

その他お話の展開にも色々穴とか無理があり
すぎるんですけど、後半追い詰められてただの
国語教師のくせに異様な行動力を発揮する
オッサンなんてキャラは多分ケイジ以外に
できなくて、なんとなく「B級」という水準に
落ち着けてしまう彼のオーラはすごい。
これがマット・デーモンやベン・アフレック
あたりが演じてたら本作はおそらく全く
観れたもんじゃない駄作になってたかも。
無論、ケイジ褒めるつもり全くないからねこれ。

そのケイジに対し「復讐の代行」を持ちかける
サイモン役として登場するのがガイ・ピアースで、
揺らいだ正義に立たされる善人も、単なる
どうしようもないキチガイも演じられる彼を
当てはめたという点でも、本作のキャスティングは
慧眼でありこれでもってると言ってもいい。

「完全なる報復」なんかもそうだったんですが、
憎しみの連鎖が何も生み出さないってこととか、
司法が本来持っているものの強みだとか、そういう
ある程度の「救い」だとか「答え」みたいなものを
ほんの少しだけ提示してくれたら、また違った深みの
ある作品に変わったんだと思いますけどねー…。
それなりにドキドキワクワクしますけど、あんまり
大した感動もなく「えー」「うそー」「うわー」
みたいな軽いノリで流して観れちゃう、良い意味でも
悪い意味でもサックリしたB級映画でしたとさ。
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誰このおっさん!誰このおっさん!?

「サラの鍵」同様、見逃している準新作に
手を付けておこうということで、本日は
「ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン」
のレビューを行いたいと思いまーす!

いい加減なセックスフレンドとのただれた関係、
母親の紹介で就職した宝石商での適当な仕事。
アニーの生活は自堕落を極めていた。
そんな折、未だに厚い親交が続く幼馴染の
リリアンから結婚の知らせを受けると同時に、
「メイド・オブ・オナー(花嫁の介添人)」に
なって欲しいと頼まれ、彼女にやる気がみなぎる。
しかし、ブライズメイドの一人、リリアンの
夫の上司の妻であるというヘレンは事ある毎に
アニーのプランへ口を出し、自分こそが
リリアン一番の親友だという顔をして見せる。
財力もコネもケタ違いの彼女に対抗意識を
燃やし、無謀な張り合いを挑むアニーだが…
というのがおおまかなあらすじ。

「ハングオーバー」のヒットを受けて、本作も
かなり屈辱的な蛇足のサブタイを冠していますが、
そんな余談はさておき、親友の結婚式の段取りを
背景に「女の友情」を描いたコメディが本作品。

男同士には男同士の、女同士には女同士の
付き合いにおける面倒臭さがあると思うわけ
ですが、「自分こそが一番の親友である」という
所有欲をこじらせるのは人間誰しも一緒なのが
微笑ましいと同時に、「ヘルプ」でも垣間見えた
女性で面倒臭ぇなあって思うところは、
「私ってこんなにお金持ちなのヨ!」とか
「私ってこんなにお友達がいるのヨ!」とか
ステータスを武器に使う相手に、まるで無手の
何も持ちあわせてない人間がまるで一対一で
全く負けるところがない、むしろ勝てると
思い込んで真っ向から闘う無謀さにあって。

オスってのは基本的に「絶対に勝てない」
相手を悟る本能が備わっていて、例えば
腕力で組み伏せられても知能でぶつかれば
負ける、なんていう戦力の分析を無意識下で
していて、知らずのうちに総力戦へ持ち込む
ことはなるべく避けたいと思う生き物にできて
いるように思えるので、この傍目から見れば
「全力で壁に衝突すれば無事では済まされない」
という死の飛行に挑む様は愚かしくもあり、
新鮮でもあり、とにかくすごいとしか言えない。

で、背伸びした挙句、勝手に自爆して花嫁よりも
ナーバスに陥っていくというアニーの滑稽さが
当然本作の笑いどころなのですが、「家族の庭」の
影の主人公・メアリーがそうだったように、
「こういう人いる」っていう変な親近感が湧いてきて、
彼女に対する感情移入や、あまりに突飛な
数々のイベントにも奇妙なリアリティが生じ、
作品の世界観にグイグイ引き込まれていきます。

お話やキャラクターが紋切り型な以上、
それなりにオチも読める展開は仕方ないにしても、
「無理したって仕方ない」「手持ちのカードで
勝負するしかない」「見回せば親友は絶対にいる」
という、自然体でいることの大切さを丁寧に
説いてくれるお話は素直に有難い。

脚本やスタッフが盛り上がっちゃったのかは
知りませんけど、作中一番のフリーダムっぷりを
展開するくせに一番どっしりと落ち着いている
(体重的な意味も含めて)、メーガンが個人的に
お気に入りで、冗談抜きにこういう嫁…欲しい。
観客のヘイトを溜めるための必要悪、ヘレンの
「この女死ねよ」っぷりもかなり好感触だし、
これまた「ヘルプ」同様、キャラの立て方に
かなり気を使っているのが伺え、楽しめました。

冒頭から長回しのセックスシーンとか
ウンコとかゲロネタとか無駄に下ネタ混じりで
観る人を選ぶ作品ですが、そういう意味でも
私みたいなバカ好みのコメディに仕上がってます。
笑い有り涙有りの手堅い作品ですので、是非。

真実には代償が伴う

ちょいと色々立て込んでて映画を観る時間も
取れなかったのですが、それもようやく
一段落ついたので本日は「サラの鍵」の
レビューをしたいと思いまーす!

1942年、ナチ占領下にあったフランス・パリ。
ユダヤ人のスタジンスキ一家もまた警察に
踏み込まれ、揃って収容所へと送られることと
なるが、幼い娘のサラは「必ず迎えに来るから」
と言い残し、弟を納戸へと隠し鍵をかける。
それから半世紀以上経過した2009年、現代。
ジャーナリストのジュリアは夫の祖母の代から
受け継いできたというアパートへ転居する
手続きの最中であったが、偶然編集会議の
話題に上がった「ヴェル・ディヴ(屋内競輪場)
事件」と、祖母が42年にアパートへ入居した
という話に奇妙な符号を感じ、彼女は当時
祖母の前には誰が住んでいたのかを独自に調査
しはじめる…というのがおおまかなあらすじ。

2010年のフランス映画という本作品は、
大戦中のナチス・ドイツによるユダヤ人迫害を
背景に、二人の「母親」を描いたドラマです。

ユダヤ人迫害については「シンドラーのリスト」や
「戦場のピアニスト」でもその過酷な現実が
ありありと描かれていましたが、本作でもまた
生き残れた人とそうではなかった人…言うなれば
「神のふるい」にかけられた人々の姿があり、
人生の儚さと無常感を思い知らされます。
しかし一方では「ザ・デット」のテーマにも
あった「人間性」、この神ではなく人間自身が
人と人の間に介在できる力が、少なからず
一人の人間を僅かな可能性から救い上げ、
人は本来冷酷にはなりきれない生き物であり、
ユダヤを迫害しなければならない状況下に追い
込まれていたフランス人もまた自らを傷つけて
いたのだ…という丁寧な描写が暖かく、有難い。

脚本の構成も実に見事で、歴史的な興味で
観客を惹きつける掴みと、現代と過去二つの
時間軸を交差させ、徐々に接点へと近づけて
いく手に汗握る展開、そして文字通り作品に
おいて重要なアイテムである「鍵」の結末を
中盤に置き、以降は二人の「母親」の成長と
顛末へとシフトしていく構図、どこを取っても
無駄がなく、よくもここまで複雑な話を
綺麗に調理できたものだと驚嘆の一言。
抜けるような青空と何処までも広がる麦畑を
駆け抜ける二人の少女…という強く印象を
残すビジュアルにも代表されるように、
カメラワークやスコアにも気合が入っていて、
視覚・聴覚両面からも泣かしに来るから卑怯。

さて、本作を個人的にすごく気に入ったのは、
荒木飛呂彦の漫画「スティール・ボール・ラン」で
ジャイロ・ツェペリが発する「俺はただ納得が
したいだけなんだ」と同じ言葉を本作の主人公・
ジュリアもまた口にするところにあって、
現実の彼女が抱えているとある重大な問題と、
サラのルーツを追うことに直接的な関係は全く
皆無で、ややもすると個人的な興味に逃避している
とも見られてしまうかもしれないわけです。
けれども、人生って案外こういう寄り道というか、
一見全く関係ないところに「きっかけ」が落ちて
いて、或いはそういう「何か」を学びたくて人は
あれこれじたばたしてみたりすると思うのですよ。
大抵は徒労に終わるだろうし、特に本作のような
あまりにか細い線を追った場合、現実じゃどこかで
絶対途切れてしまうだろうとは思うので、そういう
点ではちょっと出来過ぎているとこはありますが、
それでも「人が生きる、生き延びることには
少なからず意味があり、無駄ではない」という
有無を言わさぬ説得力を持つ教えの前には
屈服させられ、涙腺決壊すること必至。

「過去を掘り返すことが果たして今の人々にとって
有益なことか」、そして「母親として取るべき道」
というテーマや、現代と過去の時間軸を交錯
させて一人の女性の真実に迫るという構成は、
それこそ丸々「灼熱の魂」と被るところが
あるんですが、正しい母親の姿を見せてくれた
という意味でも、「サラの鍵」の方を
個人的には評価したいところ。

なんでこれアカデミー外国語映画賞とかに
ノミネートもされてないの!?という程度には
拾い物で、作中いたるところでボロ泣きして
しまった名作ですので、是非観ていただきたい。

私に理由を与えるな!

「エージェント・マロリー」が新作
レンタル開始されたので鑑賞しました!
本日はこの作品のレビューをば。

ニューヨーク北部、とある田舎町のカフェ。
顔に生傷と青あざをつけた女性・マロリーの
前に、かつて仕事の同僚だったという屈強な男・
アーロンが現れ、突如彼女へ暴力を振るう。
しかし彼女は男を素手で打ち負かすと、その場に
居合わせた青年を引き連れて車で逃走する。
マロリーの正体は、政府から極秘任務を
請け負う民間企業の凄腕エージェントだった。
今の彼女が置かれている状況の説明は、
10日ほど前に与えられたバルセロナにおける
人質救出ミッションに遡る…というあらすじ。

コンスタントに新作を撮り続けるスティーブン・
ソダーバーグ監督が今回送り出した作品は、
凄腕女エージェントのスパイ・アクション。

ソダーバーグが手がけたリメイク作品
「オーシャンズ11」に代表されるように、
彼が色気を出しちゃったエンタメ作品って
どうにもボンクラ臭さ全開で好きになれず、
今回もスタイリッシュ感を前面に押し出して
来たらちょっとしんどいなーと思っていたの
ですが、その意味では杞憂な、ストーリーと
アクション両方のツボを押さえ、バランスを
見極めた、手堅い内容に仕上がっていました。

監督ならではの、出し惜しみをしない細かい
カット割りとそれに伴う作品のテンポの良さが、
主人公・マロリーの置かれた状況と、彼女を
裏切った黒幕のベールを徐々に剥ぎ取っていく
という過程の説明に非常によく作用し、
サスペンスフルな展開に手に汗握りつつ、
変に中だるみしないスピード感で最後まで
スッキリ観れる爽快感を提供してくれます。

でも、「ボーン」シリーズが火付け役になった
「政府の謀略に巻き込まれた凄腕スパイ」って
内容自体は最早珍しくもなんともないテーマで、
スタイリッシュアクションもこなせるヒロイン像
ってのもアンジェリーナジョリーだのミラ
ジョビヴィッチあたりだのがやり尽くして
しまった感があるので、評価の行き着くところは
結局「ボンクラ」で「手堅い」というところに
落ち着いてしまうんですよね…

主演のジーナ・カラーノは元々総合格闘技
出身らしく、フィジカル全開・スタントなしでも
動ける女優を引っ張ってきて、これを作品の
ウリにしたいという狙いは確かにわかるんですが、
本来はドラマチックな意味で盛り上がるべき終盤の
シーンまで長回しで延々格闘シーン流されると、
カンフー映画じゃねえだろこれ!っていう気分に
させられて、この辺に関してはやっぱり監督の
「変に色気出しちゃった」駄目なポイント。

そして、そんな彼女に対して豪華すぎる脇役を
並べすぎてしまったのも、作品のキャラクター
全体をぼやけたものにしてしまった原因と
なっていて、政府重役にはソダーバーグと
よく一緒に仕事をするお馴染みのマイケル・
ダグラス、どこか頼りない風体の上司には
ユアン・マクレガー、謎のエージェントには
最近ハリウッドで注目株の性格俳優、
マイケル・ファスベンダー、重役の隣に
控える胡散臭いラテン系の秘書には
アントニオ・バンデラス(それにしてもこの
おっさん随分肥えたのでエンドロールで名前
確認するまで全然気づかんかった)、
裏社会にも顔の効く謎の実業家風の男には
マチュー・カソヴィッツと、いくらなんでも
格闘家メインの女優にぶつけるにはこの
面子濃すぎやしませんか!?ねえ!

なんというか、ソダーバーグのやりたいことは
すっごくわかるんですが、「高級食材全部
ブチ込んでも美味い料理ができるわけじゃない」
ってことを思い知らされてしまったような…
面白いんですけどね、確かに面白いんですけど、
改めて全体見なおしてみると、そんなに
アクション押し出す必要も、豪華な俳優で
揃える必要もなかったかなって…ピントの
絞りきれてないちぐはぐな印象が…うn。
なまじ脚本や展開がいいだけに惜しい。

ホルモン

前回レビューした「ぼくたちのムッシュ・ラザール」
同様、第84回アカデミー外国語映画賞にノミネート
された「闇を生きる男」を鑑賞しましたので、
本日はこの作品のレビューをしたいと思います!

ベルギーの田舎町で畜産業を営むジャッキーは、
違法薬物の投与によって牛の成長促進を行う
「ホルモン・マフィア」とも関与していた。
一方で、マフィアの構成員、そして警察の「犬」
として薬物捜査官殺人の嫌疑を嗅ぎ回っていた
ディエドリクは、紹介された新たな取引相手の
中にジャッキーの姿を確認して驚愕する。
二人は20年前まで地元の唯一無二の親友であり、
そしてまたとある凄惨な「事件」から決別を
余儀なくされた過去を持っていたのだ。
偶然なのか必然なのか…交わるはずのなかった
二つの線が交錯することで、事件はより複雑な
様相を示していくことに…というあらすじ。

ベルギー映画の本作品は、田舎町に暗躍する
畜産業マフィアに関与する一人の男の哀しき
過去と、それを引きずった形で袋小路に
追い詰められていく末路を描いたドラマ。

閑静な田舎にもマフィアの手が蔓延っている…
というよりも、閉鎖的な土壌だからこそ
秘密が漏れにくく、そしてまた無知で愚かな
者たちが動物のように振る舞うという姿を
設定した上で、犠牲になるのはいつも純粋
無垢な子供たちだという様を描いていきます。

物語が展開していく上で暴かれる、ジャッキーの
壮絶な過去によって、彼が強迫観念的にステロイドを
求め、異様なまでのパワージャンキーに変貌して
しまった理由が明かされると同時に、「子は親の
背中を見て育つ」を体現したかのように、彼の
親が当然のように違法薬物に手を染めていた以上、
彼が同じ轍を踏むのもまた自然の流れということも
知らされ、環境によって歪められてしまった少年の
声なき悲鳴が常に響きわたっているような、重苦しい
空気が作品に終始充満し、押し潰されそうになります。

もう一人の主人公とも言えるディエドリクも、
ジャッキーの受難から跳ねた泥を引っ被る形で、
彼もまた被害者に他ならないのに、彼自身は
ジャッキーに負い目を感じ、「自分は幸せに
なってはいけない人間なんだ」と潜在的に思い
込んでいるという救いようのない造形をしていて、
どう考えたってこんな二人の織り成すドラマが
何か良い方向に向かっていくとか、ハートフルな
ハッピーエンドが待ってたりするわけないんです畜生。

しかしそうした中で、徐々に話の焦点となってくる
「ジャッキーが潔白かどうか」については、
彼が捜査官の殺人には関与していないという
一点のみで、彼自身がマフィアの片棒を担いでいる
という事実に関しては疑いの余地がなく、また
彼の持つ純粋で無垢、言い換えればうぶで歯止めの
効かない幼児性と、不釣り合いな巨躯から繰り
出される、暴力の脅威は容認できないわけです。
彼が歪められてしまった過去の事件の元凶とも
言える存在の末路についてはなるべくぼやかし、
オチと呼べるオチもつけないところあたりも含め、
本作の作りは相当意地の悪いものになっています。

本作はあくまで「子供のまま成長を止められて
しまった男」を描写するにとどまり、これを
受けて観客はあれこれ理屈をひねり出すしかなく、
胸糞悪い上に突き放した作風ということで
観る人をかなり選ぶ内容となっていますが、
個人的にはこのぐらい殺伐・淡白な方が好き。
この荒涼とした感じ、得体の知れないサイコな
質感は「ノーカントリー」にも似たものがあり、
ドラマというよりかスリラーが好きな人に
こそオススメしたいと思える一本です。

サナギと木

第84回アカデミー外国語賞において、
「別離」とその座争ったという「ぼくたちの
ムッシュ・ラザール」を鑑賞しましたので、
本日はこの作品のレビューをしたいと思います!

モントリオールのとある小学校。
牛乳当番のシモンは、担任のマルティーヌ先生が
教室で首吊り自殺をしているのを目撃してしまう。
生徒、教師、保護者が混乱に揺れ動く中、
代替の教師として自らを売り込んできたのは
アルジェリア人のラザールという男だった。
マルティーヌ先生の死で心に傷心する生徒たちも、
ラザールの真摯な教育態度と温厚な性格に
徐々に心を開いていくのだが…というあらすじ。

カナダ映画の本作品は、一言で表すにはあまりに
複雑なテーマを織り込んだヒューマンドラマ。
小学生が担任の自殺という残酷な現実を
突きつけられるというショッキングな幕開けと、
そこに現れる一人のいわく有りげな男性という
展開は観客の心を瞬時に鷲掴みにすると同時に、
マルティーヌとラザール、それぞれの教師が
抱えた過去とその苦悩に迫っていくことが、
本作の大きな二本の柱となっています。

そこから暴かれるのは「過保護な教育現場」と
「アルジェリアテロ」の現実であり、日本に
とってもこの二つはまさにタイムリー過ぎる、
他人事どころか今我々が突きつけられている
問題と完全に符合するところに驚きを隠せません。
グローバル化、と言ってしまえば聞こえは
良いですが、世界がどんどん小さくなるに
連れて様々なテロの脅威は全ての人間を脅かし、
そしてまた人間と人間の衝突やすれ違いは、
民族紛争などという大仰な響きも必要とせず、
人が二人いるだけで些細なきっかけから
生じるのだと、本作からはそんな皮肉を込めた
メッセージが聞こえてくるようです。

しかしいたずらに悲観するだけの内容になって
いるかと言えば全くの正反対で、衝突やすれ違いは
お互いが愛しあっていたからこそ起こって
しまったという真相や、大切なものを失ったから
こそ今一度それを取り戻そうとする人間のあがき
から浮き彫りにされる、心に傷を負っても再び
立ち上がり、歩き出す強さを持った子供たちの姿。
そしてまた、学び舎や法律が本来持っている
「人間を保護し、正しい方向に導くための力」を
改めて提示し、実感させてくれることの頼もしさよ!

一方で、本作を鑑賞するにあたって大きく感動を
受けるのは、上げて下げて上げて、そこから更に
また下げるという揺さぶり方がとても上手いと
いうところにも起因していて、そうして最終的な
着地点として提示してくるのが「失ってからで
ないと得られない物もある」ということ。
人種・国籍問題に絡めた上で「起こってしまって
からどうするか」という問いかけをしてくる
作品という意味では、本作が「扉を叩く人」や
「未来を生きる君たちへ」の延長上にあるよう
にも感じられ、「グローバル化」の問題へ
結局引き戻されるような格好で、物語は引き。
世界が小さくなるに連釣られる形で、人間という
存在もどんどん矮小かつ繊細な作りに
歪められているのを見せられたような気がして、
気恥ずかしい思いをさせられた次第です。

「別離」と同じく、繊細すぎる大人たちと
その犠牲になる子供たちを描いた、有り体に
言ってしまえば物凄くマクロで地味ーな
お話なわけですが、だからこそ本作もまた
身につまされることが多すぎ問題なお話です。
オススメ!
プロフィール

マイケル・チバ

Author:マイケル・チバ
シルバーレイン
マイケル・チバ(b30277)
薬師寺・米(b41960)
を経て、
現在はエンドブレイカー!
マーヴィン・ジェント(c06527)
にて稼動中。

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