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移転のお知らせ

ここ数年はただの映画レビューブログとして
しか機能していなかったので、改めて完全な
映画レビューブログとして独立するために
心機一転、今回移転を行いました。
ブクマなどで当ブログをご利用されている
ご奇特な方がいらっしゃいましたら、お手数
ですが以下のリンクにご変更くださいませ。
移転先「砂糖に覆われた闇の中で」
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マナーが人を作る

新作映画「キングスマン」を鑑賞してきましたので、
本日はこの作品をレビューしたいと思います!

国家に縛られず、真の「世界平和」のために設立された、
イギリスに本部を置く秘密諜報機関「キングスマン」。
そのエージェントの一人がとある任務中に殺害され、
組織は急遽欠員の補充を迫られることとなり、その一人
として白羽の矢が立ったのが、優秀なキングスマンを
父親に持ち、自身も人並み外れた身体能力と
強固な意思を兼ね備える青年・エグジーだった。
彼が多数の競合相手と共にエージェントの座を
奪い合っている間にも、組織が追う危険人物、天才
発明家の億万長者だが過激思想の環境保護論者・
ヴァレンタインは、奇想天外な方法で「人口調整」を
行う計画を着々と進めていた…というのがあらすじ。

エンタメ業界の鬼才、マーク・ミラーが自ら立ち上げた
「ミラー・ワールド」という共通の世界観の下、「キック・
アス」や「ウォンテッド」といったコミック作品が作られ、
そしてまたそれらを原案にした実写映画が世に送り
出されてきましたが、今回ご紹介する「キングスマン」も
その「ミラー・ワールド」のうちの一つであり、英国紳士の
スパイが活躍するスタイリッシュアクションとなっています。

監督は「キック・アス」の他にも「X-MEN:ファースト
ジェネレーション」の監督で知られるマシュー・ボーンと
いうことでこれはまず外さないだろうと安心して作品に
臨むことができ、キャストは「シングル・マン」や「英国王の
スピーチ」のコリン・ファースを筆頭に、スパイ映画に
おいては彼抜きに語ることはできないボンド俳優の
マイケル・ケインや、モーガン・フリーマンと並び作品に
B級臭を加えるこくじんとして定評のあるサミュエル・L・
ジャクソンの他、「キック・アス」ではマフィアのダミーコ
親分を演じたマーク・ストロングや「スターウォーズ」以後
ヤケクソ演技に定評のあるマーク・ハミルが脇を固める中、
新人俳優であるタロン・エガートンが主人公となって、
彼らに「一流」となるべく教育されていくのが見所です。

さて、そんな本作の内容なのですが、「プロとはいつ
いかなる時でも紳士であるべし」と常にスーツと傘を
手放さないのが信条の、ポップでキッチュに強調された
エージェントたちが、革靴の先からナイフが飛び出す
例のお決まりの「スパイ靴」に始まり、過去のパルプ作品を
想起させる面白ギミック満載のガジェットをフル活用して
悪の科学者へ戦いを挑むという、まさしくいかにも
コミックをベースにした作品であることを伺わせる、コマの
一つ一つがスクリーンから飛び出してくるようなけれん味
たっぷりのドタバタ活劇を堪能することができます。

紳士のハイソなお上品さとバランスを取るようにして、
マークミラーならではの下世話でお下劣で悪趣味全開な
ユーモアにも溢れており、終盤でボッコボコ人が死ぬのに
罪悪感の欠片も感じない爽やかなまでのカタルシスと
不謹慎な大爆笑をもたらしてくれるのですが、この溜めの
作り方はマシューの功績に寄るところも大きいのでは?
ただの頭の悪い作品に留まらず、きちんと人間ドラマを
描写するのもマークとマシューの「プロ意識」であり、
同様にこの「プロ意識」が作品の一つのテーマとなっていて、
周囲の人間がエリートとして意識を高く持っている中、
「任務に徹するよりも人間として正しくありたい」と願う
主人公・エグジーの青臭さが観客の共感を呼びます。
そうかと思えばやっぱり俗っぽくて女と性欲には
勝てないなんていうのもいかにもスパイ映画っぽくて良い。

スパイ映画スパイ映画と連呼してますが、実はあらゆる
「B級作品」に対するオマージュで溢れているような気が
するのも本作の特徴で、例の障害者アスリート「ブレード
ランナー」を思わせる義足の女暗殺者・ガゼルが
アクロバティックに闘う姿は「キル・ビル」や「プラネット・
テラー」も同時に連想するし、「ここで一日中立っている
つもりか?それとも闘るか?」という台詞は「レザボア・
ドッグス」のブロンドの名台詞のパロディのようで、
タランティーノ作品に妙にオマージュが捧げられている
かと思えば、わけのわからない理由で大量殺戮に走る、
漫画から飛び出してきたようなキチガイヴィランを
サミュジャクが演じた作品と言えば「アンブレイカブル」、
果ては何故だかキューブリックの「シャイニング」みたいな
展開も見受けられたりして、漫画や映画の知識が
あればあるほど元ネタ探しが楽しめる作品な気がします。
そういう意味で言えば、スパイ映画自体はあんまり好きじゃ
ない、自分の知識のなさが今回非常に悔やまれました…

マークミラー原案作品とか、アメコミ原作映画とかより、
古き良きパルプ作品を現代の技術を使って全力で
再現してみたという馬鹿っぽさの方が趣として強くて、
それが間口の広さになって今回全世界で絶賛の
嵐を巻き起こす理由になったのではと考察します。
なので、「ウォンテッド」や「キック・アス」その他
アメコミ映画好きな人に留まらず、B級映画、
馬鹿映画が大好きならば観ておいて絶対損はなし!

人生の目的とは

新作レンタル「ホドロフスキーのDUNE」を鑑賞
しましたので、本日はこの作品のレビューをば!

本作は、前衛芸術家であるアレハンドロ・ホドロフスキーが
「エル・トポ」「ホーリー・マウンテン」のヒットを経た後、
SF作家フランク・ハーバートの代表作「デューン」に着目し、
その超大作の製作にあたって彼やスタッフが傾けた
情熱や挫折の無念を収めた回顧録となっています。

「人間の意識を根本から変えてしまうような預言書を
作りたかった」と冒頭から語るホドロフスキー監督。
元々「エル・トポ」「ホーリーマウンテン」でも「自らが
創造する全く新しい聖書を作りたかった」とコメント
しているので、デューンに対する彼のスピリチュアルな
意気込みも別段珍しいものではないのですが、そんな
カルト教祖のような彼の物言いに合わせて、当時の
彼の周囲にいたという人間の「ホドロフスキーは
すごい奴だったんだよ!」といった類の賞賛の言葉を
並べる展開に、「これは駄サイクルによる単なる
居酒屋座談会なのか?」と一抹の不安がよぎります。

ところが「スター・ウォーズ」による一大スペオペ
ブームが巻き起こる以前に、彼が既に観念的な
側面の強い一つのSF作品に着手しようという慧眼は
決して看過することはできないし、何よりも中盤に
登場する、名脚本家として知られるダン・オバノンや、
今や説明不要のエログロアーティスト、H・R・ギーガーを
いち早く彼が抱え込んでいたという純然たる事実が、
「ひょっとして我々は歴史に残るような名作を観る
機会を本当に逃していたのでは」という気になります。

加えて映画のスコアにはピンク・フロイドを、キャストは
デヴィッド・キャラダインに端を発してミック・ジャガーや
果ては画家のダリまで起用しようなんていう大胆かつ
奇抜な発想、同時に当然膨れ上がっていく予算には
吹かされるのですが、そんな途方も無いスケールの
作品の実現を、彼と彼のスタッフが誰一人として
全く疑うことなく心の底から信じて一丸となっていた
という意気込みを見ているうちに、我々も熱気に
あてられて「ホドロフスキーの作った『DUNE』」という
作品を鑑賞しているような、或いは一度鑑賞したような
奇妙な興奮と一体感に包まれるから不思議なものです。

「カルト映画監督のホドロフスキーが手がける10時間超の
SF作品」というお題目が、結果として配給会社が何処も
買いの手を挙げなかったという話が頷けるならば、
企画が同じくカルト映画監督のデヴィッド・リンチに渡り、
結果として世紀の大駄作「デューン 砂の惑星」が
生まれてしまったというオチまでついてるのも笑う。

彼が本当に「DUNE」を世に送り出していれば果たして
名作足り得たかどうかというのはあくまで「たられば」の
話でしかないのですが、それと同時に彼が企画を
出していなければギーガーが映画の世界に足を
踏み入れて「エイリアン」をデザインすることもなかった
かもしれないといった具合に、本作を通じて語られる
テーマは「可能性」の話であり、現在では長編は
トリロジーとしてカットアップするのが主流となって
いるし、数々の観念的なSF映画がヒットを飛ばして
いるのを鑑みるに、そこには確かに早すぎた才能が
存在したという確信を得られるような気がするのです。

「実現には至らなかったコンコルド計画」という
側面から、想定されたスケールのデカさを見るだけ
でも楽しいので、ホドロフスキーのファン以外にも
映画好きには一つのメイキングやドキュメンタリーとして
なかなか楽しめる作りになっているのではないでしょうか。
個人的には結構オススメしたいというか、これが
きっかけで「エル・トポ」や「ホーリーマウンテン」を
うっかり観てしまう人が増えてしまったらいいな!

Life in space is impossible.

新作レンタル「ゼロ・グラビティ」を鑑賞
しましたので本日はこの作品のレビューをば!

アメリカの宇宙探査船「エクスプローラー」の
クルーが機体を整備している最中、ロシアが
自国スパイ衛星の一つを破壊したとの報が入る。
飛び散るデブリは瞬く間に周辺の衛星を破壊し、
そしてまたエクスプローラーも被害は免れなかった。
奇跡的に生き残ったライアンとマットの二名は、
僅かな希望に賭けて国際宇宙ステーションまで
宇宙遊泳で辿り着こうとするが…というあらすじ。

「トゥモロー・ワールド」等で知られるアルフォンソ・
キュアロン監督の最新作にあたる本作品は、宇宙に
取り残された二人の人間の奮闘を描いた映画。

「宇宙には重力も気圧も酸素もない」とぶっきらぼうに
前置きした上で、一体どうやって撮影しているのかと
皆目見当がつかないVFXによる無重力表現により、
宇宙の孤独と閉塞感をありありと描き出してきます。
時と共にその顔色を変える、地球の美しい情景にも
思わず息を呑みますが、そんなことよりも観ている
こちらの方まで無重力酔いしながら窒息しそうな
臨場感が勝り、この絶妙なバランス感覚が観客を
一気に作品へ取り込み、一体感を演出しています。

そして大事故を発端に、リアルタイムで進行する
おおよそ90分に亘る二人の宇宙飛行士の大冒険が
展開されるわけですが、たった一つのデブリが
人間はおろか宇宙船をも大破する様を観ていると、
「スターウォーズ」のミレニアム・ファルコン号の
ように隕石や機雷群の中を飛べるようになるのは
到底不可能な話に思えるし、ひっかかって邪魔な
ケーブル一本を切り離すという作業にも膨大な
手間と労力を要する様からは、レーザーライフルも
ライトセーバーも存在しないという現実に絶望し、
「一体何故宇宙なんかに出る必要があるんだ!」と、
無謀で愚かで理不尽に見える行為に頭を抱えます。

しかしそれでも人類が地球を飛び出したがる理由は
「その向こうに何かがあると信じているから」に
他ならず、それはつまり人類の科学がどんなに
進歩しても、絶望と不可能の壁にブチ当たる度に
「神的な力」への信仰の輪郭が強まっていくという、
ある種の矛盾を本作では興味深く描いています。

原題の「GRAVITY」もその意味を強く反映しており、
ガンダムのニュータイプ的な、重力の鎖を解き放ち
人類が革新を得るという霊的でオカルトな話も展開
しつつ、最終的には人と人がお互いに引かれ合う
「引力」がテーマとして濃厚となっていきます。
なのでなんで邦題に「ゼロ」とか余計な言葉
つけたんだふざけんな死ねって思ったりしますが、
それはさて置き、人間というものは誰しもが
宇宙船の中で今にも窒息しそうな孤独な漂流者
だけれども、他人との間に発生する「引力」が
あればこそ力強く立つことができるし、それが
「悔いのない人生だったと笑って死ねる」覚悟にも
繋がるんだという教えが本当にありがたく、美しい!

プロモーションとしての売り込みはSFモノですが、
時としてホラーの様相を見せ、最終的には感動の
ヒューマンドラマに着陸するという、ジャンルの
垣根を超えた全能感に溢れた本作、視覚的にも
ストーリー的にも完璧なアカデミーも納得の名作!

EXCELSIOR!

新作ソフト「世界にひとつのプレイブック」を
鑑賞しましたので本日はこの作品のレビューをば!

躁鬱病が原因で精神病院へ入れられ、妻・ニッキーに
捨てられたパットは、それでもなお彼女のことが
忘れられず、よりを戻せると根拠もなく信じていた。
母親が裁判所にかけあったことで退院を許可された
パットは、接近禁止命令があるにも関わらず
あの手この手でニッキーとコンタクトを取るための
手段を画策するが、ある時友人に招かれた食事会で、
夫を事故で亡くした女性・ティファニーと出会う。
どうやら彼女に気に入られてしまったらしいパットは
彼女に付きまとわれることとなり、お互い口汚く
罵り合うことはあれど次第に仲を深めていく。
そんな折、ティファニーは「ニッキーにこっそり
手紙を渡してやってもいい」という提案をパットに
打ち明けるが、その交換条件として彼女が挙げたのは、
彼女の趣味であるダンスのパートナーとなり、
クリスマスパーティに出席することだった…
というのがおおまかなあらすじ。

アカデミー八部門ノミネート、そのうち主演女優の
ティファニー役、ジェニファー・ローレンスが
見事賞を勝ち取ったことで話題になった本作品は、
文字通り「心を病んでしまった」男女それぞれの
心の交流と再起を描いたヒューマン・ドラマ。

最近では深刻な社会問題として取り沙汰されることも
多い「うつ」にかかった男を主人公に仕立てあげて
いるわけですが、多分これを精神病患者の顕著な例の
一つとして上げてしまうのは少し語弊があったり
誤解を招くんじゃないかなあなんて極端なキャラの
造形をしているという前置きをした上で、パットと
いう男がまず基本的にあまり善良とは言い難い
クズであるというのがまず話として面白いところで。

そんな彼が、話を聞いていても家庭環境的には
とても恵まれていなかったような妻との生活を、
まるでないものねだりするように執拗に追い求める
というのが、一つの人生の縮図であり悲喜劇です。

少し話は逸れますが、人と人との繋がりが希薄な
現代社会においては殊更にこの「ないものねだり」に
躍起になる人々が散見され、SNSの相互フォローだの
お気に入りだのレスポンスだの、そうした「繋がる
こと」そのものに価値や意味を見出そうとして奔走する
姿は、本作のパットがあまりにも必死で無様に
駆けずり回るそれとあまり違わない気もします。

一方のティファニーもまた単なる善人とは遠い、
しかし同時にパットと同じく喪失の重みに必死に抗う
哀しい女で、そうして行動原理がごくごく単純で
人間的な「好意」「色恋」それにほんのちょっとの
「下心」というのが、逆に温かくてありがたい…。

そして事態を一層複雑な物に変えてくるのが、
ロバート・デ・ニーロ演ずるギャンブル狂の
クソコテ親父の存在で、これがパットに輪をかけて
というか、パットはよくこのレベルに踏みとどまる
ことができたなという割と擁護のできないクズで、
そんな彼が自らの財産を投げ打つことで、パットが
「立ち直らざるをえない苦境に立たされる」という
カンフル剤を投与される展開になるのも面白いと
言えば面白いけど、改めて文字に書き起こすと
本当ひどいなこれ!?

最終的には「こうじゃなきゃおかしい」っていう
観客の期待するハッピーエンドへ紋切り型な
作りになっているわけですが、そうなると別に
躁鬱病のくだりはそこまで必要だったのかなあと
思ったりもするんですが、もし本作を通じて
精神病に学ぶことがあるとすれば、それは
「お薬はちゃんと飲もう」ということだったりします。

キャスト面ではジェニファー・ローレンス以外にも、
「ハングオーバー」で注目を浴び、クズ野郎としての
堂々の立ち回りを見せるブラッドレイ・クーパーが
パット役、キャスト見るまでは全然気づかなかった、
ちょっと肥えたクリス・タッカーがパットの親友役
ダニーとして持ち前の口の軽さとノリの良さを
生かしたこくじんを好演、デ・ニーロは元々名優の
風格を漂わせすぎて若干浮いてるのが玉に瑕か。

「必ずしも誰もが善人ではない」「それでも
なんとかやっていくしかない」という、割と最近の
映画界の流行に乗った内容のお話で、作品を構成する
要素全てが優れているというわけではないのですが、
これこそが世間の求めるベストな形の映画という
気もして、なんか、個人的には、煮え切らないというか。
面白かったよ!面白かったけどね!?
プロフィール

マイケル・チバ

Author:マイケル・チバ
シルバーレイン
マイケル・チバ(b30277)
薬師寺・米(b41960)
を経て、
現在はエンドブレイカー!
マーヴィン・ジェント(c06527)
にて稼動中。

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