スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

愛しい人

「ウィン・ウィン」で興味を持った、
トム・マッカーシーの過去作
「扉をたたく人」を鑑賞しました!

コネチカットで大学講師を営むウォルターは
老年に差し掛かり、妻に先立たれ友人と呼べる
存在もおらず、趣味ではじめたピアノも
才能に恵まれず頓挫を繰り返していた。
ある時講義の出張が入り、古巣のニューヨークに
構えた別宅のアパートを訪ねると、偽の契約を
掴まされたというカップルが住み込んでいた。
行く当てもない二人を見かね、人柄にもなく
シェアすることに決めたウォルターは、
シリア人だという青年・タレクの打楽器
ジャンベに少しずつ心を惹かれていく…
というのが大まかなあらすじ。

神様の仕掛けたちょっとした意地悪が、
中年と青年に奇妙な友情と、人生の「きっかけ」を
与えるという本作品は、「ウィン・ウィン」の
原型とも言える要素で構成されています。

「ウィン・ウィン」のポール・ジアマッティでも
似たようなことに触れましたが、本作の主演
リチャード・ジェンキンスもまた、数多くの端役を
こなしてきたというキャリアも納得の、ややもすると
群衆に紛れてしまいかねないモブ顔で、こうした
「どこにでもいそうな人」の「当たり前の日常」を
淡々と描写し、徐々に輪郭を浮き彫りにしていく
からこそ、感情移入も高まっていくというもの。

しかしこの「日常」に潜む「漠然とした不安」を
描くのもトム・マッカーシーの最も得意とする
分野の一つであり、定年を間近に控えなんとなく
惰性で仕事を続け、口下手で友人を作ることも
できず、まとまった趣味と呼べるものもない男の、
「ある日突然自分にとんでもないことが起こるの
ではないか」といった圧迫感は、現代に生きる
我々ならば恐らくは誰もが感じていることであり、
その侘しさ・寂しさは他人事と言えません。

これに加えて本作で語られるのは、「911」以降に
アメリカが、世界が生み出してしまった「歪み」。
ブッシュがここぞとばかりにおっ立てた「愛国者法」に
よっかかる形で、人種や国籍も関係なく、全ての
「外国人」に奇異の視線を投げ、迫害することの
愚かしさを静かに描写し、我々に問いを投げかけます。
作中では「イスラエルとパレスチナの見分けも
ついてない奴がいる」という印象的な台詞も
飛び出しますが、すいません私もわかりません。
「ホテル・ルワンダ」ではジャーナリストが
「どんなに諸外国の問題をお茶の間に提供した
ところで、人々は『まあ、怖いわね』としか
言わないさ」という台詞がありましたが、
それと同様に、汝の隣人に対する徹底的な
無関心さを本作で嘲笑っている気がします。

そしてある種の必然のように待ち受けている
結末を前に、今まで他人のために動くことの
なかった男がはじめてあらわにする怒りと、
「迫害されることに慣れきってしまった」人々が
見せる諦観の、破滅的な美しさといったら!
勿論、そこでいたずらに悲観して終わるのではなく、
「きっかけさえあれば人は変わることができる」と
諭してくれるのが、トム・マッカーシー作品が
共通して持っている優しさであり、「そのサインを
見逃すな」という教訓も本作では提示しています。

国を挙げての徹底した人種差別と、それとは
関係のないところで、楽器を通じて人間の
力強さを描くという意味では、実は「戦場の
ピアニスト」にも似た感触を本作は持っています。
我々の戦争は、まだ、終わっていない。
スポンサーサイト

シートベルトは大事

「エクスペンダブルズ2」の鑑賞を経て、
友人からのオススメもあったということで
今回は「ユニバーサル・ソルジャー」を観ました!

1969年ベトナム。
発狂したドルフラングレン軍曹の暴走を
止めようとしたヴァンダムが相打ちになる!
それから25年後、アメリカは極秘裏に
ゾンビ兵計画を企てており、二人の死体もまた
物言わぬ無敵の兵として蘇生させられていた。
しかし任務遂行の途中で、二人は脳裏に焼き付いた
戦場の記憶のフラッシュバックにより自我を
取り戻していき、かくして再び執念の戦いの
火蓋が切って落とされた!というあらすじ。

後に「スターゲイト」や「インデペンデンス・
デイ」でその名を知られることになるローランド・
エメリッヒが監督を務めた本作は、ジャン・
クロード・ヴァンダムとドルフ・ラングレンという
二大マッチョスターが共演するSFアクション。

本作の公開時期は84年の「ターミネーター」、
91年の「ターミネーター2」を経た後の92年で
あるということからも、恐らくは「演技のできない
アクションスターなら物言わぬゴリラにして
しまえばいい」という狙いがなきにしもあらず。
しかしターミネーターとは違う点、「最初はゾンビ、
段々人間っぽくなっていく」という高低差の演出が
演技力の穴を埋めるのに一躍買っていて、それに
加えてドルフラングレンの「こいつベトナムが
どうとかじゃなくて最初から絶対ただのキチガイ
だったよね」という怪演が作品に奇妙な迫力と
異様な雰囲気を与えており、本作一番の功労者。

さておき、エメリッヒならではの小気味良い
テンポでポンポンとイベントを繰り出していく
展開が気持よく、「軍曹が狂った!」「二人とも
死んだ!」「ゾンビ兵になって生き返った!」
「脱走した!」と矢継ぎ早に囃し立てることで、
観客が細かい設定に突っ込む前にとっとと話へ
取り込んでしまおうという潔い態度が良し。

95年にデビューを果たすマイケル・ベイが
結構影響受けてるんじゃないかと思える、
隙あらば下ネタ挟み込んできてやたら脱ぎたがる
ヴァンダムとか、いたずらに銃撃戦に巻き
込まれる一般人とか、無駄に派手な爆破シーンと、
変な笑いを提供することにも余念がありません。

そうかと思えば終盤ではちゃんと「既に死んだ
男が本当の意味で『生きる』ための戦いをする」
とかドラマチックな展開に持ってくのも性質が悪く、
クライマックスにたっぷり尺を取って怒りの
ヴァンダミングアクションを堪能させてくれる
あたりの「よくわかってる」っぷりにも感動。
しかし最後の最後で突然ホラーになったりも
するので、監督は狙ってんのか天然なのか…

「ゾンビランドの元ネタってもしかしてこれ!?」
とか、漫画の方の「オールド・ボーイ」の
元ネタっぽい演出もあったりと、ジャンルを
問わずに後年の作品へ様々な影響を与えている
ようにも思える本作品、20年経っても
「エクスペンダブルズ2」のやってることが
何一つ変わってなくて戦慄するということを
改めて再確認する意味も含め、話のネタに
ちょっと観ておくのもいいかもしれないね!

家族が大事

そろそろめぼしい新作にはあらかた
手をつけてしまったので、見逃していた
過去の注目作にも…ということで今回
鑑賞したのが「家族の庭」でございます。

お互い定年に近い年齢でなお仲睦まじく暮らす、
心理カウンセラーのジェリーと地質学者の
トムを通じて1年の出来事を描いた本作品。

一番最初にスクリーンに映し出される「不眠症に
悩まされる名無しの女性」が主人公なのかと
思いきや、その最中で脇役のように登場する
心理カウンセラーの老女が実は主役という
アプローチに戸惑えば、夫婦揃って農作業をし、
仲良さそうに台所で飯を食う等、至って地味な
日常の風景が淡々と映し出され、一体どういう
風に話が転がっていくのか全く見えず、
こう言っては何ですが初見殺しすぎて
寝る人も出るんじゃないかというハードルの
高さが、惜しくもアカデミーを逃してしまった
要因なのではないかと思えてしまいます。
しかしこの地味な、ドラマ性の低い当たり前の
日常がキャラクターにリアリティと輪郭を与え、
後の展開と感情移入に影響してくるのも確か。

そして本作は極々普通の、どこにでもいる人々を
並べつつ、明確に、そして残酷なまでに浮き彫りに
していくのは「幸せな人」と「そうでない人」。

「トムとジェリー」という名前をまるで皮肉った
ように、仕事に家事に勤しみ日々を謳歌する
夫婦は、三十路で独身だった一人息子にも
ようやく春の兆しが見え、何もかもが順風満潮。
そうかと思えば、長年の友人のケンは年齢の
衰えと共に、友人の死を省みて深く落ち込み、
トムの兄であるロニーもまた、突然の妻の死や
息子との不和に心ここにあらずといった様子。
日常におけるほんの些細なボタンのかけ違いが、
歳を経る毎に重くのしかかり、人間を二種に
分断するのだと、だからこそ日々の心がけが
大事なのだと本作に説かれている気がしますが、
同時に「わかってる、人間の人生ってそんなに
単純じゃないもんね」とも言われている
ような気もするのが本当に意地悪で!

それらを象徴する最たる人物が、話の進行と
共に影の主人公として印象を強めていく、
ジェリーの同僚・メアリーでして、あけすけで、
横柄で、自分本位で、好き嫌いも思い込みも激しい
彼女の本性が徐々に暴かれていくうちに、
幸せな夫婦と寂しい一人の女性、どちらに
感情移入していくかと問われれば言うまでも
ないし、そうなった時、観客もまた「自分は
どちら側の人間なのか」を思い知らされるのです。

そういう意味では最後までもの凄く残酷な話で、
先日レビューした「最強のふたり」とは全く
対照的な、「憐れみと同情の中で生かされている」
とても救われない結末が待ち受けています。
地味だからこそ身につまされる、「日常に潜む
絶望」をここまで描ききった手腕に脱帽。

最も、いたずらに悲観的になることが決して
作品の本位ではないことも明らかでしょうし、
メアリーという反面教師な存在から、我々は
「人の好意は無駄にしない」、「けれども
依存し過ぎてもいけない」という中道を行く
教えを受け取ることこそ命題なのでしょう。
まあそんなに簡単に行ったら世話ないわな!
大道廃れて仁義あり、いつの世も当たり前の
ことを当たり前にこなすのは難しい。

幸せな夫妻とそうでない人々を描き、
一抹の毒っ気を含む話ということで、
ストーリーは全然違うのに鑑賞中はずっと
「ファーゴ」に似た感触を覚えていました。
何にしてもほんっっっとに地味な作品なんで、
観る人選ぶ内容ではありますが、個人的には
こういうお話大好きだ!

サイが見える!

今回は「ミッドナイト・イン・パリ」が
新作レンタル開始されましたので鑑賞しました!

ギルは自らの言うところの「クソ脚本家」から
小説家へと転向しようと四苦八苦していた。
ある時、婚約者の父親の出張に便乗する形で、
彼女共々パリへ観光旅行にやってきた彼だが、
パリの街は好きでも彼女とは折りが合わないと
いうことも多く、おまけに偶然出会った彼女の
旧友、インテリ気取りの男に彼女はべったり。
ギルはいい加減うんざりして二次会の誘いを断り、
一人散歩がてら夜道を歩いてホテルの帰路に
つこうとするが、案の定迷ってしまう。
途方に暮れて座り込んでいると、0時を告げる
鐘が鳴り響き、クラシックスタイルのプジョーが
彼の目の前で停まると、顔も知らぬ何者かが
彼に手招きをはじめた…というのがあらすじ。

名匠ウディ・アレンが仕掛ける、パリを舞台に
したロマンティック・コメディの本作品。
観光案内よろしく名所を映しながら、主人公の
モノローグが入るオープニングから、監督お得意の
男と女の色恋沙汰や葛藤を交えたかったるい
いつもの群像劇になるのかな…と思いきや、
今回は0時を迎えると過去にタイム・スリップし、
ヘミングウェイやフィッツジェラルド夫妻、
パブロ・ピカソといった、歴史に名を残す偉大な
芸術家たちと出会い、数々の刺激と共に自らの意識に
変革をもたらしていく男を描くという趣向にシフト。
この辺のドッキリ具合が、前情報一切調べずに
観て良かったと思える嬉しいサプライズ。

歴史上の偉人がスクリーンに現れ、いささか
アイコン的に描かれる様は「ナイト・ミュージアム」
シリーズを思い起こさせ、これだけで十分面白
おかしい展開に違いはないのですが、それと共に
「目の前で起こっていることが現実なのか夢なのか」の
境界線を曖昧にすることにも一躍買っています。
そう言えば本作の主人公、オーウェン・ウィルソンは
「ナイト・ミュージアム」にてミニチュア人形の
ジェデダイア・スミスを演じていたわけですし、
演技の勝手や意趣返しの巻き込まれ型主人公という
意味では、ナイスキャスティングと言えましょう。

執筆中の小説が「懐古主義」「敗北主義」に陥りがちで、
「昔は良かった」と嘆く主人公が、思い描いていた
黄金時代へと実際に飛ばされ、夢のような時間を
過ごす…という展開な以上、ある程度読めるオチに
落ち着くのは当然の帰結とも言えますが、その
「最初から本当はわかっていたこと」を敢えて、
そして優しく諭すようにして、ちゃんと観客に提示
してくれることが今回の場合とてもありがたい。

そしてそれは転じて、「どんな時代であっても『恋』と
『芸術』に燃えることはできる」という教えであって、
今一度純粋な気持ちを喚起してくれます。

ゆったりと流れるようなパリの情景や、芸術に
まつわる様々な小ネタ等も含め、ウディ・アレンの
手堅さや生真面目さが実によく生きており、
一つ一つの要素がまるでパズルのピースの
ようにしてカッチリはまることで出来上がった、
巧妙かつ繊細、そして上品な作品に仕上がっています。

祭りだ祭りだ男祭りだ

これまた公開期間になんとか間に合った
「エクスペンダブルズ2」のレビューをば。

エクスペンダブルズ期待の新入りが
悪のヴァンダムに殺された!
ブチ切れるロートル軍団!
あと5トンのプルトニウムが危ない!
あらすじは大体こんな感じ。

ご存知新旧マッチョアクションスターが
入り乱れる同窓会的本作品、例えるなら
「豚の餌のようなメガ盛り牛丼」とでも言える
盛り付けが今回は更に大幅パワーアップ!
誇張でもなんでもなく、汗臭い親父どもが
とりあえず銃撃てばそれだけで100人は死ぬ
という脂でコテコテ・ギトギトの冒頭から
既にゲップが出てきますが、これこれ
こういうのが観たかったんだとファンは満足。

これに加え、前回はほんの顔見せ程度の
カメオだったウィリスと知事が本格参戦!
ブランクが長すぎて最早大根とも違う
おぞましい何かの演技を見せるシュワちゃんと、
未だ第一線現役で演技派としての顔も出せる
ウィリスの落差に吹かされますが、丁度
間にいるのがいつ見てもしゃくれてる
スタローンなのでバランスが取れています。
本当か?

そして「スタローン、ウィリス、シュワが
揃い踏み!」という展開だけでも大概なのに、
(更にやってくるノリス)の追い打ちに大爆笑。
飲み会でも言うの憚られるぐらい語り尽くされた
「ぼくのかんがえたさいきょうのぐんだん」を、
実際に銀幕でやらかしてしまうスタッフたちの
狂気にも似た作りこみには畏怖の念を覚えます。

細かい設定なんぞはクソ喰らえとばかりに、
出てくるキャラはみんな「どっかの傭兵」とか
「どっかのCIA職員」とか「なんか悪い奴」とか
思い切りよくオミットしていて、キャラ付けも
「フラグ立てまくってやっぱり死ぬ新人」とか
「萌えキャラ気取りのキチガイ」とかその場
その場で取り繕っていく、全部ひっくるめて
アイコン仕立てなのですが、「こんなもんで
いいでしょ?わかれよ」と言われているようで、
はい、その通りです。

「ターミネーター」や「ダイ・ハード」の
ネタを恥ずかしげもなくストレートに
ねじ込んできたりする清清しさに代表される
ように、このシリーズは過去の遺産を
食い潰していることに変わりはありません。
しかし、彼らはそれに対して恥じることも
負い目を感じることもなく、開き直りに近い
形で堂々と構えているからこそ、未だ我々の
目にマッチョスターとして輝きを放ってくれて、
そして未だに需要があるのも確かなのです。

大爆笑と共に映画館を去った後、映画の内容は
おろか映画を観たという事実すら忘れてしまい
かねないほどのこれっぽっちも得る物がない
作品ですが、こんなバカ映画を作ってくれた
愛すべきバカなスタッフに感謝を捧げたい。

車椅子で轢き殺すぞ!

近場の映画館でどうにか上映期間に
間に合った!ということで今回鑑賞
してきたのは「最強のふたり」!

失業手当で食い繋ぎ、母親に勘当された
ドリスはまさに人生のどん底にあった。
彼は失業手当の条件を満たすためだけに、
落とされることを前提に頚椎損傷の大富豪・
フィリップのヘルパーの面接を受けるが、
ドリスの一風変わった砕けた印象が彼の
目に止まり、かくして本来決して交わる
はずのなかった二人の男の奇妙な共同
生活がはじまった…というあらすじ。

生まれも生い立ちも年齢も人種も財産も
何もかもが全く違う、二人の男の奇妙な
友情を描いた感動のヒューマンドラマは
実話がベースだというのだから、まさに
事実は小説よりも奇なりでまず驚き。

さて、色々書き出したいことは多いのですが、
本作はクラシック、ソウル、インストとジャンルを
問わずに要所要所で挿入されるサウンドトラックで
彩られており、オープニングのメリハリの効いた
演出からもう早速なんだかわからないけど泣かしに
来る卑怯な真似をかましてきて、序盤から「これは
とんでもない名作だ」という雰囲気がビンビン。

頚椎損傷の全身麻痺の男が主人公ということで、
作品のテーマ的にも聴く以外に観る・食べると
いった五感に訴える展開が数多く見受けられ、
これらの要素が作品やキャラクターにリアリティを
付与し、感情移入を強めているのは間違いありません。

主眼である二人の男の友情は、介護医療の現場を
通して語られるために教えられることは数えきれ
ないほど多く、痛感させられるのは「人と人は
同情では付き合うことができない」ということ。
例えどんなに相手のことを思いやろうが気遣おうが、
憐れみを感じてしまった瞬間、お互いの関係は
対等なものではなくなってしまうわけです。

「本当の障害は心の喪失」と謳うフィリップの
強さも本当に美しく、なんだか事ある毎に例に
出している気がしますが、灰谷健次郎の著書
「兎の眼」における名言、「心に悩みを持つ者が
障碍者ならば我々もまた障碍者である」という
言葉を想起させ、この記事書いてる今も思い出し
泣きでちょっと鼻水が垂れてきました。

これに加え、ただ二人の男が支えあう姿が
美しいってことを描くだけに止まらず、
ドリスとフィリップ、それぞれが人間的に
成長し、ドリスが「男の心を埋められるのは
男ではない」と諭し、二人が自立するところ
まで綺麗に描ききってしまうのだから、
本当にこの作品は素晴らしいの一言!

「環境が人を変える」とは言うけれども、
最終的にはどんな境遇であれ「心の豊かさ」が
大事だという、とっても単純だけれもどそれ
だけに最も難しいことを教えてくれる本作、
二人のやりとりがおかしくてたまらないのに
その様でボロ泣きしてしまうという同時多発
感情に掻き立てられまくられ、劇場を出る
頃には自分もちょっと強くなった気がして
暖かい気持ちで一杯になれます。
細かい理屈抜きに超オススメだから観れ!

で、これもハリウッドリメイク決定!ってな
話らしいですが、フィリップがロバート・デ・
ニーロ風な男ってことで、そのまんま当てはめて
きたら許さんからな!つかリメイクせんでもええやん。

自分にしかできないことがある

第84回アカデミー関連作品を追う上で
今回鑑賞したのは「ザ・マペッツ」!

人間のゲイリー、ぬいぐるみの
ウォルターはいつも一緒の仲良し兄弟。
成人してからも二人の仲はべったりで、
ゲイリーは恋人のエミリーと共に旅行を
する際にもウォルターを連れていく始末。
そしてウォルターは旅行先のL.A.で、
長年の憧れだったかつての人気番組
「ザ・マペッツ」のスタジオツアーに
大興奮するが、スタジオはすっかり寂れ、
また石油王・リッチマンがスタジオを
潰す計画を偶然聞き出してしまう。
彼の野望を阻止するたった一つの方法は、
期日までに一千万ドルの借金を返済すること。
ウォルターはマペッツのリーダー・
カーミットを説得し、かくしてかつての
仲間を再び集結させ、チャリティー番組を
催すことになるのだが…というあらすじ。

本国アメリカではかつて「セサミ・
ストリート」と人気と知名度を分断した
キャラクター「ザ・マペッツ」の、
第7回目にあたるという映画化作品。
この「かつて」という部分が作品内でも
実際に焦点が当てられ、すっかり落ち目に
なって散り散りになってしまったメンバーが
再起を賭けて一世一代の大芝居に乗り出す
というストーリーになっています。

実写作品においては「かつてのスターたちが
再起を賭ける」というテーマは新しくない、
というかむしろ古臭さすらある内容で、
キャラクター作品においては「忘れられて
しまったキャラたちの末路」という描写は、
「トイ・ストーリー」に代表されるように、
これまた珍しくもないお話なわけです。
ところが本作は「人間もぬいぐるみも分け
隔てなく生活している世界」という舞台設定を
持ち出してきて、上記二つのテーマを一緒に
やっちまおうというのが面白いところでして。

口惜しいのは「ザ・マペッツ」に対して
殆ど知識がないことでして、「ああ、この
カエル知ってる!たまに思い出したように
日本でもキャラクター商品が流行る奴でしょ!」
ってことぐらいしか印象がなくて、恐らくは
「当時から作ってきた人」と「観て育ってきた人」で
スタッフが入り乱れ、作品に対するマペッツ愛を
スクリーンの向こうからギンギンに感じは
しても、元を知らないから歯がゆいのなんの。

さて置き、元ネタが元からそうなのか、それとも
実写作品を作らせるときわどいネタに定評の
あるディズニー製作だからかはわかりませんが、
序盤からメタなネタやブラックなネタをバリバリ
絡めてきて、ギャグ時空を構築することにより、
定石や不文律を物理的に踏み倒していくのが
スピーディな展開に一躍買っています。
そうかと思えばカメオ出演のはずのジャック・
ブラックを無駄に悪目立ちさせ、「一体どういう
方向に転がしたいんだ」と言わんばかりの
迷走っぷりを演出したりと、計算尽くしの
メリ・ハリが観ていて大変心地良いです。

ヤマ場からオチに至るまでの道のりは、
テーマがテーマな以上紋切り型になることは
絶対に避けられないと言わんばかりですが、
ここで再び特異な舞台設定が生きてきて、
「人間には人間にしかできないこと」があり、
「ぬいぐるみにはぬいぐるみにしかできない
こと」がそれぞれあって、住む場所が違うと
しながらも、それでもお互いが同じ世界で
支えあって生きているんだという着陸点を
ちゃんと提示し、奇妙なリアリティを
生み出しているのが本当素晴らしい。
この辺りは、悪役のリッチマンに「シリアスな
笑い」を提供することで定評のある名優、
クリス・クーパーを充てていることも
大きな要因じゃないかと思います。

かなり同窓会的なノリが強く、往年の
ファン向けに作られている(まあ作品の成り立ち
考えれば当たり前っちゃ当たり前なんだけど)
話ですが、例え思い入れがない人でも、なんだか
どのキャラも昔から知っていたような気がして、
感情移入と共に昔懐かしさと優しさが心の奥から
こみ上げていくる、素敵で不思議な映画です。

そして本作も「アーティスト」や「ヒューゴ」と
同じく、「一度は堕ちたスターが再起するお話」
ということで、第84回アカデミー賞関連作品の
このシンクロニシティっぷりは一体なんなんでしょう。

開かれた少年の閉ざされた未来…

観ようか迷ってて結局劇場には足を
運べなかった「ものすごくうるさくて
ありえないほど近い」のDVDを鑑賞しました
ので、本日はこの作品のレビューをば。

父親の出す「調査研究」を何よりも楽しみに
していた少年・オスカーは、ある日突然
訪れた911によりその父親を失ってしまう。
彼は喪失感と共に父親の遺品に触れていると、
棚から落として割ってしまった花瓶から偶然、
小さな封筒とその中に入っていた鍵を見つける。
少しでも父親の存在を感じていたい彼は、
封筒の隅に記された「BLACK」の文字だけを
頼りに、ニューヨーク在住の「ブラック」姓を
持つ全ての人をあたり、鍵に合う穴とその
向こうに何があるのか確かめることを決意
するのだが…というのがおおまかなあらすじ。

これまたけったいなタイトルでどうせ発憤ものの
邦題なんだろうと思ってたら、実はかなり原題の
直訳に近いという本作品は、同名小説を映画化した
ものだそうで、911により父親の命を奪われて
しまった少年が、心に空いてしまった穴を
どうにかして埋めようとあがく様を描いたドラマ。

有り体に言ってしまえばわかりやすい素材
「911」をこそ扱っていますが、そこを通じて
「悲劇は理由もなく突然襲ってくるもの」で、
「その事故でなくても何かを失った人は大勢
いる」、そして「失った物に悲しんでいるのは
君だけじゃない」というテーマが浮き彫りに
なり、その事実が少年の前に突きつけられます。

いたずらに故人の死に縛られ、その幻影に
振り回されることが「残された人」にとっては
全く良い成果をもたらさず、彼が「鍵穴」を
求める上での「過程」こそが、本当に大事な、
かけがえのない財産であるということが、観客の
目にもはっきりと見て取れる形で描かれながらも、
幼い少年にはそれが見えず、闇雲に突っ走って
しまうという落差も用意することで、非常に
シンパシーが高められる作りになっています。

しかしまあ、なんというか、このオスカーという
少年のキャラが結構曲者で、一言で表すと繊細
すぎる突然興奮するクソコテ気質なのでちょっと
感情移入し難い造形してるのが困りもの。
感情の起伏が激しい方が当然話は面白くなるし
転がしやすくもあるんですが、それに加えて
彼の年齢不相応な膨大な知識量やバイタリティを
説明するのに「アスペルガーの傾向がある」という
言い訳を用意してしまったのはいささか残念。
子供だからとか何のかんの言い訳つけても
全部許されるかと思ったら大間違いだかんな!

とは言え、その要素まで含めて「立派な大人」
「善良な隣人」をお膳立てすることに成功しており、
傷ついた人々がどう折り合いをつけていくかを
少年に教え、時には少年のひたむきさが大人たちの
心を癒すという、相互関係がよく構築できてます。
このクソコテ、良い大人に恵まれすぎですけどね。
一人くらい殺したくなるクソ野郎がいてもよかった。
なんか「サマーウォーズ」レビューした時も
似たようなこと言ってた記憶がある!

「人生にはままならないこともある」という
不可避の現実を描いておきながらも、いささか
万事において綺麗にオチをつけすぎかなーという
きらいもなきにしもあらずですが、だからこそ
変にモヤモヤせずスッキリ泣ける作りなのも確か。

少年が求める鍵穴の秘密、傷ついた者たちの再起。
舞台は違えど「ヒューゴの不思議な発明」を
連想させる部分もあり、そこから転じて第84回
アカデミー賞ノミネート作には「アーティスト」や
「ファミリー・ツリー」、「マネーボール」や
「ヘルプ」等、「再起」が一つのキーワード
として大きく絡んでいるものが多い気がしますね!
第80回あたりは「ノーカントリー」と「ゼア・
ウィル・ビー・ブラッド」の二強でまさに
「絶望」って感じでしたが、世界が癒しを
求めていると同時に、それが成せるだけの強さを
人間が持っていることを実感させてくれる、今回
名の挙がった作品群は豊作揃いだと思います。

イヤなことは尋ねるな

新作ソフト「メン・イン・ブラック3」を鑑賞
しましたので本日はこの作品のレビューをば。

星々を食らい尽くして回る凶悪宇宙人である
ボグロダイト星人の尖兵、通称”アニマル”
ボリスは月面刑務所を脱走し、自らの左腕を
破壊し刑務所へと押し込めたエージェント・Kに
積年の恨みを募らせ、抹殺しようと目論む。
彼はタイムマシンで1969年に戻り、見事に
歴史を改変することに成功するが、Kの
パートナーであるエージェント・Jのみは
改変前の記憶を持ち合わせており、事態に
気づいたエージェント・OはJも過去へ飛び、
ボリスの足取りを追うよう指令を下す。
ボリスの暴走を止めなければKの命は
もとより、地球の存亡も危うい今、
全ての命運はJの双肩に託された…
というのがおおまかなあらすじ。

「既に地球には数え切れないほどの宇宙人が
移住してきている…」そんなナンセンス・
コメディを最新のVFXで描ききった、昨今の
「第9地区」や「宇宙人ポール」の先駆けとも
言える「MIB」の三作目にあたる本作品は、
前作からは10年越し、無印からは足掛け
15年ともなる息の長いシリーズものです。

人類の裏で暗躍する秘密機関「MIB」の
エージェントと様々な宇宙人の、奇妙な異文化
コミュニケーションをメインに描いた無印に
対し、2では宇宙をも滅ぼす秘宝を巡って
宇宙犯罪者との対決を描いた、一変して
シリアスな話に念頭が置かれていました。

そして、2の「前作の遺産を食い潰す
焼き直しっぷり」を取り戻すかのように、
2で扱われておきながらも非常に勿体無い
使われ方で不完全燃焼だった魅力的な設定
「宇宙脱獄囚」との戦いが本作の主題です。

「ついにこれをやっちまったか」とでも
言いたくなるような、昨今では珍しくもない
「タイムスリップによる歴史改変モノ」を
中心にしてストーリーが展開していくのですが、
近年のVFXの進化によって「過去作品よりも
技術が進んでる過去世界」という半分ヤケクソ
起こしたような突っ込みどころや、ジョシュ・
ブローリン演じる「過去のK」のそれっぽさで
観客に対するサービス精神を感じさせてくれ、
こうなるとケープ・カナベラルにおける
アポロ11号秘話みたいなところまでベタベタに
してくれるとかえって心地よいわけです。

この「見せるところはちゃんと見せてくれる」
という几帳面さは、脚本のベースが「26世紀青年」や
「トロピックサンダー」で知られるイータン・
コーエン(コーエン兄弟のイーサンとは別人だよ!)
が関わっているということを実感させてくれますが、
その後の共同脚本による書き換えにより、「え、そんな
ところまでKとJに因縁を加えちゃうの」という蛇足が
あるかと思えば、結局OとKの過去話は投げっぱなしで
終わっちゃうといったちぐはぐ具合により、若干
モヤモヤの残る残念な部分も散見されます。

とにかく「不完全燃焼で終わってしまった前作を
どうにか綺麗な三部作で終わらせてあげたい」という
情念の感じられる作品で、その意味では往年のファンも
納得の行く内容にはなっていると思いますが、そこが
また足枷になりすぎて突き抜けた面白さはない
良くも悪くもカッチリした出来に収まっています。
それもこれも前作って奴が全部悪いんだ。

というわけで、昔ながらのファンでもなく、
最近になって「1・2・3」と通して観たという
にわかからすると、無印だけ観て満足しておくのが
一番賢い選択なのかなーと思ったりしました。

パイを食べすぎるな

アカデミーにも絡んだ映画「ヘルプ ~心がつなぐ
ストーリー~」を鑑賞しましたので、本日は
この作品のレビューをしたいと思います!

1960年代、ベビーブームに沸き立つアメリカ。
そんな中で「行き遅れ」と嘲笑される変わり者の
女性、スキーターは地元新聞社へ半ば押しかける
形でゴーストライターの仕事を手に入れる。
家事欄を受け持つ彼女は、友人の家へ仕える
黒人メイドのエイビリーンにアドバイスを
もらうと同時に、未だ黒人差別の根強い南部の真実を
取材し、ドキュメンタリーとして記すことを思いつく。
誇張ではない身の危険に怯えるエイビリーンたちは
当然の如く難色を示すが、迫害され続ける自分たちの
姿を省みることで次第に決心を固めていく…
というのがおおまかなあらすじ。

同名小説を原作にしたという本作品は、影の中で
黒人差別と闘い続けた人々の感動のストーリー。

自分の無知を晒すようで非常に恥ずかしい限りでは
ありますが、第二次大戦終戦後の、所謂「現代社会」と
呼ばれる時代の中にあって、公然と人種差別が
行われていたという事実が驚きで、それは言い換えると
どんなに世界の技術が発達して、文明人ですよって
面をしていようが、まだまだ人類は精神的に全く
未熟な存在であるということにも他なりません。

差別が「当たり前」の世界として描かれる以上、
富裕層の白人が時として露悪的に描かれるか、
はたまた観客がそう感じることもあるかもしれません。
しかし、州そのものが「黒人の病人に白人の看護婦を
つけてはいけない」だの「黒人と白人の間で教科書の
貸し借りをしてはいけない」だのと言った、あまりに
馬鹿げた恥ずべき憲法を制定していたという事実が
存在していたことは、紛れもないことなのです。

そんな狂った世界の中で、虐げられる側の人間が
如何にして「人間らしく」あったのか、人間の成長を
影から見守り、支えてきたのかに本作は焦点が
当てられているわけですが、この「闘い続ける人々」を
描く上で、「ちょっと上手く行きかけてたと思ったら
暗転」みたいなお約束を気軽に挟んでこないところが
実に評価できるポイントであり、山や谷かで言えば実に
平坦な流れのストーリーへ深みを与えているのは、
充実したキャストにあると言って過言ではありません。

まずははすっぱな女主人公、スキーターを演じるのが、
「スーパーバッド」や「ゾンビランド」等で知られる
エマ・ストーンで、確かに役柄的にはこれ以上ない
適任だと思ったわけですが、鑑賞後にwikiでキャストの
経歴を調べるまで彼女だってわかりませんでした!
子役がどんどん成長していくのと同様に、彼女も
いっぱしの大人の女性が演じられるだけの
年齢とキャリアを積んでいるのね…としみじみ。
彼女と人種や年齢を超えて無二の親友となっていく
エイビリーン役のヴィオラ・デイヴィスや、本作で
思わぬキーパーソンとなっていく、アカデミー受賞も
納得のミニー役、オクタヴィア・スペンサー。
これまた変わり者の純朴な田舎娘、転じて最も
「デキる女スタイル」を身に着けていくシーリア役の
ジェシカ・チャステインのキュートな姿にも
感情移入せずにはいられませんが、ミニーの存在が
映える理由にもなったヒリー役、ブライス・ダラス・
ハワードをこそ本作で個人的に一番評価したい。

これがまた前述した通り、いけすかない富裕層の
クソバカ女を、「このクソ女早く死ねよ」と
観客に思わせるのをまるで本人が楽しんでいるかの
如くコッテコテに好演して見せてくれています。
本作品は表向きは「黒人の闘争」を描いていますが、
その裏では「女のくだらない意地の張り合い」という、
人種差別にも似て非なる実に陰湿なテーマも
扱っているので、女性キャストを充実させたのは
ある種の必然であり、その意味では成功し、
とんでもなくリアリティある作品に仕上がっています。

行く先は前途多難だけれども、折れない・負けない
人間の強さを描いた人間賛歌を声高に歌った本作品。
最近はなんだかジェンダーフリーがどうのとか、
また「差別」という言葉や存在が変な方向に
ねじれていますが、人間らしくあるということは
どういうことかと、それこそ「現代」に生きる
我々が改めて初心に立ち返るという意味では
とても重要な話だと思いました。オススメ!
プロフィール

マイケル・チバ

Author:マイケル・チバ
シルバーレイン
マイケル・チバ(b30277)
薬師寺・米(b41960)
を経て、
現在はエンドブレイカー!
マーヴィン・ジェント(c06527)
にて稼動中。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。