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クルミあげる

新作DVD「インモータルズ」をレンタルしましたので
本日はこの作品のレビューをしたいと思います!

神々を憎み、人間を支配しようと目論む蛮族の王・
ハイペリオンは、かつて神々の戦争が行われた際、
地底深くに幽閉されたタイタン族を解放するべく、
大軍を率いて神器「エピロスの弓」を探し求めていた。
その魔の手は、農民としてつつましく暮らすテセウスの
島にも及びはじめ…というのがおおまかなあらすじ。

CMやPV畑出身、「ザ・セル」で衝撃的なデビューを
飾ったターセム・シン監督の最新作にあたる本作は、
神とその神器を巡る神々や人間の戦いを描いた、
スタイリッシュアクションムービーとなっています。

本作の基本的な人名(神名?)やキャラクターは
ギリシア神話にちなみ、テセウスの名を冠する
主人公が登場しますが、ことストーリーに関しては
神話になぞらえたような彼の武勇や賢者の王の
エピソードからは大きく外れた、むしろオリジナルと
言っていいぐらいの大幅な改編がされているのが特徴。
「ハイペリオン」も蛮族の王という設定でテセウスの前に
強大な敵として立ちはだかるし、あれ?そもそもこの人って
神様じゃなかったっけ?という感じで軽く混乱をきたすので、
あまり元ネタには深く拘らない方がいいと思います。

しかし本作の真髄は「ギリシア神話の皮を被って
好き放題しました」というところにあるんで、ぶっちゃけ
ストーリーなんか途中で本当にどうでも良くなってきます。
ターセム・シン監督の映像は、まず最初に「撮りたい画」が
あって、そこに「理由」を後付けするという印象を覚えるという、
いかにもPV畑の監督ならではな感触がありますが、そんな
彼が神々が跋扈する超常的かつ神秘的な世界観を得た
時点で、一つの勝利を手にしたと言っても良いでしょう。

「300」のスタッフが集結したというのが本作の一つの
売り文句になっているそうですが、実際のところ人間
同士のスタイリッシュアクションはザック・スナイダーの
ソリッドな質感に遠く及ばないところは否めません。
しかし、人間の枠を超えた神が好き勝手に暴れまわる
シーンになると、ホームグラウンドとばかりに俄然輝きを
放ち、天然なのか狙ってんのかわかんない(多分監督は
天然)数々の残虐ファイトには爆笑させられること間違いなし。

「ザ・セル」から全くブレていないのは独特な世界観と
映像美にとどまらず、なかのひとがこの監督を好きな
理由にして困ったところでもあるのが「この人ろくな性癖
持ってないんだろうなあ」っていうリョナ気質があることで。
やっぱり隙を見ては「ただこういうことしたかっただけだろ」
とばかりに、あれこれ理由つけて拷問される人たち可哀想!

本作のキーパーソンであるゼウスがまたろくでもない
キャラクター造形してるのもポイントで、ラテン系の
冴えないチョビ髭のおっさんってだけで十分面白すぎるのに
そんなおっさんが粘着質でテセウス好き過ぎるからズルい。
あと突然興奮する。
ハイペリオン役のミッキー・ローク(鑑賞後にwiki見て
ロークだって知った)も、残虐な性質を存分に見せ付ける
堂に入った演技をしながら、要所要所で萌えキャラっぷりを
発揮するという大変魅力的なキャラに仕上がっています。
そういう中で、質実剛健な勇者テセウスが没個性で
埋もれてあんま印象に残らないのは仕方ないね。

ろくでもないというか、良い意味で「ものすごい駄目な
映画を観てしまった」という本作品、息抜きしながらも
同時にぐったりもするというこの感覚は「ヴァン・
ヘルシング」に通じるものもあるので、ダメダメで
へっぽこな作品が好きな人は是非どうぞ。
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三日後百倍

前回レビューした「告発のとき」を観た勢いで、
そのままポール・ハギス監督最新作にあたる
「スリーデイズ」を鑑賞しましたので、本日は
この作品のレビューを行いたいと思いまーす!

ジョンは妻と子と共に仲睦まじく暮らしていたが、
ある日突然、妻のララは仕事先の上司を殺害した
容疑で20年の禁固刑を言い渡されてしまう。
弁護士もさじを投げる中、ただ一人妻の無実を
信じるジョンは、3年間綿密に練り上げた周到な
計画で妻を脱獄させる行為に打って出るのだが…
というのが大まかなあらすじ。

「告発のとき」同様に、ポール・ハギスが監督・
脚本・製作と作品全面に関わった本作品は、
殺人を犯した罪で監獄に入れられている妻を
死にもの狂いで脱獄させようともがく男を
描いた物語であり、主演にはラッセル・クロウ。
ちなみにフランス映画のリメイクだそうで。

ポール・ハギスが脚本家として「007」の執筆に
携わってから次に当たるのが本作品で、それを
受けてか内容も若干エンターテイメントとして
色気を使っているような印象を受けます。

ただ、まー、率直に言ってしまうと、破天荒な
ストーリーや展開と激しいアクションシーンに、
ハギスの持つ繊細で詩的な脚本と画面作りは
全く相容れる要素がなく、キャスティングにも
失敗しちゃった感がありありと見て取れます。

元々ラッセル・クロウという役者は豪放磊落・
傲岸不遜な一匹狼の俺様タイプが似合うので、
女にだらしのないという態度は大変様になって
いるのですが、マイホームパパの一面を描くに
あたっては若干の役者不足感が否めません。
これが例えば「ヒストリー・オブ・バイオレンス」の
ヴィゴ・モーテンセンや、「完全なる報復」の
ジェラルド・バトラーと言った、キチガイ親父として
実績のあるキャストを嵌め込んでいたら作品の
仕上がりと手触りは全く変わっていたんじゃないかと。
妻のララを演じるエリザベス・バンクスも、話が
どう転んでも良いように無難に配置されたという
印象を受け、不幸属性持ちのケイト・ウィンスレット
とか、いっそのことグウィネス・パルトロワあたりを
思い切って投げちゃった方が面白かったんじゃ。

ハギスの脚本ということもあって、キャラクターの
作り込みやさりげない描写は大変丁寧で、チョイ役で
出てくる警官や医者、或いは裏社会の住人といった
「その道のプロ」が持つそれぞれの腕前や拘りには
美しいオーラが光って見え、思わず溜息が漏れます。
ただね、脚本が美しすぎるってのもこういう破天荒な
お話にはかえって問題で、ディティールに拘りすぎた
弊害で、ジョンが妻の無実を信じるというよりも有罪が
信じられない自分本位な、繊細なキチガイにしか
見えなくて感情移入できず、終始イライラさせられます。

そういう中で、アメリカン・ニューシネマ的な絶望しか
見えない未来に突き進んでいくのかと思いきや、
あれ?なんだか風向きが変わってきたぞ?と思って
いるうちにちゃんとした落としどころを用意されて、
結局悪い意味で期待を裏切られ続けてしまうというか。
なんか、キチガイはキチガイなんだから、それなりに
代償は払うべきなんじゃね!?と思わされるオチに
モヤモヤしながらブツ切り気味にフェードアウト。

焼け付くようなバイオレンス描写やマッシブなアクション、
そして燃えるような愛というと「トゥルー・ロマンス」の
トニー・スコットを連想するわけで、彼が監督として
作品を手がけていたらもっと面白くなったような。

シャマランの「エアベンダー」ほどじゃあないんですが、
欲を出して手を広げても仕方ないというか、餅は餅屋と
言うべきか、とにかくちぐはぐな、ポール・ハギスの
映画にあって珍しく駄目な内容の作品でした。

ダビデとゴリアテ

今特に観たいものないなあってことで、
とりあえずで借りてみたポール・ハギスの作品
「告発のとき」のレビューを本日は行いまーす!

元軍警察官のハンク・ディアフィールドは、息子にして
イラクからの帰還兵であるマイクが、数日前から
無断で基地を離反しているとの知らせを受ける。
ハンクが独自に息子の足取りを追ううちに、信じ
られない衝撃の事実が徐々に明らかに…
というのがおおまかなあらすじ。

「ミリオンダラーベイビー」や「クラッシュ」で知られる
ポール・ハギスが自ら監督・脚本・製作に携わり、
トミー・リー・ジョーンズ、シャーリーズ・セロン、
スーザン・サランドン、ジェームズ・フランコに
ジョシュ・ブローリンと錚々たる役者陣で臨んだ、
イラク派兵がテーマのサスペンスドラマが本作品。

そのキャリアからもわかる通り、秀逸な脚本家として
知られるポール・ハギスが全面的に映画製作に
関わっている以上、その計算され尽くした、芸術的とも
言える演出には冒頭から息を呑まされ、本作が
「名作」であることをヒシヒシと感じさせられます。

作品は有能な元軍警察官・ハンクと、有能すぎるが
故に同僚から忌み嫌われる女刑事・エミリーが、共に
ハンクの息子・マイクの足取りを追う内容に終始するの
ですが、観客に与えられる手がかりは皆無で、事件が
暴かれていく過程も若干緩やか過ぎるほどにゆっくり。
そのあまりのスロースターターぶりを許せてしまうのは、
画面の向こうの脚本が一言一句透けて見えるような
詩的なショットの数々と、ハンクという男が几帳面な
プロフェッショナルを装いつつも、息子を思うが故に
時には激しく、時には脆い人間的な父性の感情を
露にしてしまう様を描いた、丁寧なキャラクター描写。
軍人を演じさせたら右に出る者はいないトミー・リー
ジョーンズの、顔を真っ赤にして涙を堪える父親と、
「漆黒の殺意」のオーラをその瞳と全身に湛える元軍人を
使い分ける姿は、アカデミーノミネートも納得の出来。

そしてポール・ハギスの脚本は「性善説」と、そこから
生まれる「わびしさ」から成り立っているとなかのひとは
思うのですが、些細なきっかけから触れ合うことになった
人々のちょっとした「優しさ」や、或いはその「優しさ」に
触れることができなかったばかりに悲しい末路を迎えて
しまった人たちが、作品の全体に散りばめられており、
観客の涙腺を要所要所でガンガン刺激してきます。

それから本作の最も重要なテーマであり核心である
「イラク派兵問題」から描かれる、「非日常」でありながら
確かに存在する、目を背けることのできない「現実」。
心を壊してしまった若き兵士たちの姿は、さながら
「ウォッチメン」の「8人に一人は気が狂う」の言葉が
如きで、ベトナムから何一つ変化のないアメリカという
国の、一方では戦争中毒者と成り果て、一方では良心の
限界を叫ぶ、血を吐きながらも足を止めることのできない
孤独なマラソンランナーの姿が浮き彫りにされます。

物事の善悪関係なしに、人は何かを積み上げていて、
そうしてほんの些細な一言や何気ない行動一つで
あっけなく瓦解してしまうのだから、そうならないために
せめて努力をしなさいと広く説くポール・ハギス作品の
中にあって、珍しく「イラク派兵」という問題を明確に
取り上げて、それに対し疑問と否定を投げかけた本作は、
ファンにとっても意見の分かれるところだと思います。
しかしそれだけに、トミー・リー・ジョーンズ出演作や、
ベトナムやイラクの派兵問題を取り扱った、軍事ドラマ
ファンにもアピールできる間口が広がっており、幅広い層に
オススメできる作品に仕上がっているとも言えます。

これがシカゴ流だ!

最近になってたまにレビューに扱うようになった
ケヴィン・コスナー主演作、この際だからもっと
突き詰めておこうということで今回鑑賞した作品は
ブライアン・デ・パルマの「アンタッチャブル」!

時は1930年代。
禁酒法により街には密造酒・密輸入酒が入り乱れ、
ギャングが血で血を洗う抗争の時代は裏社会の
帝王、アル・カポネの時代でもあった。
カポネを検挙するために任についた財務省の
新人捜査官、エリオット・ネスは腐敗しきった
警察や司法機関に苦戦を強いられるが、信頼の
おける数人の精鋭からなる「アンタッチャブル」を
結成し、数々の困難に渾然と立ち向かうのだった…
というのがおおまかなあらすじ。

主演がケヴィン・コスナーという点にばかり注目して
しまっていて、監督がブライアン・デ・パルマという
ことも知らなければ、脇を固める俳優にはロバート・
デ・ニーロ、アンディ・ガルシア、そしてショーン・
コネリーという豪華な顔ぶれだったことも驚き。
オマケに、「ウェスタン」の「マン・ウィズ・ア・ハーモニカ」を
思わせる不穏な空気のオープニングスコアを
奏でるのはエンニオ・モリコーネと、これだけの
布陣を敷けばおのずと名作になろうというもの。

本作は実在の人物、事件、団体を元に、財務省
捜査官エリオット・ネスがいかにして危険な任務を
遂行していくのかを中心に描いていくのですが、
「スカーフェイス」で既に強烈なインパクトを叩き込んだ
デ・パルマの作品ということもあり、ショーン・コネリー
演じる、正義を貫く老警官マローンが「ナイフには銃を、
ケガ人には死体を返す」と「シカゴ流」をネスに説く序盤の
シーンからは、この後に続く焼け付くような暴力の臭いと、
それに伴って強烈な期待感を煽ってくれます。
この「デ・パルマならやってくれる」「デ・パルマなら
やりかねない」という奇妙な説得力や質感は、例えば
「ゴッドファーザー」のコッポラや、「グッドフェローズ」等の
スコセッシとはまた違った安心感を提供してくれるから不思議。

しかし暴力描写に特化した「スカーフェイス」とは違い、
バイオレンス分を極力控え(あくまでデ・パルマ基準で)、
監督なりに「色気を使った」感を覚える、エンタメ路線を狙った
演出が、本作を実に絶妙なバランスで成り立たせています。
銃を携えた四人の男が一列に並んで歩く西部劇を意識した
ようなショットや、スローモーションを多様した、本作で最も
話題に上がる「乳母車の階段落ち」シーン等、いささか
やり過ぎ感すら漂うスタイリッシュ演出を交えつつも、
ネスやマローンという正義の側に立つ人間が「正気にては
大業ならず」とばかりにたまにブチ切れて、とんでもない
行動に出るキチガイっぷりを露呈したりと、物事の善悪は
さておき映像とキャラのインパクトで観客を揺さぶってきます。
「階段落ち」に関しては、監督が意識しているのかは
わかりませんが、0時5分前を指す時計と「恐怖の対称形」を
描いた「ウォッチメン」を思わせるショットに加え、モリコーネの
不安を掻き立てるBGMと、クライマックスに向ける意気込みが
微に入り細に渡り感じられるのも好感が抱けます。

俳優に関しては大物のショーン・コネリーに、既に大物の
風格を漂わせているロバート・デニーロが存在し、
その彼らに触発される形でケヴィンとアンディの演技も
大きく昇華されたのではないかという印象を受けます。
ただ、キャリア半ばにあったケヴィンや、デビューしたて
ホヤホヤのアンディが、必死に大物に食らい付くという
ギラギラした若さが光っていたという話であり、名作が
彼らのキャリアに大きく貢献したとあっても、同時にその
地位がかえって足枷になって、この後に彼らがへっぽこ
俳優になる理由にもなってしまったのではという気も。
この頃のケヴィンの「ひたむきさ」はかなり良いです。
なーんか、後年の「ダンスウィズウルブズ」「パーフェクト・
ワールド」は妙に芝居がかった臭さが駄目だったんよ…

かのタランティーノは「デ・パルマからかなり影響を
受けている」と自称してはばからないように、その足取りを
本作の端々からビンビン感じ取ることができます。
また前述の通り、コッポラやスコセッシに代表される
ような、ギャング映画やフィルムノワール大好きな
方には間違いなくオススメできる一本でした。

奥義!一人卓球!

ちょいと私事の方が忙しくてレビューの間が
随分空いてしまいました大変申し訳ない。
たまーに見たくなるミヒャエル・ハネケの映画、
今回はデビューから数えて三作目にあたる
「71フラグメンツ」を鑑賞しましたのでこのレビューを。

本作は、白昼の銀行で突如起こった学生の
銃乱射事件という事実を前置きに、犯人と
被害者の生前の姿を断片的に描いていきます。

「不快のエンタテイメント」の求道者とも言える
ハネケが手がけた映画三作目ということもあり、
「いかに観客に対して不安と混乱を植え付けるか」
というその迷惑な手腕は「セブンス・コンチネント」
「ベニーズ・ビデオ」と段階を踏まえ、段々と洗練
されていることが本作を観ればよくわかるはず。

前二作における、お化け屋敷じみた「突然の衝撃的
展開」で驚かせることから一転、本作は簡易な
テロップであらかじめ「銃乱射事件が起こった」という
前提を周知し、「説明はしたからもういいだろ」と
言わんばかりに、登場人物もよくわからないままに
並べられる、乱暴にブツ切りにされたカットの数々。
開始後三十分あたりで大体の概要が掴めるまでは
観客の頭にひたすら「???」が浮かび続けるのは
これもいつものハネケ仕様である意味安心。

この初見殺しというか初見三十分の時点でクソ映画と
思わされる、むしろ全部観た上でクソ映画と断ずる人が
いても否定はできないのですがそれはさて置き、今回は
脚本の練り込みに重点が置かれているのが面白く、
まず三十分あたりで登場人物の概要が掴めたところで、
彼らが淡々と生きる退屈な日常からは、前提の惨劇に
繋がる「事件の兆し」を感じ取ることは殆どできません。
しかし、彼らの、極々普通の人間らしい日常を追ううちに
当然の如く芽生えてくるシンパシーと共に、「前提」が
あるが故に徐々に迫り来る絶望の深さと言ったら!
そしてまた、「前提」に加えて「登場人物とその日常の
ぼやけた輪郭」が相まって、一体誰がどういった形で
事件に関わってくるのかさりげなくミスリードを交えて
くるあたりにも、ハネケの進化を見ることができました。

ハネケの作品はなんというかストレートに「好き」と
言ってしまうと人格疑われるようなきらいがある気が
しますが、その上で敢えて嫌いになれない、むしろ
好きだと言えてしまう要因が二つあって、それは
「説明を徹底的にしない」ことと、あとは彼がどうも
所謂「荒れネタ」が大好きっぽいところにありまして。

デビュー作から三作目までに共通して登場するのが、
作品の舞台設定の時代に起こった様々な国際的
紛争や戦争、或いはスキャンダル等のニュース映像。
これらは本編のストーリーには一切の関係がなく、
例えば「暗い終末を前にして人が狂ってしまったのだ」
だとか、「世界の均衡が崩れつつある中で平和な世にも
綻びが生じた」などと関連づけることができる反面、ただの
尺稼ぎだとか、なんとなくで挿入したという見方もできます。
オリバー・ストーン監督あたりだともうとにかく事象の
一つ一つを「これこれこうだから誰それが悪い」と理由を
つけて自分で白黒に断じてしまうような内容を、敢えて
完全に投げっぱなしの「ただそうあっただけ」として見せ、
観客に解釈の一切を委ねつつも、本編や作中のニュース
映像で取り扱われるテーマからは、ハネケのある種の
趣向・嗜好のようなものが見てとれるところに、奇妙な
「体温」と「安心感」を覚え、ワビサビを感じてしまうというか。

ハネケの映画なので相変わらず得られるものは
これっぽっちもないし、前述の通り本作をクソ映画と断ずる
人がいても何も否定できない内容にはなっています。
しかし、「結局人は駆けずり回った後にあれこれ理由を
つけるしかないのだ」という虚無感、つまり「得られなかった
ことから得るもの」もあるのではないかなーという意味で、
やっぱり世の中にはハネケのような作品も必要なのだ。

きっとすべてうまくいく

「衝撃の結末を見よ!」みたいな売り方とか
へっぽこな邦題のおかげで敬遠していた作品
「ミッション:8ミニッツ」の新作レンタルが開始、
鑑賞しましたので本日はこの作品のレビューを。

シカゴ行きの列車の中で目を覚ました男。
どうやら彼を見知っているらしい、目の前の
席に座る女は彼を「ショーン」と呼びかけるが、
男は自らを陸軍大尉・スティーヴンスと名乗る。
彼は混乱のままにトイレに駆け込むと、鏡の前には
全く知らない男の顔が映り込み、ポケットの中の
財布には「ショーン」の身分証明書が入っていた。
次の瞬間、眩いばかりの光と爆音と共に男は
炎に巻き込まれると、暗く冷たい鉄の箱の中で
目を覚ました…というのがおおまかなあらすじ。

あらすじがあらすじになっていない気もしますが、
実際オープニングを見ただけでは何が起こって
いるのかわからない本作品は、限られた時間と
状況を何度も繰り返して真犯人を探し出す、
所謂「ループもの」のSFスリラーとなっています。

幾度となく繰り返される同じ状況から「最適解」を
探るというシチュエーションから連想させられるのは、
これまた発憤ものの邦題をつけられてしまった、
ループものの名作「恋はデジャ・ブ」でしょう。
脳の酷使によって記憶は混濁していき、時間の流れと
共に徐々にのっぴきならない状況へ追い詰められて
いく…という描写はこれも名作「12モンキーズ」。

「バタフライエフェクト」のレビュー時に記したように、
リフレイン展開するドラマも今や物珍しさは
さほど感じられないような気がします。
主人公に取り付けられた、量子力学を用いた
云々かんぬんの小難しい装置も、いささか
こじつけというかトンデモな無茶振りのような
胡散臭い印象を受けてしまうのも否めません。

では本作の何が素晴らしくてどう感動を呼び
起こさせられるのか?と言えば、終盤に主人公が
見せる「仁義」であり「けじめ」に他なりません。
人間の脳に流れる微弱な電気信号こそが
我々の見ている「現実」だとするならば、せめて
最良の、完全な結果で終わらせたいという想い。
閉じられた世界の僅か8分の間で繰り広げられる
「人間賛歌」の眩しさと美しさと言ったら!

ただ、まー、クライマックスを迎えた後に「あそこで
止めておけばよかったのに」という、良い話にしたいのか
後味悪い話にしたいのかよくわからない、蛇足の
蛇行っぷりを露呈してしまうのも残念なところで。
中途半端な「奇跡」起こすくらいならそんなん別に
いらんってことで、この辺のグダっぷりが「名作」に
至る最も近くて遠い一歩を逃した残念ポイントかと。

同じシチュエーションを様々な視点からスピード感
溢れた演出で描くというと、「バンテージ・ポイント」
なんかも連想するわけで、「バタフライ・エフェクト」
同様に俺的名作100本選べって言われた時に
ランクインはしなさそうだけども、変にクセがなくて
素直にオススメできる佳作的位置な一本でした。

スペースがもったいない

最近は「スカイライン」とか「ロサンゼルス何とか」とか
「エイリアン&カウボーイ」とか何かと宇宙人侵略モノ
映画がリバイバルの兆しを見せている中、10年以上前の
「優しい宇宙人の話」に興味を持ちましたので、本日は
件の作品「コンタクト」のレビューをしたいと思います!
先にぶっちゃけてしまうと、「NASAの選ぶ“現実的な”
SF映画」で1位の「ガタカ」に次いで本作が2位を獲得
しているというのも鑑賞に踏み切った大きな理由です。

生まれてすぐに母親と死別したエリーは、幼少の頃から
数学と天文学において驚異の才覚を見せ、父親の愛と
後押しの甲斐もあり、アレシボ天文台でのSETI(地球外
知的生命体探査)チームの主任にまで上り詰める。
しかし彼女の偏執的なまでに宇宙人との遭遇を求める
情熱とは相反して、天文学の権威ドラムリンの鶴の一声に
よりプロジェクトは頓挫、自転車操業を余儀なくされていく。
頼みの綱であるニューメキシコ電波望遠鏡施設からも
三ヶ月後の立ち退きを命じられたある日、いつものように
彼女が宇宙からの電波信号を探っていると、ついに
恒星ヴェガからの謎の信号をキャッチする…
というのがおおまかなあらすじ。

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「フォレスト・ガンプ」で
知られる、エンターティメント性を追求しつつも、人間の
優しさをたたえた作品に定評のあるロバート・ゼメキスが
挑んだ、地球人と未知の生命体の遭遇を描いたSFドラマ。

テーマの一つとして存在する「大きな視点・総合的な視野で
物事を見る」ということが、科学という枠組みを超えて、
信仰や神に対してどう向き合うのかという模索にまで及び、
そしてまたそこまで含めてちゃんと綺麗に着地させるところは
やはりロバート・ゼメキス監督ならではという率直な感想。

「広大な宇宙には地球以外にも知的生命体の住む惑星が
存在するかもしれない」という疑問と探求は、人類の発展と
その未来において外すことのできないテーマであり、その
相手を例えばスーパーマンのような、言い換えれば神の
如き力を行使する高次元の存在だと想定・危惧したらば、
畏怖するのはかえって正解の感情だと思うわけです。

こういった感覚に対する答えとして、「スーパーマン」等の
アメコミ脚本家で知られる「エリオット・S!マギン」が
「キングダム・カム」に寄稿した、大変興味深い前文を
思い出し、それは「自動車や飛行機をボタン一つで操る
我々は、100年前の人々から見たら等しく超人として
映えるであろう」といった内容だったことを記憶しています。

そもそも地球というものは、確率的に言えば竜巻の中に
飛行機の部品を投げ込んだら綺麗に完成品が組み
上がったぐらいの「奇跡」から成り立っているそうで、
我々自体の存在を振り返るに、「ウォッチメン」の
Dr.マンハッタンのような、高次元の存在、純粋な知性、
何者かの介在を信じずにはいられないわけです。

やや話は脱線しましたが、そうした「神は存在するのか」
そして「それを証明できるのか」といった議論に至るまで
物語の登場人物がお互いにいがみあった末に、事実や
過程はどうあれ最終的にエリーが掴んだ一つの「真実」と、
それにつられる形で、宇宙という途方もなく広大で複雑
ではない、人間にはもっとマクロで切実で重要な問題、
「人と人とはわかりあえるかもしれない」という結論が、
どうしようもないぐらいの愛しさと優しさに溢れています。

グランドキャニオンに佇む人間は即ち真っ暗な宇宙に
ぽつんと浮かぶ地球そのものであり、そしてまた人類は
幼く未熟で孤独だが「君は決して一人なんかじゃあない」と
そっと耳打ちしてくれる者の優しさと言ったら!
数多くのテーマを一つ一つ丁寧に噛み砕いた上で構築した
ストーリーや、物事の善悪ではなく「未熟」か否かで
描かれる登場人物といった秀逸な脚本に加えて、
視覚的にも要所要所で訴えてくるのもゼメキスならでは。

キャストも言うことなしの面子が当てはめられており、
芯の強い女・エリーを演じるのは王者の貫禄を漂わせる
ジョディ・フォスター、科学と神のバランスを模索する
知的な色男にはマシュー・マコノヒーとそつがありません。
しかしその主演・助演両名よりも、何処か不幸な影を落とす
シングルファーザー、エリーの父親役として、デヴィッド
・モースを配置したことに一番の評価をしたい。
あと、「スターシップトゥルーパーズ」の主人公・リコの
右腕的キャラ、エース役の人(名前知らない)が、
宇宙人との接触を頑なに拒む極右派宗教のキチガイを
演じてたりするところもちょっとした面白ポイント。

「落ち着いて素数を数えるんだッ」だの「ケープ・カナベラルを
目指せ!」だの、JOJO第六部でも荒木が影響されまくって
いるのがわかってしまう本作品、なるほど多くの人間に
感銘を与えるだけのエネルギーに溢れた名作でした。
プロフィール

マイケル・チバ

Author:マイケル・チバ
シルバーレイン
マイケル・チバ(b30277)
薬師寺・米(b41960)
を経て、
現在はエンドブレイカー!
マーヴィン・ジェント(c06527)
にて稼動中。

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