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私だけのチェリーパイ

「とびだせどうぶつの森」をDL購入して以来
すっかりスローライフキチと化してしまった
わけですが、そのままの勢いで「劇場版
どうぶつの森」DVDを視聴しました!

どうぶつ村へと引っ越してきた少女・あい。
様々な個性豊かな住人との交流を経ていく
うち、彼女はファッションデザイナーを志す
ゾウのサリーのように、自分も大きな夢を
抱きたいと願うようになるのだが…
というのがおおまかなあらすじ。

ニンテンドーDS「おいでよ どうぶつの森」を
ベースに製作されたという本作品は、ゲームの
設定とそのキモである「スローライフ」を
ふんだんに盛り込みつつ、主人公の様々な
出会いと別れ、そして成長を描いた長編アニメ。

元ネタを知らないとごくごく普通のほのぼの
ファミリー劇場という感じなのですが…
ゲームを体験している人ならば誰もが通る
イベントの散りばめ方がすごく上手くて、
「あるある」ネタにぐいぐい引っ張られて
いるうちに、中盤で持ってくるのがとりわけ
感慨深い「住民のお引越し」イベント!
思わずもらい泣きさせられそうになること必至。
全編を彩る、任天堂を代表する作曲家の一人
「とたけけ」こと戸高一生の紡ぎだしたゲーム音楽が
そのままサントラとして使用されている点に
ついても、その優しく心地良い音色に誘われて
それだけで涙腺が緩みそうになるから困る。

さて、「子供向け」「ゲームのファン向け」と
一言に切り捨ててしまうには勿体無い、本作で
最も評価したい要素はストーリーに「嫌味がない」
ことでして、いや、まあ、村長が割と無能の
クズだったりたぬきちがクソ狸だったりするのは
ゲーム準拠だからさておき、やっぱりなんていうか
オッサンになってくると、どうぶつたち皆が
仲良さそうに暮らしてるっていう絵面を眺めている
だけでなんか泣きそうになってくるんですよね…

それからここ重要、「穿った見方ができない」ってこと。
これも心の汚れてしまった大人特有の駄目な成長で、
映画観てるとなんでもないキャラのかけあいですら
「こいつらホモだろ」みたいなこと思ってしまいがち
ですが、スタッフが細心の注意を払ったことが
伺える、キャラたちの純粋無垢な描写の数々を
前に、我々の心も清らかに洗われるような思いです。
まあ、あいとサリーとブーケに「ユウジョウ!」とか
思ったり、いちいちビアンカさんがエロくてこれは
子供の性癖の植え付けに良くないとか思ったり
したのは、どうしても避けられなかったけど。

3DSから入ったにわかですが、ゲームの基本設定や
キャラは昔と殆ど変わってないんだなあということで、
色々ニヤリとさせられて本当に面白かったです。
というわけでサリー!うちの村にも来てくれー!
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向こうには何が?

第83回アカデミー外国語映画賞で
「未来を生きる君たちへ」に惜敗した
という「ビューティフル」を鑑賞しました!

妻と別れ、二人の子供を養っている
ウスバルの日々の糧は、売人や建設業の
仲介役として小銭を稼ぐことだった。
ある日彼は内臓に異常を覚え、医者の
診察を受けるが、前立腺癌により余命
二ヶ月という突然の事実を突きつけられる…
というのがおおまかなあらすじ。

「アモーレス・ペロス」で知られる
アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥの
最新作である本作は、表通りは華やかな、
しかし一歩裏に足を踏み入れれば劣悪な環境が
広がっているというスペインのバルセロナを
舞台に、貧民や不法入国者、警察を相手に糊口を
しのいでいた男が眼前に死を突きつけられ、
そこから悩み、もがき、抗う様を描いています。

本作で特筆すべきは、タイトルにも冠している
「ビューティフル」とは一体何かということで、
立ちゆかなくなった女が自暴自棄に見せる笑顔、
退廃的なストリップ・バーでコカインに興じる
男たちを照らすけばけばしいネオンサイン、
山吹色に照らされて光り輝く、常世を思わせる
何処までも広がる大海原に浮かぶ死体の山と、
「きれいはきたない、きれいはきたない」と
言わんばかりの様々な画が観客の瞳に、心に
強烈なインパクトを与えてきます。
そして、いよいよ死を目前にした男が目にする、
数々の「汚れのない本当の美しい光景」といったら!

「21グラム」では、ろうそくの火が消えるが如く
人が死ぬ直前の、一瞬の生の輝きを描いた
内容だったと記憶していますが、本作では
そこからほんの一歩踏み込んだ内容になっていて、
「死後の世界に旅立つために我々はどんな
姿勢で生きていくべきか」を説いています。

主人公・ウスバルが実は死者とも会話できる
霊媒体質だった…!という設定は最初蛇足感を
覚えていたのですが、霊界に通じる彼の存在が
観客にとってより「向こう側」を実感させてくれ、
それは即ち「死」は常に我々の隣にいると
いうことを自然に受け入れさせてくれます。
また、売人や警察の仲介役として食べている彼が、
時には生者と死者の橋渡し的な存在にも一躍
買っているというのが設定的にも面白いですね!

オープニングで断片的に語られる会話の意味が
中盤・ラストで明らかになっていくに連れ、
作品を支配する悲壮感が一層高められる演出や、
本作があくまで「ウスバル」という一人の男の
人生を描いたと言わんばかりに、その他の
登場人物には後日談も、明確な救いらしい
救いも描かれない展開から、本作から
かなり突き放された印象を受けるのは確か。
しかし、「駈けずり回ってその後に理屈を
こじつけるしかない」としながらも、その
意味では彼は成功したという証が、観客を
不思議と幸せな気持ちで満たしてくれます。

「未来を生きる君たちへ」、「灼熱の魂」共々、
甲乙をつけ難い秀作揃いなのですが、三作
共通して「親子」をテーマに盛り込んで
いるところが非常に興味深いですね。
これだけ内容が充実していると、来年遅れて
日本版DVDがリリースされるという外国語映画賞
ノミネート作「籠の中の乙女」にも期待が高まります!

ナイチンゲールは歌い、死神は去った

第83回アカデミー外国語映画賞に輝いたという
「未来を生きる君たちへ」を鑑賞しましたので
本日はこの作品のレビューを行います!

別居中の両親を持つエリアスは、同級生たちに
スウェーデン系という理由で苛められていた。
母親をガンで亡くし、父と共に祖母の実家へ
移り住んだ転校生のクリスチャンは、エリアスの
隣の席に座ることとなり、彼がいじめられて
いる事実を知ると、いじめっ子のリーダーを
後ろから叩きのめし、首にナイフを突きつける。
この騒動が学校に知られ問題にはなったものの、
結果としていじめは収まりを見せ、二人の間に
厚い友情が芽生えることになったのだが…
というのがおおまかなあらすじ。

デンマーク・スウェーデン共同製作という
本作は、医療団として発展途上国を回る父親と、
それぞれ家庭に問題を抱える二人の少年を
通じ、世界の歪みと人間の成長を描いたドラマ。

突き刺さるような痛々しい陽光の下、まだ
幼さを残す顔立ちの少年たちが、自分たちが
収まっている小さな箱庭の中に立ちはだかる
壁を前に必死に抗うという姿は、岩井俊二作品を
想起させますが、純粋無垢かつ冷酷な光を放つ
美少年・クリスチャンの姿は「ぼくのエリ」も
連想させ、つまり本作は淡々としていながら、
残酷なまでに美しい質感の映画ということです。
ところで「ぼくのエリ」もスウェーデン映画
でしたが、あちらの国では今の日本が声高に
叫んでいるのと同様、いじめが深刻な社会
問題になってたりするんでしょうかね…

本作は場所を問わずに大なり小なりのコミュを
通じて社会問題を描きつつ、それに対して
大人が、子供がどう対処していくのかという
テーマを絡めていくのが特筆すべきポイント。

「過程」の描き方がとにかく上手くて、いじめに
対して義憤を覚える少年かと思いきや、その実
ただの繊細すぎるクソコテで、しかし世界の
理不尽に対するささやかな反抗を試みる、
復讐と憎悪を抱く一人の無力な人間という
クリスチャンの姿が丁寧に描かれることで、
彼から多彩な魅力を感じ取ることができます。

一方で序盤はやや露悪的に描かれる、「責任を
放棄した大人たち」が、理不尽な世界に対して
如何に努力を払っているかということを
徐々に描き出していくことで、シンパシーと
共に感情移入していくこと請け合い。

「ゼロ年代」とか「911」みたいにアイコン化
された言葉で括ってしまうと突然安っぽく
陳腐化してしまうのですが、と前置きした上で、
本作を通じて教えられることは「既に起こって
しまったことは仕方ない、重要なのはそこから
どうするかだ」ということだと思うのですね。
程度の差こそあれ人間なんてのは皆バカで、
結局何かが起こってからでないと学習できない。
けれどもそこから学ぶということが重要であり、
それは「許す」ということも覚えるということ。
残酷な世界が眼前に広がっていても、人間の
優しさがあれば常に最悪の事態は免れられるという、
根っこの強さも説いてくれるのがありがたい。
一方で、救いようのないバカには全くフォローが
入らないというところも、「ぼくのエリ」でも
垣間見えた、極寒の地における自然淘汰のルール
みたいなところがあって大変面白いです。

大人の視点と子供の視点を綺麗に描き分けつつ、
「絆」などという一言で片付かない、登場人物
一人一人の成長まで盛り込んだ、とにかくよくも
ここまで色んな要素テンコ盛りにして全部
噛み砕けたなと驚嘆させられてしまう本作品。
アカデミー受賞も納得の名作です。超オススメ!

悔いのない人生を

「ホビット」と一緒に滑りこんで
鑑賞してきたのが本日紹介する
「人生の特等席」でございます!

かつてタカの目を持つスカウトと呼ばれた
ガスも、時代の流れと共に取り残されつつあり、
とりわけ病気も疑われる視力の低下は、彼を
引退に追い込みかねない致命的なものであった。
一方、彼の亡き妻の忘れ形見である一人娘の
ミッキーは、三十路を超えた今こそ働き盛り、
結婚よりも出世に燃える辣腕弁護士になっていた。
ガスの最近の不調や苛立ちを悟った、彼の親友に
してスカウト主任のピートは、そんな彼女に
ガスの様子を探って欲しいと入れ知恵するのだが…
というのがおおまかなあらすじ。

長年に渡ってクリント・イーストウッド作品の
製作に携わってきたというロバート・ロレンツが、
今回はクリントと監督・製作の席を入れ替わる
形で監督デビューを果たしたという本作品は、
既に老齢のスカウトと、中年に差し掛かった
キャリアウーマンの娘の心の交流を描いたドラマ。

クリント・イーストウッド作品というと常に
「自分の好きなものを撮る」というスタンスが
見え隠れし、その好みの範疇が時としてコテコテ
だったりすることもあるわけですが、とりわけ
今回は引退をほのめかされる男、そんな彼に
振り回されて恋も仕事も八方塞がりになって
しまう娘、かつては彼に才能を見出されながらも
使い潰されてしまった元メジャーリーガー、それに
加えてハイテクを駆使する嫌味な若手スカウトに、
女とヤることしか頭にない将来有望と目される
高校野球選手と、これでもかとアイコン化された
キャラクターが顔を揃え、話も当然観客の望む
方向に、紋切り型に展開していきます。

そんなわけで、結論から言ってしまえば
滅茶苦茶面白い話ってわけではないのですよ。
名作として持て囃されるような勢いはないです。
けれども、御多分にもれず「クリントイーストウッド
だから許される」という雰囲気が本作においても
満ち満ちていて、頑固親父を演じられるという
彼の器量が、かえって彼の人の良さを滲ませて
いるし、そうして「家庭を顧みない駄目親父」を
前面に押し出していながら、最後の最後でカッコ
つけて全部良しとしたことにしてしまうのも、
クリントならではのキャラ過ぎて最高に卑怯。
これに加えて本作では「本当に自分が世間に
必要にされているのか」というガスの自問自答や、
作中の「三割打者だって残りの七割は凡打なんだ」
という印象的な台詞に代表されるように、既に
クリント自身が老齢に差し掛かり、自らの仕事へ
疑問や不安を抱えているように思え、ガスと
クリントの姿がダブり、どんどん主人公に感情移入が
高まってしまうという仕様もこれまたズルい。

徹底的なデータ野球に対する反抗という姿勢からは
「俺の撮りたかったマネーボール」という印象も
最初は受けるのですが、その本質は最近の映画の
メインストリームである「家族の絆」と
「セカンドチャンス」を描いた内容であり、
そういう意味では物語が行き着く先は「マネー
ボール」と共通していると言っていいと思います。

何処まで行っても紋切り型、月並みという感想が
ついて回るのですが、それだけにテンプレ
要素をよく調理し、あれこれ贅沢にギュッと
詰め込んだ、損はしない、いや、満足できると
自信をもってオススメできる内容に仕上がっています!

本当の勇気

たまたま空いた時間のタイミングが合ったので
鑑賞してきた「ホビット 思いがけない冒険」の
レビューを本日はしたいと思いまーす!

エレボール山の地下に眠る莫大な資源や鉱石の
富によって支えられてきたドワーフの王国。
しかしスライン2世の留まることを知らない
金に対する欲はやがて邪悪なドラゴン・
スマウグを呼び寄せ、土地を追われ故郷を
失った彼らは散り散りになってしまう。
人間の下で鍛冶屋として働きながらも祖国奪還を
夢見る、王族の末裔・トーリンは12人の部下と
共にエレボールに挑むことを決意するが、
彼らの良き理解者にして助言者の大魔法使い・
ガンダルフは、一行には「忍び」が必要だとして
心優しきホビット・ビルボに白羽の矢を立てるの
だった…というのがおおまかなあらすじ。

約10年前、数々のホラー作品で知られた
ピーター・ジャクソンが、実写化不可能と言われた
「指輪物語」をまさかの見事な三部作に仕立てあげ、
世界に空前のファンタジーブームを巻き起こした
「ロード・オブ・ザ・リング(以下LOTR)」。
再びピージャクを監督に起用した本作は、
主人公・フロドの叔父にあたるビルボ・
バギンズのスピンアウトであり、「LOTRサーガ」
とも言える、より「LOTR」を楽しむための
様々な要素がギュッと濃縮されています。

女っ気ほぼゼロ、10人以上のドワーフや
ホビットといったむさいおっさんたちが
主役となって入り乱れる本作品が企画として
通ってしまったことにまず驚きを隠せませんが、
それはさておき「指輪物語」の作者、
J・R・R・トールキンが描いた、ファンタジー
作品の礎を築いたとも言える「ドワーフ」
「エルフ」「ホビット」「トロル」「オーク」
「ゴブリン」といった種族設定から、「何故
ドワーフは人間と交流があり、様々な職人として
名が知られているのか」や「何故ドワーフとエルフの
仲が悪いのか」といった世界観の説明が作品の
随所で懇切丁寧に羅列され、RPGファンならば
新旧世代を問わずに必見の内容となっています。
「LOTR」でお馴染みのキャラクターたちが、
かつての俳優そのままにカメオ的な出演を
果たしているところもファンには嬉しいところ。

しかし一本の「映画」として観た場合、この
「ホビット」は当初二部完結だった予定を三部作に
延ばしたというエピソードも踏まえると、尺の取り方へ
個人的にほんの少しだけ不満を覚えました。

VFXの進歩により、言葉として矛盾していますが
「ファンタジー世界のリアリティある描写」が
10年前とは全く勝手が違うことは認めるにしても、
既に「LOTR」で提示された優美で壮麗な世界を
合間合間で長回しすることに対し、その景色を
素直に楽しめるかテンポの阻害と見るかは
人によって意見の分かれるところだと思います。
絵画のようなグラフィックスには思わず溜息が
漏れるし、「時間とか全然気にならなかった」
という人に文句を差し挟むつもりはないのですが、
でも、有り体に言ってしまえば「LOTR」よりも
話のスケールがひとつ落ちる本作で、「えっ
ここで終わっちゃうの!?」っていう
微妙に煮え切らない引きはちょっとね…

面白いです。本作は普通に面白い作品です。
余裕があれば多分次も劇場まで足を運びます。
しかし、この約10年という歳月の流れにより、
「完全なるファンタジー世界の構築」を
さして珍しいものにしなくなってしまった
という贅沢な悩みが、本作の抱える最大の
悲劇にして障害のような気もするのです。

歌う女

本日は第83回アカデミー外国語映画賞で
惜しくも受賞を逃してしまったという
「灼熱の魂」を鑑賞しました!

双子の姉弟、ジャンヌとシモンは、戦死したと
伝えられてきた父親と、存在を知らされなかった
兄を探し出せ、という不可解な母親の遺言を受け取る。
「約束が守られるまでは自らの墓碑を立てられない」
という文言が添えられ、母の意向に添うため
ジャンヌは彼女の過去の足跡を追うことに
なるのだが…というのがおおまかなあらすじ。

謎多き過去を抱える母親のルーツを追うことで、
姉弟が自らの衝撃のオリジンを知ることにも
なるドラマを描いたカナダ映画が本作品。

ここ最近ドハマリして様々な国の映画に手を
つけていますが、ご多分に漏れず本作でも
目を引くのは中東の国に置ける風土と文化。
とりわけ本作では、未だに数多くの問題を抱える
パレスチナの民族紛争や宗教弾圧の負の構図を
ありありと描いており、若干下卑た興味も
相まって作品にグイグイと引きこまれていき、
同時にこれらの問題はストーリーが進行するに
連れ、作品のテーマの根幹にも関わってきます。

本作は現代の姉弟と過去の母親の時系列を交互に
交えて描いていきますが、序盤からバラ撒いた
伏線を少しずつ回収し、物語の全容をまるで
焦らすようにゆっくりとベールを剥いでいく
魅力的な見せ方や、「観客に与えられた情報」と
「登場人物に与えられた情報」の違いにより、
迷走する姉弟の悲壮感を高める演出といった、
よく練りこまれた脚本の美麗さもさることながら、
姉・ジャンヌと母・ナワルそれぞれに用意
されたキャストが本当に母娘と見まごうような
そっくりの外見をしており、シーンが切り替わった
際に現在か過去か一瞬戸惑うような編集の
妙味も鑑賞のほどよい刺激になってくれます。

そして過去が明らかになり、ナワルの輪郭が
くっきりと浮き彫りになるに連れて、苛烈な、
そして残酷な時代を生き抜いた「強い女」、
あまりに強すぎる女の姿が見えてくるわけですが、
女として強いことがそのまま母親としての
資格を得ることになるのかどうか、という構図が
興味深く、彼女のあまりに強すぎる愛が
果たして、残された兄弟たちにとって正しい
結果をもたらしたのかどうかという結末も、
物議をかもすには十分な問いかけに思います。
中盤の展開からも、この辺ビョークが演じた
「ダンサー・イン・ザ・ダーク」っぽい。
サントラでレディオヘッドも流れるしね!

オチから逆算するとちょっとあまりに出来過ぎた
話かなーという気もしないでもありませんが、
前述の通り複雑な社会問題を物語のテーマと
密接に絡める手腕、計算され尽くした脚本と
演出に編集、そこに加えられる、万事が綺麗に
腑に落ちるわけではない結末と、本作は全てが
よく噛み砕かれ、絶妙なバランスで成り立って
いる素晴らしい作品であると言えましょう!
しかし、出来が良すぎるが故に、感動より感心の
方が先行してしまったというのも正直な感想。

目となり耳となり

「別離」の名作っぷりに、改めてアカデミー
外国語映画賞関連作にチェックを入れていこう
ということで、以前紹介した「瞳の奥の秘密」と
第82回アカデミーを競り合ったという作品
「預言者」を本日は鑑賞しました!

警官に暴行を加えたという門で懲役6年を
言い渡されたアラブ系の青年・マリクは、
刑務所内外に頼れる者が全くおらず、
その上看守をも従えるコルシカ人グループの
リーダー・セザールに目をつけられ、アラブ系
囚人棟へ新たに収監された「裏切り者」を
殺せと脅されてしまう…というあらすじ。

刑務所を舞台に、差別的な待遇を受ける
「何も持たない」青年が、歳を重ねる毎に
メキメキと頭角を現していく様を描いた
異色のフランス映画が本作品。

刑務所を舞台にした映画はそれなりに
観てきたつもりですが、大抵は反抗するべき
壁として、或いは自由を手に入れるために
立ちはだかる障害として描かれるこの建築物が、
本作では「内側から侵食し徐々に自らの物として
いく」という発想に使われることが既に特異!

「アルカトラズ」や「パピヨン」でも見られた、
「不自由な状態で如何にスキマを探し悪事を
働くか」というアイディアと小細工が作品に
異様なまでのリアリティを与えると同時に、
単純な腕力と瞬間的な閃き、そして最後に
頼れる運を用いて悪の街道を突っ走っていくという
飾り気のない、古き良き一本気質なノワールの臭いは、
男なら誰しも憧れ、惹かれること間違いなし!

普段は小間使いのお茶汲みをやっている主人公が
その実誰よりも理知に長けるという設定や、移りゆく
時代と共に取り残される老兵、転じて主人公の末路の
暗示まで描ききる手腕からも、「アウトレイジ」に
代表される北野武監督が歯噛みして悔しがるような、
彼が一番やりたかったと思えるような内容が満載。
必要最低限に抑えられた残虐描写とスタイリッシュ
アクションも、だからこそ観客へ強烈な印象を残し、
飽和するほど詰め込むとかえって薄くなるんだなあ
なんてことを改めて学ばされたりしたりも。

ただただ怯えていただけの青年が、一線を越える
ことで哀しい化物へと変貌していく様からは
「アモーレス・ペロス」を連想させ、狂犬のような
ギラギラした野生を徐々に剥き出しにしていく過程を
見事に演じきった主演のタハール・ラヒムはお見事!

脚本の構成やテーマの深さ、という点で確かに
「瞳の奥の秘密」からほんの小さな一歩だけ遅れを
取ってしまった気もしないでもありませんが、
本作も名作であることには間違いありません。
ヤクザ映画、ギャング映画、クライム・ムービーや
フィルム・ノワールが好きな人はとりあえず観とけ!

些細なこと

本日は新作レンタルに並んだ「別離」を
鑑賞しましたのでこの作品のレビューをば。

一児の母・シミンは家族揃っての海外移住を
考えていたが、夫のナデルは移住の直前に
なってから、認知症を患う父親の介護を
理由に、家を出ることはできないと言い出す。
これがきっかけで二人は離婚申し立てにまで
発展するが、役所から申し立ては却下され、
ひとまずシミンは母方の実家へ帰り、夫と娘、
義父を置いて別居生活をはじめることとなる。
ナデルは介護ヘルパーとして、幼い娘連れの
女性・ラジエーを急遽雇うが、彼女は妊娠
4ヶ月の身重でもあり、重度の労働による疲労と
ストレスが徐々に彼女にのしかかっていく。
それぞれが余裕のない生活を送っていく中、
ある日突然起こったトラブルが人間関係に
とんでもない亀裂を生じさせ…
というのがおおまかなあらすじ。

第84回アカデミー外国語作品賞を受賞した
というイラン映画の本作は、タイトルの
「別離」が示す通り、家族や親類、知り合いの
絆がバラバラになっていく様を描いたドラマ。

ほんの小さな糸の「ほつれ」を描いた、
オープニングの離婚協議が、本作品のテーマ全てを
表現していると言っても過言ではなく、きっかけ
自体はどこの家庭にもあり得る、特に珍しくもない
些細な夫婦ゲンカだったりするわけです。
これに加えて不安定な世界情勢や、宗教上の
教義という、中東の国が抱える重く複雑な問題
までのしかかってきて、事態をよりややこしく、
のっぴきならない方向へ転がしていきます。

それでも、元をただせば結局「日常の面倒な些事」を
投げ出した者たちの末路であり、それが転じて
民事と刑事それぞれの訴訟を抱えることにまで
発展し、己の保身のためならば何だって言うし
何だってするという、人間の剥き出しのエゴを
本作ではこれでもかと徹底的に見せつけてきます。

しかし、「俺は悪くない」と絶えず誰かに責任を
押し付け、ほんの嘘を交えてしまったばかりに
哀しい虚勢を張り続けなければならない人々の姿は、
あまりに我々の身近にありふれた光景すぎて、
時にはある種の共感や同情さえ感じさせ、観客の
日常に思い当たるフシを呼び起こさせ、かえって
我々の方がなんだか恥ずかしい思いをする始末。

物事が下の方下の方に流れ、「もうこれどうしようも
ないよね」という諦観じみた雰囲気が滲む頃に、
「それは仕方ない」というまだ許せること、
「絶対にやっちゃいけない」という許せないこと、
それぞれを終盤にちゃんと描ききり、ラストの
結果へ繋げたこと、そしてその判断を観客へと
委ねたことも本作を名作たらしめている理由の一つ。

本作の感触は、最近になってハマったトム・
マッカーシー作品にかなり通じるものがあって、
嘘を積み重ねる父親という点では「WIN WIN」の
マイクに通じるものの、最後の最後で家族のために
自らを投げ打てないと全てが台無しになるという
真逆の結果を提示し、「扉をたたく人」では911以降の
より希薄になった人間の絆を皮肉っていましたが、
その米国によって虐げられた国の人々もまた、日常の
不安と共に家庭問題に思い悩んでいるという事実。

戦争が人々の心を荒ませるのか、それとも
人々の荒んだ心が戦争を引き起こすのか。
第84回アカデミー関連作に関しても、「絆」を扱った
内容が多い気がしますし、我々の日常にこそ
世界を構築する「何か」が潜んでいると、改めて
教えられているような気がしてなりませんね!

地獄の釜の底のような悪夢の現実を描きつつも、
それを前にして「死ねよこいつ」と強烈な
ヘイトを抱くようなキャラはいなかったし、
殊更に悲観的にさせられるわけでもなく、
ただただありのままの日常として自然に
受け入れさせられたことに驚かされ、それだけに
得る物や気付かされることも多かった本作品。
他に目ぼしい新作ないしとりあえずチェックして
おくかぐらいの軽い気持ちで臨んだので、正直
ここまでの拾い物とは思いませんでした。オススメ。

殺す…殺し方がわからなくて…

本日は「ザ・デット ナチスと女暗殺者」を
鑑賞しましたのでこの作品のレビューをば。

60年代、イスラエルの諜報員男女三名は
ナチスの戦犯を暗殺し、本国へと帰還して以来
30年の間英雄として人々から讃えられていた。
しかしある時、かつてのターゲット「ビルケナウの
外科医」を名乗る男がウクライナのとある要人
介護施設に存在するという新聞記事を受け、
三人は改めてその男を暗殺するために動き出す。
彼らがそこまで暗殺に拘らなければならない
過去の「ツケ」とは一体…というのがあらすじ。

タイトルの時点でなんとなく名作の臭いが
プンプン漂っていてすごく気になっていた
本作品…実は耳にしていたのはハリウッドの
リメイク作らしく、今回鑑賞したのは
その元にあたるイスラエル製作の07年版。
先に言っちゃうけど、ご多分に漏れず
本作もこれリメイクする意味あんの!?

さておき、本作は30年間にも亘るナチ戦犯と
イスラエル諜報員の確執を描いたサスペンス・
スリラー作品となっておりまして、敢えて
「ナチス」というタブーを扱うことによって
作品に重厚な緊張感を与えています。

とは言え、この設定が観客がどんな姿勢で
本作に臨むべきかを確かに提示してくれますが、
そこにただ寄っかかるようは真似はせず、
現在と過去の時系列を交えて伏線を断片的に置き、
徐々に真相へ近づけていく流れが実に秀逸。

説明的な台詞を極力はぶき、ぶっきらぼうな
感触を覚えつつもその実構成は計算され尽くして
おり、無駄のない洗練されたその様に観客は
話へどんどん引きこまれていくこと請け合い。
ゆったりした間の取り方と、押し潰されそうな
鬱々とした空気から発せられる、「今にも何か
恐ろしいことが起きるのではないか」という
演出はミヒャエル・ハネケ作品も思い起こさせ、
とりわけドギついスプラッタ描写があるわけでも
ないのに時としてホラーな質感さえ覚えます。

ストーリーの核心である「ツケ」自体は取り立てて
珍しくもない、若干肩透かしとも思える場所に
着陸するのですが、そこを超えて改めて本作を
振り返ってみると、実は本作がナチ専属の外科医と
諜報員という二つのプロフェッショナル、転じて
「人間をやめてしまった怪物」とその一線を
超えられない者たちの対決、そしてそれぞれが
背負ってしまった悲しき業は、どんなに時を隔て
地中に深く埋めてしまおうともミミズのように
這い出てくるという様を描いた、静かだが強く熱く
燃えるドラマだったということに気づかされるのです。

低予算インディ映画を思わせる地味な仕上がりの、
しかしだからこそ脚本や演出に全振りして内容で
勝負しようという、通好みな渋い作品でした。

秘密には大いなる代償が伴う

本日は「アメイジング・スパイダーマン」を
鑑賞しましたのでこの作品のレビューをば。

両親を事故で亡くしたピーター・パーカーは、
叔父のベンの下、内気でオタク気質ながらも
正義感の強い青年として育てられていた。
ある時家の屋根裏から出てきた、父の形見という
ブリーフケースを偶然見つけたピーターは、
「異種交配」についてまとめられたファイルと、
父の同僚だった男、カート・コナーズ博士に
興味を抱き、オズコープ社に潜り込む。
そこで遺伝子操作された蜘蛛に噛まれた彼は、
ほどなくして驚異的な身体能力を得ることに…
というのがおおまかなあらすじ。
まあ、導入部分の大半はテンプレすぎて、
今更説明を加える必要もない気もしますが。

サム・ライミ降板により、新しく仕切り直し
「新生スパイダーマン」として撮られた本作品。
元々はPV畑で活躍していたというマーク・ウェブを
監督にし、スパイディならではのスタイリッシュな
アクションを前面に押し出そうという気概が伺えます。

んー…でもね、「ライミ版とは差別をつけよう」
という、前三部作があまりにも大きな障害として
立ちはだかっているような気がして、そして同時に、
ライミ版のテンポやキレが如何に優れていたかを
再確認させられてしまった気もするのですよね…

要所要所でアクションを盛り込んで色気を出そう
というエンタメ意識は好感が持てるのですが、
あんまり盛りすぎるとかえってゲップが出てきて、
転じて「アメコミってやっぱドラマが重要なんだなあ」
というさじ加減の難しさを痛感させられました。

そのドラマパートに関しては、老練の域にある
マーティン・シーン演じるベンおじさんの
「いい人」っぷりや、メキメキ頭角を現しつつある
ハリウッドスター、エマ・ストーン演じる
グウェンのチャーミングっぷり、これに乗じて
「ソーシャル・ネットワーク」で一躍注目を
浴びることになったアンドリュー・ガーフィールド
演じるピーターがどんどん調子こいてって、
クソコテになっていく経緯はこれも「いつもの
テンプレ」で大いに笑けてくるんですが、
スパイディがスパイディ足りうる最も重要な要素
「大いなる力には大いなる責任が伴う」に
彼が気付けないままズルズル暴走していくので、
この辺かなーりイライラさせられること請け合い。
あと、「テンプレ」に関しては、ピーターがフラグを
立てつつあまりに関係ないところからスパイディが
曇るという構図を楽しみたいという面もあるので、
話に変に整合性やオチをつけるよりは、もっともっと
理不尽に転がした方が個人的には面白かったかなーと。

今回のヴィラン「リザード」も、遺伝子操作の
アンプルを打ち込むことにより肉体の変化・進化を
得るが、同時に理性も失っていく…というキャラは
「インクレディブル・ハルク」のアボミネーションと
かなり被ってるし、あっちの方がずっと見せ方が
上手かったので、なんかちょっと物足りない感じ。

「グリーンゴブリン」のオズボーンの名前とか
作中チラチラ出るし、エンドロール途中に現れる
「謎の男」とか、続編のための布石をゴロゴロ
転がしてますが、そういう甘えをしちゃうと
やっぱり中身にも影響出ちゃうのかなー。

なんか…うーん…「バットマン」みたいな
ダーク&シリアス路線にも気を使った結果、
中途半端になってしまった感もありますし、
個人的にはモヤモヤを残す作品でした。

あ、そうそう、一番面白かったとこは恒例の
スタン爺ちゃん登場シーンだったのも問題だよ!
お爺ちゃんいくらなんでも悪目立ちしすぎ!

三匹の小熊

本日は新作レンタルに並んだ「メリダと
おそろしの森」を鑑賞しましたので
この作品のレビューをしたいと思いまーす!

父親の蛮勇さを色濃く引き継いだ姫・メリダは
とんでもないお転婆で、男顔負けの弓の名手。
それを憂いて王妃は彼女へ徹底的に教育を
叩きこもうとするもそりが合わず、ある日
突然持ちかけた婚約話がきっかけとなって
メリダはついに城を飛び出してしまう。
森の中で現れた「鬼火」の導きにより
魔女と出会った彼女は、「母親の運命さえ
変えれば自分を縛るものがなくなる」と考え、
魔女から魔法を一つ買い上げるのだが…
というのが大まかなあらすじ。

ケルト音楽に乗せて現れる、北欧を意識した
蛮族たちの中にあって、一際蛮勇溢れるマッシヴな
姫を主人公に据えた本作はディズニーピクサー配給作。
「強い女」に加えてモコモコヘアーの質感に拘った
CG描写は、ディズニーピクチャーズ配給作「塔の上の
ラプンツェル」を意識しているようにも思えます。

さておき、中世を舞台にした、ダークファンタジー
としての色合いも強い本作で描かれるテーマは
「母と娘、そして家族の絆」であり、物語を転がす
きっかけ自体は愛情故のスパルタ教育を施したら
娘が家出してしまったという至って平凡なもの
なのですが、メリダが魔女と出会って「魔法」を
手に入れてからの展開が奇想天外な方向に飛びます。
この辺はネタバレしてしまうと大して面白くも
なくなってしまうので、是非なるべく前情報を
シャットダウンしてから鑑賞して欲しいところ。

作品におけるギミックはどれも童話や神話には
よくある「因果関係とか理屈とかじゃなくて
魔法ってのはそういうもんなんだからわかれよ」と
製作側も割り切っちゃって、とにかく「最強の娘」と
「最強の母親」を描きたかっただけなんじゃないかなー
と思いますが、そういう意味であれば成功しています。
パンプアップしてドレスを破り腋チラする
ゴリラヒロインとか、ボスキャラとサシで殴り合い
おっ始める母親とか色々間違ってて良いです。
ケモナーにもオススメできてしまう内容なので、
ピクサーの諸々の作品はやっぱり子供に変な性癖
植え付けようとしてるようにしか思えない。

とは言え、母娘中心に一本道で話が進み過ぎて、
作中で回収できそうな伏線だとか、脇役陣の見せ場
だとかに改善の余地か、はたまたいっそもっと
オミットできる部分もあったのではないかと、
中途半端な印象を受けてしまったのも事実。
ゴリラヒロインが男にデレちゃうのはスタッフと
しては許せないところもあったんだろうし、
観客の中にも当然萎えるのは出てくるだろうけど、
彼女に求婚する三王子がヘタレなりにも
頑張る姿見せた方が映画終了後のストーリーが
色々想像できて良かったんじゃないかな…
あれじゃ何しに出てきたのかよくわからない。

というわけで、(物理的に)強い母娘が観たい
という人にはたまらない、それ以外の人のことは
これっぽいっちも考慮に入れてない作品です。
「ラプンツェル」もそうですが、「ヒックと
ドラゴン」なんかも踏まえて、「え、何?今
こういうヒロインもイケる口なの?マジで?
いいの?やっちゃうよ?」とかスタッフが
思いながら作ったような気さえしてくる…
プロフィール

マイケル・チバ

Author:マイケル・チバ
シルバーレイン
マイケル・チバ(b30277)
薬師寺・米(b41960)
を経て、
現在はエンドブレイカー!
マーヴィン・ジェント(c06527)
にて稼動中。

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