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心の声を聞け

コーエン兄弟作品を気が向いた時に
チマチマと手をつけているのはいつもの通り、
本日鑑賞したのは「ブラッド・シンプル」
「赤ちゃん泥棒」に続いてデビュー三作目に
あたる「ミラーズ・クロッシング」。

禁酒法時代のアメリカのとある街。
アイルランド系マフィアにして街のボス
であるレオの下へ、最近めきめきと
頭角を現し、彼の地位をおびやかしつつある
イタリア系マフィア・キャスパーが
「八百長の情報を横流しするノミ屋・
バーニーを消したい」と伺いを立ててくる。
しかしレオはバーニーの姉・ヴァーナを
愛人として囲っており、彼はキャスパーに
バーニーを頑として引き渡そうとはしない。
レオの優秀な右腕であるトムはバーニーを
引渡し戦争だけは避けるべきだと提言するが、
そんな彼自身はヴァーナと密通しており、
またキャスパーと繋がりのあるノミ屋に
競馬での多額の借金を抱えていることもあって、
思うように身動きがとれない。
レオは抱え込んでいる市長や警視をも動員し、
キャスパーはまた報復としてヒットマンを
レオに差し向けるという共倒れ寸前の
事態を前に、トムのとった行動とは―――
というのが大まかなあらすじです。

前二作からもわかる通り、コーエン兄弟の
得意とする「コメディタッチのスリラー」
「スリラータッチのコメディ」とは
一線を隔したハードなギャング映画の本作品。

様々なキャラクターがひしめく舞台設定と
プロットが優秀ならば、主人公であるトムが
常に計算高く冷静で、しかし冷徹には
なりきれず、女にはだらしなくギャンブルの
才能も全くの皆無、それでも最後に
決めるところはキッチリ決める…という
ハードボイルドの教科書を地で行くような
造形がそれ故に大変魅力的。

風に舞うようにして運命に翻弄される男が、
薄氷のように危ない橋を渡り続ける様を
描いていくのですが、「たまたま神に
愛されるかどうか」が生死の境を分かつような
コーエン節は「ブラッド・シンプル」同様
既にこの時点で完成しているように思えます。

主人公以外にも街の二大巨頭や
二人の男の間で揺れる女、キャスパー側の
トムと同じく優秀な右腕役等
魅力的なキャラが多数溢れているのですが、
その中でも見所があるのはやっぱり
後にコーエン兄弟作品にて常連となる、
クズのノミ屋・バーニーを演ずる
ジョン・タトゥーロと、その彼とつるむ
ゲイの同じくクズのノミ屋・ミンク演ずる
スティーブ・ブシェミじゃないでしょうか。
ブシェミは画面に初登場した瞬間
なんでか吹かされてしまう出オチ感すらある
存在感は相変わらずですし、
タトゥーロは「こんなクズ見たことねえ!」
ってな映画史上稀に見る糞野郎を
実に自然体で飄々と演技しています。

コーエン兄弟の作品は既に八割九割
手をつけてしまっているのですが、
それにしたっても一定の水準以上で
「あ、こんなのまで作れちゃうんだ」
と改めて思い知らされるとは、
コーエン兄弟やはり恐るべし。

そうそう、作品の途中で警官隊と
マフィアが銃撃戦を繰り広げられる
シーンが唐突に挿入された上、
二丁拳銃のオッサンが応戦した挙句
蜂の巣にされるとこが微妙に尺長く
取られてるんで観客的には頭に
「?」が点灯するのですが、
スタッフロールでこのオッサンが
カメオ出演のサム・ライミと知って
吹かされました。意味わかんねえよ!
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ホスピタル病院

親父が借りてきたんで自分じゃ
まず借りないだろうし観ておこうってんで
スティーブン・セガール主演
「斬撃-ZANGEKI-」を鑑賞したら
ある意味予想通りガッカリして
そのガッカリを書き留めておくために
今回レビューで記事にしまーす。

謎の感染症によって世界中にゾンビが
徘徊するようになった現代。
そんな中、武器を手に取り奴らを
狩る「ハンター」が生存者を探しに
向かった先は病院だった。
しかし現地の捜索隊のそんな動きは
露知らず、行き違いにより軍上層部は
周辺一帯の爆撃を要請する。
果たして生存者とハンターたちは
タイムリミットまでに病院から
脱出することができるのか!?
というのが大まかなあらすじです。

セガール主演のゾンビ映画ってんで
誰もがセガール無双を期待すると
思うんですが、実際蓋を開けてみると
セガールのハンターサイドと
生存者サイドを二つに分けて、
生存者サイドがのったらくったら
病院内を徘徊して回るので退屈
この上ない映画になっております。

例えばロメロ映画のように、
初めに人物の造形を深めておいて
「あーこいつ早く死ねばいいのに」
「この人には死んで欲しくない」といった
キャラに対する愛着、感情移入を
本作はこれっぽっちも加味する気がなく、
取り立ててキャラが立ってるわけでも
ないので「別に誰が死んでもいい」という
緊張感ゼロで「え、そこであんたが
死んじゃうの?」ってな状態が大半。

これだったら、例えば序盤早々に
生存者とハンターが合流して、
でも保護した奴らは数人の女子供や
正義漢を除いて本当どうしようもない
チンピラばっかでセガールは彼らを
なだめつつも前進するが奴らは自分勝手な
行動により一人一人勝手に自滅してって
挙句の果てに女を連れて逃走する奴まで
出てきて最終的にセガールはその
チンピラをも殴り殺すのでした、
とかの方が収まりが良かったと思います。

セガールが「ハンター」として活動してるのと
爆撃の制限時間があるってのも設定として
噛み合ってなくて、病院でいっくら
セガールが仕事しても爆撃しちゃうなら
意味ないよね?というのも辛い。
ゾンビが山盛りてんこ盛り、絶対絶命!
というタイミングで彼らの元に無線で
「軍が爆撃機を差し向けた、早く逃げろ!」
ってなシチュならまだわかるじゃないですか。
なんか裏で軍が淡々と動いてるのをハンターは
知らされずに延々ゾンビ狩ってんですもん。
セガールが生き残るなんてのはわかりきってるんで、
観客的にはこの作品の製作者たちは一体
何処まで緊張感を削げば気が済むんだろう
という気にもなってきますさ。

作品評価は何処のサイト見ても
軒並み最低点つけられてるわけですが、
まあしょうがないよね!
セガールが延々ゾンビ殺してる、本当に
ただそれだけの作品だったらまだ致命傷には
ならずに済んだかもしれないのに。

ビバ・ラスト・ブルース

気がついたら更新の間がすげえ空いてた!
不定期にした途端こうなるもんなのだね。

さておき、「ひとりぼっちの青春」同様、
「凹む映画」を漁っててその一つである
「リービング・ラスベガス」を鑑賞
しましたので本日はこのレビューを
行いたいと思います!

ロス在住のベンはアルコール中毒者。
女房には逃げられ、脚本家の職も
追われた彼は「一ヶ月の間、ただ
ひたすら酒を食らって死ぬ」ために
家財を一切処分し、着の身着のまま
一路ラスベガスを目指す。
そしてほんの一時間、行きずりの
娼婦サラと付き合っただけで
二人は恋に落ちる。
やがてサラは彼氏でもあるポン引きの
ユーリが仕事のトラブルから殺され、
心の寄り場をなくした彼女はベンを
自宅へ呼び寄せ同棲を申し出る。
ベンはアル中の自分が荷物になることは
彼自身がよくわかっており、最初は
渋るが、サラもまた弱い人間であり
自分と同類であることを悟ると、
「俺に決して『酒を飲むな』と言うな」を
条件にベンは彼女との生活を受け入れる…
というのが大まかなあらすじです。

ニコラス・ケイジがアル中のダメ男を、
エリザベス・シューが不幸な娼婦を演じ、
ただただ緩やかな死へと向かって抗うことなく
流れていく様を描写したのが本作品です。

一言で表してしまうとするならば、
「太宰治inラスベガス」とでも言うような、
「斜陽」や「人間失格」を連想させる
心が弱い、そして女にだらしのない
男が主人公のストーリー。

さて、そんな最初から一切の光明も
ないように描かれ、最後まで一貫して
救いのない本作で気に入ったのは、
ご都合主義なお涙頂戴ドラマがなければ
何の道徳的価値も持たないところ。
水が低い場所低い場所へと流れていく様を
ごく自然に、当たり前のこととして
徹底的に描いていき、また男と女は
そのなりゆきにただただひたすらに
身を任せるだけで一切抗おうとはしません。

全てを投げ出した男、ベンはそれ故に
自由奔放、語る言葉には一切嘘がなく、
ある種の純粋さや子供の無垢な心すら
湛えているのですが、そこから
斜陽的な美しさを感じてしまったらアウト。
結局、アル中と娼婦がお互いの傷を
舐めあうように馴れ合って、現実と
戦うことを止め人間賛歌も忘れ
自殺行為に走っているというだけに
過ぎないということに気づかなければ
ならないわけで。
けれども、何の因果か落ちるところまで
落ちてしまった二人は宛ても無く
彷徨うが、二人の居場所はこの地球上に
何処にも無く…という様は人間誰しも
心の底に抱える不安や闇、孤独であり、
身につまされる物があってとても切ないです。

しかし何というか、麻薬中毒患者を
扱った「レクイエム・フォー・ドリーム」
同様に、こうした何の道徳観もない
作品の方がかえって酒や麻薬の怖さを
思い知らせてくれる教材になる気が
するのは何故でしょうね!

そして本作のキモである、主人公ベンを
演ずるニコラス・ケイジの鬼気迫る演技!
アカデミーとゴールデングローブを
獲得したのも納得なのですが、
本人はアクションヒーローを自分から
好き好んでよく演じているのは
一連のキャリアからもわかる通り。
こういうどうしようもなく情けない男を
演じさせた方が様になるんですがね…
こういった作品をメインに据えて
実力を存分に発揮すればB級俳優として
見られがちな彼の世間の見方も
変わるんでしょうが、「観客の
観たい物」と「本人の自己実現」は
交わりにくいのもまた世の常。
神様は時に意地悪なことをするものです。

インスタント・ゴッド

ポール・トーマス・アンダーソン監督自身が
「マグノリア」に影響を与えた作品の
一つであると語る、シドニー・ルメット監督
1976年製作の映画「ネットワーク」を
鑑賞しましたので本日はこの作品の
レビューを行いたいと思います!
GWも何処にも行かず・行けず一人引き篭もって
映画鑑賞ときたもんですよ!ケッ!

UBSテレビ局でかつて人気キャスターだった
ハワードは、視聴率低迷と共に
二週間後に解雇との通知を受ける。
自棄になった彼は翌日、オンエア中に
自殺宣言を行い局には苦情が殺到する。
ニュース部門の責任者・マックスは
赤字経営が原因でエドワード会長と
ひと悶着あったことが原因で
捨て鉢になっていた気分もあり、
更に翌日、番組で謝罪させる意味も含めて
もう一日だけハワードに出演を許す。
この騒動に目をつけた野心家の
エンターテイメント部門の新人
プロデューサー・ダイアナと
その上司、フランクは彼を新たな番組で
「預言者」として仕立て上げる企画に
着手し、大成功を収めることとなるが…
というのが大まかなあらすじです。

テレビ局の目的であり、全てを左右する
要素と言っても過言でない「視聴率」に
翻弄される人々を描いたのが本作品。
ニュース番組に人生を捧げ、結果として
ある種の犠牲者となってしまった男と
彼を操る者たちの裏舞台、それに
留まらず男と女の恋慕の情と行き違いまで
描いた上質で贅沢なストーリーです。

「テレビが新しい宗教となる」そして
「国家と個人が存在しない時代」を
皮肉たっぷりに描いているのですが、
面白いと感じる、むしろそれを上回って
寒気すらある恐ろしさを感じるのは、
本作品が世に出て30年以上経過した現代では
これらの話が洒落では済まされない
リアリティを帯びてしまっているところ。

最近では土壌がテレビからインターネットに
移り変わりつつありますが、モニタの
前でどんな陰惨な記事を目にして、映像が
映されても「まあ怖い」の一言で終わり、
巷では神が安売りされ、人々はただ
ひたすらに目先の情報を走狗のように貪る、
確かにそんな馬鹿げた時代になりつつあります。

けれどもこの作品はあくまで極端な
戯画であり、本気で信じ込むことこそ
馬鹿げた話であり、現実もまたこんな
単純ではないと信じたい…という想いが
生まれること自体も最高に皮肉です。
作品中、ただ一人人間としてあろうと
もがく前時代的な古い男、マックスに
僅かな希望が残されているのが
観客にとって救いでしょうか。

幾つかのアカデミー賞を獲得した
というのも納得の作品で、
脚本はその展開に加えて
印象深い台詞回しが素晴らしい。
ハワード演ずるピーター・フィンチが
史上初の死亡後に賞を受賞したり、
マックスの妻を演じた
ベアトリス・ストレイトが
たった5分40秒という短い出演で
強烈な印象を残し助演女優賞に輝く等、
話題の面においてもキャストには
いずれも劣らぬ面子が揃えられています。

TV局の人間が視聴率や話題性を巡り
数々の対立と交錯を深めるドラマというと
後年の「フロスト×ニクソン」なんかを
想起したりするのですが、華々しいショーを
演出するのはやはり人間に他ならず、
その魑魅魍魎渦巻き腐臭を放つ舞台裏を
ありありと描くからこそこれら一連の
作品は面白いと言えましょう。
プロフィール

マイケル・チバ

Author:マイケル・チバ
シルバーレイン
マイケル・チバ(b30277)
薬師寺・米(b41960)
を経て、
現在はエンドブレイカー!
マーヴィン・ジェント(c06527)
にて稼動中。

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