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ザ・カントリーロッカー

時間があれば劇場まで足運んでたんだけどなあ、
そして今となってはそれができなかったことが
非常に惜しい「クレイジーハート」がようやく
DVDレンタル開始されましたので、本日は
この作品のレビューを行いますよ!

かつての売れっ子カントリーロッカー、
”バッド”・ブレイクは齢57歳となった今では
小銭のために地方興行に駆けずり回る毎日。
そんなある日、地方新聞記者のジーンと
彼はちょっとした良い仲になり、また彼の
かつてのサイドマン、そして今や大人気
ロッカーとなったトミーのライブ前座を
渋々受けたことから人気が再発し、
彼の人生は再び右肩上がりになるかと思われた。
だがブレイクの長年の不摂生な生活習慣と
アルコールは、彼の想像以上に彼の身体を
蝕んでいた…というのが大まかなあらすじです。

同名の小説を映画化、主演は本作でアカデミー
主演男優賞を獲得したジェフ・ブリッジス、
助演には名優ロバート・デュバルの名が。

人生の折り返し地点を過ぎた、半ば自堕落・
自棄になった男の一つの転機を描くという
ストーリーなのですが、ジェフとロバートは
それぞれ製作総指揮と製作にも関わっており、
そのせいか人生に対する造詣の深さというか、
幾重にも重ねられた年輪、はたまた顔に
刻み込まれた皺の数とも言うべきか、
作品全体からは一言で言い表せないある種の
荘厳さすら湛えたオーラを発しています。

年老いたカントリーロッカーの現状、そして
過去の端々を語るにあたり、確かに時として
彼からは自由奔放なロックな生き様を感じる
ことができるけれども、そうしてだからと言って
「俺もこんな風に歳を取ってみたい」
「俺もこんな風に生きられたらいいのに」と
そんな単純な話にならないのがこの話の
良いところ、面白いところで。

過去の出来事や新しい出会いに時には
励まされ、支えられ、時には悩まされ、
ほんの些細な迂闊さから取り返しのつかない
破局が訪れ、その事実から逃げ回り、
或いは意を決して決着をつけなければならない。
人生とは往々にして上手くいかないもの、
それでも善き人であるためには善き人で
あるための努力を払わなければならない。
本作においてブレイクの周囲の問題は
全て綺麗にオチがついたというわけではないし、
むしろ彼の思い通りにならなかったことの方が
比重としては大きいかもしれない。
でも、そのことに対して彼は真面目に
向き合うことを覚え、そしてこれからもっと
良くしていくために歩んでいくか、或いは
また何かほんの些細な出来事や不幸から
再び転落する日もやってくるのかもしれない、
そういった「人生はこれからも続く」という
テーマを作品と、そしてキャラクター自身から
感じることができたのが素晴らしいと思いました。

たった一つの芸にすがる落ち目の男は、
過去と現在で愛のしがらみに囚われている…
というと、近年の名作「レスラー」を想起
させるのですが、ローク演じたランディも、
本作のブレイクも、「俺にはこれしかないんだ」と
一身に打ち込んだ行為と想いにはそう変わりは
なくて、ネットの上に落ちたボールがどちらに
落ちたか、の違いでしかない気もするんですよね。
だからこそ、「レスラー」も「クレイジーハート」も
共通した「人間賛歌」への想いを感じました。
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ここにいる!ここにいるぞー!

ジャン=ピエール・ジュネの「エイリアン4」にて
強烈な印象を残したゴリラ男ことロン・パールマン。
彼が実は「ヘルボーイ」にて同名のキャラを
演じているということを知り、んじゃあ
観ておこうってことで今回は無印及び続編
「ゴールデンアーミー」のレビューをしますよ!

1944年、第二次大戦の戦況が不利なドイツは
実は生きていたロシアの怪僧・ラスプーチンの
力を借り、冥界の扉をこじ開ける儀式によって
戦争を、世界を終わらせる龍神「オグドル・ヤハド」を
現世に呼び出そうとするが、これを事前に察知した
アメリカ軍によりすんでのところで阻止される。
その時の時空の歪みから現れた、不釣合いに大きな
右腕を持つ赤い小鬼をブルーム教授は保護する。
「ヘルボーイ」と名づけられたその小鬼はその後、
FBIが秘密裏に設立した「超常現象調査・防衛局」で
60年の時を過ごし、世間には公表できないような
怪物退治に日々暗躍していた。
一方、ナチスの生き残りであるイルザとクロエネンは、
かつての計画を再び興すためにラスプーチンを
復活させ、着々と準備を進めていた…
というのがおおまかなあらすじです。

そもそも「ヘルボーイ」を観るきっかけの一つにも
なったのが、「パンズ・ラビリンス」でも
知られるギレルモ・デル・トロが監督を
していたというのも要因の一つで。
っていうかジュネとデルトロの二人のお気に入りとか、
一体どれだけゲテモノ監督に好かれてんだよ
ロン・パールマンって感じですよね。

数多くの作家に影響を与えたとも言われる、
個性的なアートワークのマイク・ミニョーラ作、
ダークホースコミックス出版の同名漫画を
原作としたのが本作品。

「チョンマゲを結ったゴリラのシオマネキ」とでも
形容しようか、おおよそスーパーヒーローとは
ほど遠い異様な外見と、反面十代の少年のような
幼稚で乱暴、短気、そして何よりも純粋な心を持つ
というギャップ萌えな主人公が本作最大の特徴。

それに伴い、VFXをふんだんに盛り込んだ怪物対怪物の
超人プロレスの合間合間に、ヘルボーイは彼が慕う
見た目はただの美女、「念動発火能力」を持つリズを
影から見守り、一挙手一投足にヤキモキする姿を挟み、
「こんなヒーロー見たことねえぜ!」という新鮮さと
メリハリの良さに一躍買っています。

実在しながら、そのカルト性により胡散臭さと魅力を
持ち合わせる団体・ナチスや怪僧・ラスプーチンを
盛り込んだフリーキー具合もナイス。
デザインやセンスも良くて、特にナチス最高の
暗殺者と呼ばれる、防毒マスクをつけたゼンマイ
仕掛けのミイラ男・クロエネンが個人的にお気に入り。

ヘルボーイの良き相棒、通称”ブルー”の半魚人、
エイブ・サピエンもまたヘルボーイとは違った形で
繊細な心の持ち主でありお気に入りなんですが、
その高いサイコメトリー能力と引き換えに
不利な特徴にCP割き過ぎて戦闘にもステ振り分けられ
なかったからか、前半で退場してしまったのが残念。

マイク・ミニョーラの創り出した数々の個性的な
キャラクターと、ギレルモの得意とする、というか
愛に溢れたクリーチャー魂が見事に融合し、
テンポの良い展開も相まって新たなヒーローの
誕生を祝うにふさわしい良作だと思いました。

そして続編「ゴールデン・アーミー」。
かつて人間たちはエルフやゴブリンたちと共に
共存していたが、欲深な人間は自分たちの領土を
広げるために侵略戦争を始め、多くの血が流れた。
これに対しゴブリン族は無敵の兵器「黄金の軍団」を
作り上げることをエルフ族に提案する。
これを受けてエルフの王・バロルは「黄金の軍団」を
操る金の冠を被り、指揮を執ることとなるが、
その兵器の威力に恐れをなし、人間と停戦協定を結び
三つのパーツに分けた冠のうち一つは人間に渡し、
二つはエルフ族が引き取り彼らは深い森へと閉じこもった。
それらの出来事がやがて人々の間で空想の神話として
語り継がれるようになった頃、エルフ族の王子・
ヌアダは滅びの一途を辿るエルフ族と、また同時に
未だ欲の底を知らぬ人間に対して苛立ちを覚えていた。
ヌアダは「黄金の軍団」を呼び起こすための
鍵を求め、人間界へと姿を現すのだった…
というのが大まかなあらすじです。

引き続きギレルモ監督、ロン・パールマン主演で
構成された本作ですが、何かの事情からか
マイヤーズFBI捜査官は「南極に左遷」という名目で降板。
ついでに前作でブルーム教授は殺害されてしまって
いるので、じゃあ誰が穴埋めに来るんだろうと
思って来たのが「エクトプラズムの権威」として
知られる、っていうか本人自身がエクトプラズムの
ヨハン・クラウス博士で、この曲者っぷりが
果たして敵なのか?味方なのか?一体話を
良い方に、或いは悪い方に転がすのか?というのが
わからなくて、後任として全く差し支えない。

今回の敵役に登場するのは人間を激しく憎む
エルフの王子・ヌアダなんですが、これがまた
源平討魔伝の景清かはたまたDMCのクラウザーさんかよ
ってな具合なビジュアル系そのものなんでなんか
ボスとしての風格は正直どうなんだろうというのも
あったりなかったりですが、妹のヌアラも同様に
ひび割れたようなメイクを施すことで一般的な
エルフで想像する「絶世の美女」とはまた違った
造形をしており、これがまた不思議な魅力を
湛えていて良い感じ。
っていうか、今回は半魚人・エイブとの哀しくも
淡いラブ・ストーリーも絡められてたりして、
彼の活躍の場が大きく増えたことも含めて好き。

話のスケール的には前回も前回なんで
やってることはあまり変わりないのですが、
更にパワーアップしたVFXには一見の価値あり。
特に中盤の見せ場、「森の神」との対決シーンでは
ギレルモの痛ましいほどの美しさというか、
死と創造という二つの相反した要素を描くことで
思わず涙ぐみそうになります。唐突なんだけどね!
あと序盤の戦闘では「虫好き」で知られるギレルモの
趣味が相変わらず全開。

「森の神」のシーンもそうですが、古代文明の
残した超兵器なんて設定、人間嫌いのエルフが
人間を滅ぼそうとするだの人間の善悪に揺らぐ
悪魔なんて話は、その描写方法も相まって
ん?あれ?宮崎駿にでも影響受けた?と思わないことも。

前作ほどの真新しさやボスの魅力はなかったり
(唐突に、端役のかませでもいいからクロエネンとか
出てきたら嬉しかったかも)、流石にパワーダウンは
否めませんが、しかしそこは「ブレイド2」でも
知られるギレルモの意地、続編物にも関わらず
十分楽しめるだけの一定の水準は満たしています。

誰だって叩けば埃は出る!

はい、てなわけで引き続きバートンマラソン、
今回は人肉パイで知られる殺人理髪師を
テーマにした「スウィーニー・トッド」の
レビューをしますよ!

19世紀ロンドン。
腕利きの理髪師、ベンジャミン・バーカーには
美しい妻がいたが、好色な権力者・ターピン判事に
目をつけられ、バーカーは無実の罪で投獄される。
身を隠す放浪の旅も合わせ15年もの歳月を経て、
スウィーニー・トッドと名を変えた彼が
ロンドンのかつての自分の家へ戻ると、そこは
ミセス・ラヴェットの「ロンドン一不味い」
パイ屋へと変わっており、彼女の口から妻は
毒をあおり、愛娘はかの判事に引き取られた
という事実を聞かされ、トッドは復讐に燃える。
トッドは理髪師として新たに店を構え、じっと機会を
待ち続け、ついに判事の喉下に剃刀を当てようという
その瞬間、ささいな出来事からその機会を失ってしまう。
怒り狂ったトッドは狂気にまみれ、やがてロンドンに
住む全ての人々を憎むようになり、そして…
というのが大まかなあらすじです。

理髪店の「仕掛け椅子」のペダルを踏むと、
穴が開いて椅子が傾き客は地下室へドスン。
首を折るか、息があれば女主人が剃刀を首に引き、
近所でも評判のミートパイの材料にされる…
というあまりにもできすぎた話は元々創作で、
いつの間にか都市伝説になってしまったようで。
最も、トッドという名の精神病者が当時
刑務所に入っていたという記録もあるようで、
元ネタの存在も囁かれてはいるそうです。

また、古代中国では人肉食は滋養や長寿の
秘薬、はたまた究極の美食としてしばし時の
権力者の前に献上されていたともいい、
同時にギリシャの神話や歴史においてもまた
人肉食は神々への冒涜、或いは復讐の手段
として多くのエピソードを残しています。

これら二つの要素を踏まえて、奇才バートンが
単なる小話・都市伝説の類をミュージカルで
飾り立て、ギリシャ悲劇にも匹敵する
ストーリーに仕上げたのが本作品です。

主演のスウィーニー・トッドにはバートン作品
お馴染みのジョニー・デップ、助演のスケベ
判事役には「ギャラクシー・クエスト」や
「シャンプー台の向こうに」で知られる
アラン・リックマン(「ダイ・ハード」や
「ハリーポッター」の方が有名?そうだね)と、
これまた無駄に豪華な面子が顔を合わせています。

さて、そもそもミュージカル風味って時点で
「どうせ創作か都市伝説なんだから好き勝手
やっていいよね」って監督の意向が見え隠れ
するんですが、これがまた絶妙な加減で、
「ただの殺人理髪師の話を二時間も一体どう
繋ぐんだろう」という疑問は、上手い話の
転がし具合とテンポの良い展開で解消されます。
「スリーピーホロウ」の首飛ばし同様、
これでもかと喉をかっさばく衝撃的な演出が
合間合間に入るのが一躍買っていますね。

ラストの展開は「ヘンゼルとグレーテル」といった
魔女と子供の戦いを想起させ、そしてまた
悪人は去り、無垢な子供たちが生き残り、
けれどもどこか後味の悪さや煮え切らなさを残す…
というのは、残酷な童話を思わせ、これこそ
バートンの最も得意とするところであり
やりたかったことなんじゃないかと。

しかしあくまで都市伝説系のこぢんまりした話
ですので、スプラッタ描写はともかく
地味~な作品ではあります。
バートンの代表作を色々摘んで、興味が出てきたら
これも観てみるかくらいが丁度いいんじゃないでしょうか。

ハトは悪ないよ

エド・ウッドマラソンをやるつもりが
いつの間にかバートンマラソンに変わってる
感じもしますが、ていうかなってんですが、
今回はバートン渾身のブラックコメディ、
でもあんまり尖がり過ぎてて大コケした
「マーズ・アタック」のレビューをば。

「ミレニアム」も間近に控えた20世紀末、
アメリカは火星から飛来する巨大な円盤型
飛行物体の大編隊を観測する。
大統領は彼らとの友好の場を設け、世界は
世紀の瞬間に沸き立つが、そんな人類の思いとは
裏腹に、緑色の肌と肥大化した脳を持つ火星人たちは
水鉄砲のような光線銃で人々に襲い掛かってきた。
「友好」の言葉を発しながらも牙を剥いてくる
彼らに政府は翻弄され、戦争は激化の一途を辿る。
果たして超兵器を有する彼らにこのまま世界は、
人類は滅ぼされてしまうのだろうか…?
というのが大まかなあらすじです。

当時バートンが本作品を撮るにあたり、
ハリウッドの誰もが我も我もとキャストに
名を乗り上げたという、ある意味では
「アーティストに受けるアート」とも言えそうな、
これ確かに面白いけど一般には受けないよ…
ていうかバートンのギャグは高度過ぎるよ…
な一本。

主演のジャック・ニコルソンが二役で臨んで
いるのを筆頭に、ギャンブル狂役のダニー・デヴィートや
本人役の歌手トム・ジョーンズなんかはヤクでも
キめてんじゃないかってぐらいテンション高い
ノリノリの演技である種の清々しさすら感じます。
端役に大統領の娘としてナタリー・ポートマンや
二児の息子を育てるシングルマザーにかつての
ブラック・スプライテーションムービーの華
パム・グリアが配役されていて、この辺のチョイスも
バートンよくわかってんなあーって感じでこの二人は
特に何してるわけでもなくてもいちいち画面から
エロスが沸き立ってくるのでちんちんに悪いです。

さて、件の火星人ですが、何が目的で地球へやってきて
虐殺の限りを尽くすのか、真意が何なのかとかその他
諸々はさっぱりわからないんですが、結局のとこ
彼らはお話のきっかけに過ぎなくて、やっぱり着目
すべきは人間たちの醜態と織り成すドラマでしょう。
火星人襲来とか目に見える形でなくても、
「自分の問題を棚上げして何かのせいにしてはいけない」
「何かを理由に家族をないがしろにしていいわけがない」
といったテーマが見え隠れするのは良い感じ。
ありがちな「本当に嘘つきで卑怯者は人類の方かも
しれない」というテーマも、火星人はもしかしたら
全力で見え見えの嘘をついてジョークに命を懸ける
種族なのかもしれないねっていう対比が面白い。
核兵器すら通用しない相手に、世界崩壊一歩手前で
判明した人類最後の切り札とは…というネタも
「人間が人間らしくあるための最後の希望」に
繋がると思うんですが、描写の仕方が仕方だし、
そもそも火星人がバカみたいに人間殺して回るし
なんか「えっ結局こいつも生き残るのかよ」みたいな
奴もいるしで、単純に戦争反対!ダメ!ゼッタイ!
という論調に持って行かないのはバートンの
おちゃらけ具合がよく出ているという気も。

あとそうそう、火星人の襲来が近くなると
矢鱈に画面の作りが左右対称の構図を意識したり、
時計を映し出したりするのは「ウォッチメン」の
オマージュだったりするんでしょうか。
「ゴジラ」がある意味本作でカメオ出演してたりも
するし、オタク心をくすぐる元ネタ探しをしたら
かなりの数がゴロゴロ出てきそうな気もします。

全体的には面白いというより「もう笑うしかないよ!」
ってな部分も多いんで、火星人襲来に対していちいち
因果関係を求めたり、はたまた「インデペンデンスデイ」
よろしくエイリアンをひたすらブッ殺して回るのを
期待していた人、即ち無駄にクソ真面目な方や
脳ミソカラにしたかった人には残念な作品だったのでは。
総じて面白いけど、面白いけど!人にはオススメ
できないよねというこれまたカルト映画には典型的な
内容でしたとさ。

こんにちは、血塗れの新世紀

なんか今までずっと「スリーピー・ホロウ」と
「フロム・ヘル」が頭の中でゴッチャになってて。

なるほど、道理で。

で、ようやくアラン・ムーアの「フロム・ヘル」も
二周ほどしたし、今後の予定にあるエド・ウッドマラソンに
あたり、ティム・バートン作品も一通り観ておこうって
ことで二作品を一緒に借りてみることにしました。

そったら両作品とも一世紀ほど違えど中世の世紀末が
舞台で、主演のジョニーデップが警察官役となり、
謎の連続殺人犯を追うストーリー…ってんで
これは混同しない方がおかしいんじゃないか?と
思った次第です。

それはさておき、まずはバートンの
「スリーピー・ホロウ」のレビューから。

18世紀末のアメリカ。
ハドソン川沿いの辺境の村、スリーピー・ホロウで
ヴァン・ギャレットの一家三人が首を斬り落とされて
惨殺される事件が発生し、クレーン捜査官が調査に乗り出す。
クレーンは近代科学・化学捜査を掲げ、「幽霊は決して
人を殺さない」を信条とするが、事件の真相とは果たして…
というのが大まかなあらすじです。

主演にジョニー・デップ、助演女優に
クリスティーナ・リッチを据えた本作品。
端役のハンサム君に「スターシップ・トゥルーパーズ」でも
知られるキャスパー・ヴァン・ディーンや、
後に「首無し騎士」として恐れられることになる
ドイツの傭兵騎士にはクリストファー・ウォーケン
(これがまた怖カッコイイ!)と、実に渋いキャスティング。

近代捜査を信じ無神論者のクレールが奇怪な殺人事件の
調査に乗り出すという導入部から、果たして本当に
全てはトリックの一言で済ませられるのか?それとも
首無し騎士の呪いは本当に存在するのか?という
観客の惑わせ方が実に達者で、これに田舎町に存在する
おどろおどろしい陰謀やヒロインとの切ないラブストーリー、
ラストにおける畳み掛けるような展開と飽きさせません。

アートワークもまた、アカデミー美術賞を受賞したというのも
納得の出来で、本作において重要な意味を成す「首斬り」も
監督の異様なこだわりで、「え?これ特撮?VFX?」と
戸惑うような自然さで、興を殺がれることもありません。
季節が何故かハロウィンに設定されていて、度々顔を出す
ジャック・オー・ランタンはバートンの遊び心か、
はたまたファンに対するサービスか。

産業革命を経る前の、まだ「人間と神の存在が密接だった」
最後の世紀を舞台に選び、そしてまたその陰鬱な中世の
雰囲気を怪しくも美しく描いた良作です。

そんで映画版「フロム・ヘル」。

19世紀末ロンドン。
謎の連続猟奇殺人鬼「切り裂きジャック」を
アバーライン警部が追うことになる…
ってなあらすじです。

急に投げやりになってるのはね、そりゃ原作者の
アラン・ムーアもブチ切れるよって酷い内容で。

原作において重要なキャラ、画家ウォルター・シッカート、
霊能者ロバート・リーズ、弁護士モンティ・ドルーイットが
一切出てこないし、主人公フレッド・アバーラインの
レイプっぷりがこれまた酷い。
なんか重度のアヘン中毒者で、彼の「幻視」によって
次々と事件の全貌が暴かれいくとか、あと彼の妻である
「エマ」もまた原作では重要な役なはずなのに出てこないし
(ていうか死んでる設定)、あと警察引退後は探偵社に
務めてるっていう史実もあるのに勝手に殺すなよ!?とか
酷い酷い。
そもそもウォルター・シッカートの存在と、
クラレンス公の隠し子アリス・マーガレットの
その後のストーリーがなければアラン・ムーアの
「フロム・ヘル」も存在しなかったってことになるのに、
それすらもラストで否定しちゃダメじゃね!?

それ以前に、「原作にこんなシーンなかったよ!?」って
突っ込みよりも、「原作にあったシーンを探す方が難しい」
ってどういうことなの…

アラン・ムーアが作品のテーマとして掲げたのは
「膨大な量の事実・証言・資料・検証それらの
ノンフィクションを独自に解釈し、一つの壮大な
フィクションをでっち上げる」ということであって、
勝手に実在の人物を死んでないとこで殺しちゃったり、
「死体を囲むように置かれたコインの配置…これは
フリーメイソンの五芒星!」とかあることないこと
勝手にやってりゃいいわけじゃないよね!?

そしてまた、原作者が描いたのは「切り裂きジャック」の
掲げる「闇の業」やその彼に翻弄又は狂騒する人々、
それらを通じて血塗れの新世紀を目前に構えた
陰鬱な中世末期の空気と雰囲気の全てであって、
とてもじゃないが二時間に収められるわけがないよねって
消化不良が目に見えてしんどかったです。
思い出したようにクライストチャーチ聖堂のカットを
合間合間に挟んでこられてももう苦笑するしかないよ!

そんなわけで開始三十分から早速逃げ出したくなる、
「早く終わってくんねえかな」と終始退屈な
実にしんどい二時間超の作品でしたクソがぁ!!

大幅な原作改変であっても、リスペクトが感じられたり、
あるいは事実と独自の解釈を踏まえた「もう一つの
切り裂きジャック考察」ならまだ受け入れる余地は
あったのだけれど、流石にこれはない、ないよ…
素直に全十回ぐらいのドラマにしとくべきだったよね。

一体誰と戦ってるの…!

アラン・ムーアの「フロム・ヘル」に
魅せられて以来、ここ最近になって熱烈に
現代猟奇殺人の系譜を読みふけるように
なってしまったわけですが、その中に
「ラリー・フリントを不具にした」という
男が一人いて、最近の「ゾンビランド」での
活躍も記憶に新しいウディ・ハレルソンが
主演を務めた「ラリー・フリント」なる
映画があるってなわけで、二つの線が繋がった!
そんなわけで本日はこの作品のレビューをば。

本作はポルノ雑誌「ハスラー」を立ち上げた
実在にして今なお健在の人物、ラリー・フリントの
波乱万丈に満ちた半生を追った実話物。

禁酒法を力強く生き抜いた幼年期を経て、
ゴーゴークラブのオーナーとなるも、不況の波を
受けて減った客と収益を取り戻す方法として思いついた
のが、後の彼の人生を大きく変えた、設立当初は薄い
会報だったという情報誌「ハスラー」の発行。
しかし売上が芳しくなく、よもやこれまでかと
いうところに舞い込んできたのが、ケネディ大統領の
元ファーストレディの盗撮ヌード写真の売り込みだった。
かくして「ハスラー」は全米を揺るがすほどの話題で
彼は一躍億万長者となるが、同時に当然の如く
キリスト派やフェミ団体からは不買運動と裁判に見舞われ、
また何者かの銃弾により半身不随に追い込まれてしまう。
数々の敗訴や彼自身の奇行により刑務所や精神病院を
行ったりきたりする間に、妻はドラッグに溺れ
エイズにも侵されるが、それでも彼は出版社社長の座を
明け渡そうとせず、裁判で頑なに暴言を撒き散らし続ける。
やがて高名な牧師をも巻き込んだ最高裁は、
アメリカという国の言論や表現の自由を巡った
一つの戦争としての様相をあらわにしてくる…
ってなもんで、とにかく自重の二文字を知らない
ブレーキの壊れたガイキチ男・ラリーを演じる
ウディ・ハレルソンがこの上なくハマリ役。
彼をデュオニュソスの右脳的存在とするなら、
アポロンの左脳的存在として対象に配置された、
お抱え弁護士アランを演じたエドワード・ノートンの
繊細かつ饒舌な演技も実に精彩を放っています。
疾走した末に若くして燃え尽きたカート・コバーンの
妻として知られるコートニー・ラヴがラリーの
妻役・アルシアとして出演していて、こう言っちゃ
なんですが実生活の経験によるものなのか、
堂に入った演技で彼女もまた実に見ごたえがあります。

ただね、製作にオリバー・ストーンの名前が
入っていることの色眼鏡で見てしまう補正かも
しれませんが、例えば邦題の「ラリー・フリント」
だったならば特に内容は問題なかったように思います。
けれども原題は「The People vs. Larry Flynt」。
本作においてはラリー・フリントに主にフォーカスが
置かれ、彼こそメディアを代表してアメリカの
言論と表現の自由を勝ち取った英雄の一人、という
一大感動ストーリーの描き方には若干疑問が残ります。
確かにキリスト右派やフェミニストたちと
その思想に侵された者は、彼に不当な弾圧と判決を
下したクソッタレ野郎どもかもしれない。
けれども、古き善きアメリカの、人間の本来持ち合わせる
良心もまたないがしろにすることはできないし、
「戦争を正当化しポルノは禁止するのか」という
ラリーの言い分は雑誌に対する方便ではなかったのか?
そしてまた、たまたま最後に勝ち得ただけで、
彼はメディアの代表者等ではなく意地に凝り固まった
ただの奇行に走った偏屈な男ではないのか?
といった、観客に「お互いの言い分を考えさせる
余地」をなるべく排除しているような節を感じ、
例えばもう1時間上乗せしていいから、俺はもっと
ラリーと対決することになる各団体や牧師、
銃撃したKKKとナチ信奉のクソ犯罪者の輪郭を
掘り下げて欲しかったんだよ!と思いました。

けれどもこれだけグダグダ管を巻くってことは
それだけ作品が面白かったということに変わりは
ないし、ポルノ万歳!ゴッドブレスユーアメリカ!と
短絡的にはなれないという懐疑の余地を自分自身に
残す結果となったし、加えてこれら一連の事件に
興味を持てるようになったという意味ではやはり
本作を観た意義は大いにあったという気もするわけです。

風向きが変わるのを待つ

「ミックマック」で「ジュネ作品に外れなし」を
確信して、今まで手付かずだった彼の長編映画
デビュー作「デリカテッセン」を鑑賞
しましたので本日はこのレビューを行います!

核戦争により世界は崩壊し、残された人々は
ある者は廃墟に、ある者は地下に住み、植物も
動物も育たぬ不毛の地で食料不足にあえいでいた。
ある時、一階に「デリカテッセン」の明りが灯る
アパートから、ゴミバケツに隠れて
逃げ出そうとする男の影が一つ。
肉屋の主人は見透かしたように高笑いを上げると、
男の脳天に肉斬り包丁を振り下ろすのだった―――
数日後、「新聞の広告を見た」と小柄な男が雑役夫の
アルバイトを希望に件のアパートへとやってくる。
住人は口々に囁いた。
「新入りはどうだ?」「少し痩せているな」
「もう二日も肉を口にしていねぇ!萎えちまう!」
果たして彼もまた「デリカテッセン」に
並べられる運命となってしまうのか…?
というのが大まかなあらすじです。

ジャン=ピエール・ジュネ作品の原型にして、
全ての要素が詰まっていると言っても
過言ではない本作品。
べとつくような質感の色彩とアートワーク、
小道具を用いた愉快なギミック、
皮肉たっぷりの寓話めいたストーリーは
既にこの時点で確立していることがわかります。

主演は実は「ミックマック」までの時点で
ジュネ作品で皆勤賞と知ったドミニク・ピノン。
「エイリアン4」では車椅子男、
「ミックマック」では人間大砲だった
(「アメリ」はどんな役だったか流石に失念)、
あの言っちゃ悪いけどぶちゃいくな小男が主人公!
世界の終末にあって人間の心を忘れない、
人々を喜ばせることを自分の楽しみとする
元芸人というキャラクターを演じます。
あの面構えで!しつこいですねごめんなさい。
しかし、ジュネ作品のどのキャストにも
共通して言えることですが、胡散臭さ全開の
一癖も二癖もある面子が愛嬌たっぷりに
振舞う様子を見ていると、いつの間にか
たまらなく愛しくなってくるから不思議。

そんで「ジュネってもしかしてメガネフェチ?」
って思わせられるヒロインがメガネっ娘。
自分のメガネ姿にコンプレックスを持ち、
ルイゾン(主人公の名前)をお茶会に誘い、
彼に気に入られるためにメガネを外した状態で
一生懸命シミュレートする姿はとっても
キュートで思わずローリングすること請け合い。
おのれ許さんぞルイゾン!

その他ヒロインの父である肉屋の主人、
ヒロインにぞっこんの郵便屋、
自殺願望のある金持ちの貴婦人、
地下でカタツムリを食って餓えをしのぐ
キチガイじいさんから下水道に住む
なんかよくわからない一団まで、
皆狂ってんだけどどこか憎めない面子で一杯。

作品からは「戦場のピアニスト」を寓話として
ディフォルメしたようなテーマを感じ、
人間性善説と性悪説を対極に置き、
人間同士がお互いに殺し合い、末には
共食いを始める狂った世の中において、
人間が人間らしくある最後の拠り所は
やはり芸術しかない…ということを
反戦の臭いも感じつつ思わせられます。

話の本質自体は結構重いことやってるのに、
観客は作中にバラ撒かれた遊び心やジョークにより
目で楽しむことで全体をすんなり受け入れられる、
というのはやっぱり監督の才能なのでしょうね。

「デリカテッセン」や「エイリアン4」の実績から、
当時「アメリ」発表の際も彼を知る者からは
「どうせろくでもないゲチョゲチョのグロなんだろ?」
と思われていたらちょっとヘンテコな上質な
ラブストーリーで皆が腰を抜かした、ってのも
頷ける内容で、できれば「アメリ」前に
リアルタイムで遭遇してたらもっと面白かったなー、
と少し悔しい思いをした、これもまた良作でした。

マチェーテ やればできる子

ロバート・ロドリゲス最新作「マチェーテ」が
ついに封切り!ってことで行ってきましたよ!

メキシコ連邦捜査官・通称”マチェーテ”は
麻薬王トーレスを執拗に追うが、逆に
彼の罠にかけられ妻と娘を虐殺されてしまう。
それから三年後。
彼の処刑から命からがら逃れたマチェーテは、
不法移民としてテキサスで日雇いの仕事をしていた。
そこへ謎の男・ルースが現れ、15万ドルで
マクラフリン上院議員を狙撃するよう要請する。
しかしこれまた罠だったうっかりマチェーテさん、
依頼人の手で直々に下手人として明るみに
出されてしまい、方々から命を狙われるハメに。
マチェーテは自分を狙う敵が何者かを追ううちに、
やがて議員や麻薬王を太いパイプで繋ぐ組織と
メキシコ移民たちを巻き込んだ壮大な戦争へと
発展していくのだった…
というのが大まかなあらすじです。

ロドリゲス自身が気に入ったのか、はたまた
観客からの反響が大きかったのか、元々は
「グラインドハウス」企画のフェイク予告編という
ジョークが発展して映画化に至ってしまった、
「色んな映画にチョイ役で出てきては強烈な
印象を残す男」ダニー・トレホ主演の本作品。

仇役としてスティーブン・セガールに
ロバート・デ・ニーロ、ヒロイン役には
ジェシカ・アルバやリンジー・ローハンといった
名だたる面子が顔を並べ、お前らもうちょっと
仕事を選べよと言いたくもなりますが、
端役が「あ、この顔どっかで見た気がする」
というようなキャストで固められてるのがいい感じ。
特に中盤、教会でのジョン・ウーっぽい(笑)
ドンパチで対決するのはロドリゲス作品お馴染みの
チーチ・マリンとトム・サヴィーニ。
言い方は悪いですがこんな二人に盛大な見せ場を
用意するとか、ロドリゲス作品知ってる人なら
吹けるけどそうじゃない人には「?」だよ!

しばらく見ないうちにえらい肥えて冴えない風貌に
なっちゃったセガールとか、「スパイキッズ」で
ジュニ役を演じたダリル・サバラもいつの間にか
随分大人に成長しちゃってまぁ…と、キャラの
向こう側の役者を観るという意味でも
なかなか趣深い映画だったりもします。

ストーリー自体は、マチェーテさんの
リベンジムービーってことになるの?かな?
ってな感じだけどまあ当たり前のように中身
カラッポだしあとお前ら人殺しすぎだろってぐらい
人死にまくる映画なんでとりあえず場当たり的に
ヒーハー!って叫んでりゃそれでいいと思います。

この辺はボンクラ映画を作らせたら右に出る者は
いないであろうボンクラロドリゲスが作っただけ
あって、B級臭さがいかんなく発揮されています。
キャラクターを適当にバラ撒いていると
見せかけて実はそれなりに計算尽くで、
でもシーンの要所要所では「お前こういう画が
撮りたかっただけだよね」っていうバランスが
それぞれ絶妙に絡み合って見事なボンクラ具合を
醸し出すことに成功しています。
要所要所で当然おっぱいも出てきますが、
観客的にはロドリゲスの趣味っていうより
「監督頑張ってんなあ」って感じで微笑ましいし。

本気でやるのかどうかはわかりませんが、
ラストで続編(ていうかトリロジー構想)を
ほのめかしてたりもするんで、次はいよいよ
弟役でバンデラスも登場なるか!?とか
今度はマッグローファミリーとかも登場させて
「マチェーテ」もロドリゲス&タランティーノ
ムービー世界にリンクさせようぜ!とか
思ったりもしないこともないですが、
そんなことは置いといていいから早く
「シン・シティ2」作れとも思います。
すでに5年も待たされてるけど本当に出んのこれ。

カミサマ、降臨!

うういかんいかん、忙しさにかまけていたら
後編を上げるのに間が空いてしまいました。
てなわけで最新作「トイストーリー3」の
レビューを行いますよー。

時が経つのは早いもので、アンディは大学生へと
成長し、親元を離れ寮に入ることとなる。
それに伴い、彼は部屋の物を寮行き、屋根裏行き、
ゴミ箱行きに仕分けすることを迫られ、彼は
長年道具箱に仕舞っておいた玩具は相棒のウッディ
のみを持ち出し、残りは屋根裏に仕舞うこととする。
ところが無造作にポリ袋に入れられた玩具を
母親がゴミと勘違いしてしまい、捨てられるのを
よしとしない彼らは幼稚園行きの段ボールの中に
潜りこみ、新しい土地を目指すこととなる。
「ただの勘違いだ、君たちは捨てられない」と
ウッディが説得する間に、彼を乗せたまま
母は幼稚園へと車を走らせてしまうのだった。
くまのぬいぐるみ・ロッツォがリーダーとなり
玩具たちをまとめているその新天地は、
彼らにとってまるで夢のような楽園であった。
だがしかし、ロッツォの指示によって配属された
「いもむし組」で、彼らは理想とはほど遠い
現実とその裏の闇を思い知らされることになる…
というのが大まかなあらすじです。

前作からは約10年ぶり、無印から数えると
足かけ15年にも亘る待望の最新作となる「3」。

当時のスタッフはもはやレジェンド級の
大人物となっているため、おそらくはかつて
当時「トイ・ストーリー」を観てこの道を志した
という者も多いであろう、新しいスタッフの手により、
最新のCGアニメ技術で製作された作品だけあって、
前作・前々作と比べるとはっきりわかる
画像の鮮明さや動きの繊細さの違い。

さて置き、今回のストーリーのキーはと言うと、
やはり当時リアルタイムで観ていた子供を
メインターゲットに据えているのか、
大人向けのとてもシビアな内容になっています。

家族の手違いにより玩具たちが向かった先は幼稚園、
そこで玩具たちのリーダーを務めているロッツォは
クマの可愛らしい外見も相まって頼りがいのある
パパという印象を持たせるが、過去のとある事件から
彼は自分自身も含め全ての玩具に憎しみを抱いている。
そして自らと側近の身を安全な「楽園」に置くため、
バズたちに酷い汚れ役を押し付けるのだった…
というディストピアっぷりが酷いし、これら
一連の描写が長いので正直かなりしんどい!

無印でシドに虐げられていた玩具たちも、
醜い姿に変えられながらお互いに助ける心を
決して忘れることはなかったという描写に対し、
本作の子供たちから正しく可愛がられるためなら
他の玩具を押しのけても構わないという描写は、
玩具の国は皆が仲良く手を取り歌っているという
理想からは大きくかけ離れていてショックを受けます。

とは言えラスト、童心に帰ったアンディと
心優しき内気な女の子・ボニーの心の交流は
涙なくして語れない美しさ。
ちなみにこのボニーの持ってるぬいぐるみに
「大トトロ」がいるのは日本のファンにとって
うれしいと同時になんというか卑怯。
特に目立った活躍はしないのだけれども、
その存在感から強キャラ臭が凄いし、親近感から
(やっぱりうちにある玩具も俺がいないうちに動いて
いるのかも…!)という妄想を掻き立てられます。

なかのひとはまとめてガッと観てしまったんで、
やっぱりリアルタイムで追いかけてる人の
「やっと来てくれたか!」感の補正がこれっぽっちも
かかってない分、色々と思うところもあるのですが、
それでも「映画の三作目にアタリなし」が定石の中、
これだけの完成度を出したというスタッフの
執念にも似た意気込みには感服せざるを得ません。

無限の彼方へ!

「トイ・ストーリー3」のレンタルがついに
開始されたってなわけで、1・2合わせて
視聴しましたので、このシリーズを
前・後編に分けてレビューしたいと思います!

まずは無印から。

アンディ少年の家族は引越しを間近に控えたため、
彼の誕生パーティを一週間前倒しで催す。
アンディのかけがえのないパートナーである
カウボーイ人形のウッディをはじめとして、
彼愛用の玩具たちは近所の子供たちが
持ち寄ったプレゼントから新しい玩具が現れ、
彼の興味が移ってしまわないかとハラハラしていた。
その心配は見事的中し、最後の包みから
最新のアクションフィギュア、スペースレンジャー
「バズ・ライトイヤー」が姿を現す。
多彩なギミックを搭載したバズはアンディに
大層気に入られ、また他の玩具も次第に
ウッディよりバズに信頼を寄せるようになる。
これを快く思わないウッディはバズを家から
追い出そうと試みるが、これが裏目に出て二人は
隣家に住む乱暴な小僧、玩具たちからは「悪魔」と
恐れられるシドに捕まってしまう…
というのが大まかなあらすじです。

ディズニー初のフルCG長編アニメーションという
鳴り物入りで登場し、大成功を収めたことで
まさにアニメの新たな可能性を示し、
新たな歴史の一歩を記した金字塔的作品。

「実は玩具には命があり勝手に動き出す」という、
子供時代ならば誰もが空想・妄想する設定を
下敷きに、それこそ文字通りおもちゃ箱を
ひっくり返したような遊び心満載の
ストーリーを展開させるのですが、
話全体は通して見ると玩具らしくマクロ。

それだけにテーマもしっかりしていて、
ウッディとバズ、二人のライバルが
やがて熱い友情を育むという王道ストーリーに、
アンディの寵愛を受けたいがために
必死になるウッディと、自分自身が
「スペースレンジャー」などではなく
ただの玩具だと少しずつ気づかされていく
バズという描写が絡み、それぞれの悲哀が
たまらなく切なくそして愛しい。

加えて本作のラスボス、悪童シド。
子供の頃は程度の差こそあれ駄菓子屋の
火薬やら花火やらを買っては何でも
爆破しては猿のように喜ぶもんだったし、
彼も特別サイコ野郎ってわけでもないと
思うんですが、それはさておき
「おもちゃは大切にしよう!さもないと…」
というオチをつけることで、物の大切さを説く
子供の教育や道徳的にも良くできた作品です。

そして、本来はビデオセルのみの予定が出来の
良さから劇場版に昇格されたという逸話を持つ続編。

引っ越した先の新居でウッディとバズは、
新しい家族として増えた犬のバスターも加えて
玩具同士皆仲良く、平和な暮らしを謳歌していた。
しかし母親がガレージセール用にと外へ持ち出した
古い玩具を助けるためにウッディが後を追った際、
彼はヴィンテージコレクターの中年・アルに
目をつけられ、隙をついて窃盗されてしまう。
これを知ったバズは、かつての恩義に報いるために
立ち上がり、かくしてウッディ救出のための
捜索隊が組まれることとなる。
一方、ウッディは自分が超レアアイテムであることを
知ると同時に、同じシリーズの玩具である
ジェシー、ブルズアイ、プロスペクターから
「日本の玩具博物館行き」の話を聞かされる。
ウッディは必死で引きとめようとするジェシーたちと、
アンディの家に帰らなければならないという
想いの間で板ばさみにされることに…
というのが大まかなあらすじです。

個人的には一番お気に入りなのがこの「2」。
続編にあたり話のスケールもアップ!
舞台はアンディの家から大きく離れた場所にある
おもちゃ屋や高層ビルにまで広がり、そして
新キャラとしてウッディとは「同シリーズ」
という形でリリースされた人形も現れます。

ストーリーは「玩具もいつまでも一人の主人に
遊んでもらえるわけではない」という、玩具に
とっては避けては通ることのできない道を前に
苦悩するウッディと、真の勇者として恥じない
正しき心と勇気でもって決死の救出作戦に
挑むバズという二つの視点で話が進みます。

そしてこのお話のメインに絡んでくる
新キャラのおてんば娘・ジェシー、
風のように疾き馬・ブルズアイ、
在庫常連のジジィ・プロスペクターの
キャラ設定と造形がとにかく魅力的。

暗い倉庫に戻るのはもう嫌だと駄々をこねる
ジェシーや、自分がレア人形であることに
異様なプライドを持つプロスペクターが
(彼だけは箱付きの完品であり、ワゴンや
在庫常連だったことが伺えるのも素敵)
あの手この手で時には汚い手も使って
ウッディを引きとめようと画策するのですが、
彼らの過去を顧みれば固執するのは仕方ないし、
どうしても嫌いにはなれないのですよね。
それにしても前作で嫉妬に狂ってトラブルに
発展させたのはウッディだし、この「ウッディの
ラウンドアップ」シリーズのキャラって結構
性格歪んでるんじゃ…という気もしないことも。

さておき、本作の教訓は二つ。
「ヴィンテージ嗜好もほどほどに」と、
「玩具は遊んでナンボ、玩具も遊ばれてナンボ」。
大人のオタともなると、玩具をブリスターや
アクリルケースに仕舞ったままニヤニヤ
眺めるか、さもなくば箱で積んだままにしてしまう
というのが常になってしまいがちで、
本作を観たことで改めて初心を思い出させられました。
このテーマこそ、2が一番好きだと思う要因です。

あと、前作からウッディと陶器人形のボーという
女の子が良い仲で、加えて本作ではバズが
ジェシーにちょっとした興味を抱く描写が。
メリケン得意の奔放なクロスオーバー感覚で
製作者もそこまで特に意識はしてないんでしょうが、
子供には変な性癖が植え付けられそうですよね!
ウチのケースに一緒に飾ってあるバンブルとドロ様も
夜中になかのひとが寝てる間に知らないとこで
くんずほぐれつしてたりするのかもしれないとか
妄想が膨らんでしまうじゃないですかはぁはぁ。
…皆考えることだよね?変なことじゃないよね?

そんなわけで中身がしっかり詰まっているだけに
二作まとめてとなるとえらい長いレビューに
なりましたが、後編は最新作「3」について!

地雷を踏んだらサヨウナラ

てなわけで本日は「アメリ」とか
あと「エイリアン4」でも知られる
ジャン=ピエール・ジュネ監督最新作
「ミックマック」のレビューをします!

幼少の頃、地雷事故によって父親を亡くした
バジルは三十年後、マフィアの抗争中の
流れ弾を頭部に受けたことで銃弾が頭に残った
ままの身体にされ、その間に家も職も失ってしまう。
中途半端な芸で日銭を稼ぐホームレス生活の最中、
バジルは「ギロチンの事故で死を免れたことで
死刑から恩赦を受けた」ことが自慢という男から、
ガラクタの山の中に秘密基地を構えて
ガラクタ修理工場を営む奇妙な一団を紹介される。
それぞれ変わり者だが何か一つの技能に長け、
そして何よりも人情に溢れた温かい彼らの助力を受け、
バジルは父を殺した地雷の兵器企業と、
自分の頭に弾を撃ち込んだ銃の兵器企業、
それぞれに自らの命をも賭した、一世一代の
とある「悪戯」を仕掛けることになるのだが…
というのがおおまかなあらすじです。

「アメリ」同様、出てくるキャラクター誰もが
変わり者で今ひとつ社会には馴染めないけれども、
皆幸せになるために必死に生きている様を描き、
最後にはとても温かい気分にさせられるコメディ。
古い童話を思わせる独特の色彩とアートワークも健在です。

「社会から爪弾きにされたガラクタたちが結束して
悪い奴らをとっちめる!」という一本道の寓話で、
解説はほぼネタバレを含み多くは語れないのですが。
個人的に好きな故事成語「鶏鳴狗盗」のように、
何か一つ芸に秀でていれば必ず何か、誰かの
役に立てるという話は「自分も頑張ろう!」という
気にさせられつつも、ガラクタの中で生きる彼らを見て
「そんなに肩肘張らなくてもいいんだよな」という
気にもさせられるという絶妙なバランス加減が良い!

どんなに金を持っていてふんぞり返っていても、
地雷を踏めば、銃弾を受ければ人は平等に死ぬのだ
という風刺や、そうして人を殺すのに火薬は
いらぬのだとバジルたちが最後に持ち出した
「現代の武器」の設定も素晴らしい。
「ペンは剣よりも強し」ンッン~名言だなこれは。

絶妙なバランス加減は作品のテーマにも表れていて、
「戦争は悲しい、兵器は命を奪う!」としながらも
「でもマジになるなよ」とも言われているようで、
その余裕が何とも力強く、頼もしく思えて、
最後には善き人が勝つのだという気にさせられます。

あと、ガラクタの一団の中に「物を一目見ただけで
サイズや重量が一瞬でわかる」という特技を持つ
「人間測量計」なるメガネっ娘さんがいるのですが、
このメガネッ娘さんがなんでかわからないけど
可愛い上にエロオーラに溢れまくってて。
正直ちんちんに悪い。
ヒロイン枠の軟体さんも最初はなんかスレた
ババァだなあって印象から、そのしなやかな
肢体を使ったアプローチでどんどんエロスを
感じてくるようになるし、皆の料理当番役である
パスタママみたいなオカンすらも奔放っぷりから
可愛さを感じるようになる始末。
ガラクタの一団は全員一癖も二癖もある奴らばかりで、
死にキャラ・捨てキャラは一切存在しません。
この強烈なキャラ付けは是非見習いたいところがある。
あと「人間大砲」の人が見覚えある顔だと思ったら
やっぱり「エイリアン4」の車椅子の人で。
フリークス演じるのに定評のある人やでぇ…

フォースの加護があらんことを!

毎月1日は映画の日!ってんで本日は
地元の単館系映画館に同じタイミングで回ってきた
「ヤギと男と男と壁と」「ミックマック」の
二本が面白そうだったので観てきたわけですが、
両方とも根底のテーマに通じるものがあってびっくり。
そんなわけで本日は「ヤギと男と~」の
レビューをしたいと思います!

地方紙の記者・ボブは妻との離婚から自棄になり、
まさに戦争真っ只中のイラクへと取材に旅立つ。
そこで出会った男、リン・キャシディはボブが以前
耳にした「政府直属・極秘の超能力部隊」という
トンデモ話の中で、最も優れた能力の持ち主の名として
挙がっていたことを思い出し、彼に取材を申し出る。
ボブとの出会いを運命的なものと直感したリンは
彼を連れて一路イラク内地へとひた走る。
そして彼と彼にまつわる「超能力部隊」の歴史と実態が
一つ、また一つとリンの口から明らかにされていく…
というのが大まかなあらすじです。

実在したとされる「アメリカ超能力部隊」を
記したという本を原作としたコメディが本作品。
ジョージ・クルーニーにユアン・マクレガー、
ケヴィン・スペイシーに、それから最近念願の
アカデミー男優賞を獲得した、現在ハリウッドで
最も注目すべき男の一人、ジェフ・ブリッジスを加えた
無駄に豪華なキャストが揃った作品でもあります。

超能力を使えるという胡散臭い役に
ジョージ・クルーニーをあてがうというのは
当然の判断でありハマリ役なのですが、
それ以上にユアン・マクレガーの立ち位置が濃過ぎて。
比喩でも脚色でもなく、本当に作中でそのままの
言葉として語られるのですが、アメリカは
超能力者育成プランを「ジェダイ計画」と名づけ、
超能力者たちはそれぞれ「善のフォース」を使い
世の中を良くするために尽くすよう命じられる…
ってんで、つまりユアン・マクレガーは
役者ネタ使った壮絶な出オチだよね!?というね!

とは言えやはり「超能力部隊」というネタは
物語のためのフリでしかなくて、実際に
アメリカにトンデモ部隊は存在したのか!?とか
彼らは本当に超能力が使えたのか!?とか
そんなことはさして重要ではないのですよね。
行き着くのは「人生の何を目標とするのか、
何の意味を持たせるのか」ということや
「どうしたら人間から戦争をなくせるのか」
ということであって。

ベトナム戦争映画や「ハートロッカー」みたいな
シリアスな作品を観るとクソッタレな現実に
辟易しますが、一方ではヒッピーそのものに
LSDをキめて踊り狂い、そうして得た能力で
ヤギを殺したか殺してないかで心痛する、
そんなたまらなく愛しい奴らを描いた作品を
観るとうっかり騙されたくなるし、なんだか
まだまだ人類何とかなるんじゃないかという
気もしてくるってもんです。
プロフィール

マイケル・チバ

Author:マイケル・チバ
シルバーレイン
マイケル・チバ(b30277)
薬師寺・米(b41960)
を経て、
現在はエンドブレイカー!
マーヴィン・ジェント(c06527)
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