銀雨偉人伝(第95回)

いっいやああー!!
人がやっとやる気になってるという時になって
FC2は重くてログインが出来ないとかクソァ!
というわけで気がつけば最終更新は
7月末と随分時間を隔ててしまっていたわけですが
久しぶりに銀雨偉人伝第95回!
カウントダウン間近の節目も近くお目出度い
ということで今回ご紹介するのはNPCの
百地・いろは(ももち・−)【bn0209】さん!
古くから存在する能力者集団である天輪宗の
総本山に仕える若者の一人であり、
今治市解放戦においてそのジョブを引っさげて
華々しいデビューを飾った女の子。
凛とした表情とそれに追随するかのような性格、
時として年頃の少女としての一面を見せる。
裏表のない性格やその美貌も相まって、
周囲からの信頼は厚く好感度も高い。
しかし、彼女の知名度や人気を最もたらしめた
要因はやはりその「けしからんおっぱい」に
あると言っても過言ではないだろう。
更に加えて言うなれば、彼女本来の魅力は
その乳の付け根、腋にあるとここに断言しよう!
法衣のひらひらした帯の合間から
時折覗くそれはまさに至高・魅惑のチラリズム。
それに伴って今治市解放戦の戦争ピンでは
いきなりコンビニの屋上で躍らせたり
お米さん一行で腋プロデュースの一環として
色々ピン作ったりしてごめんなさい。
むしろ現在お米さんが動けてないことも含め
プロデュースが全く止まっているという
中途半端な状況が一番ごめんなさい!
やっぱりGT誘えるぐらいしか接点ないのも
ちょっと問題なんですよね。
な、なんとかしないと…(どうにもならない)
突撃−TOTSUGEKI−
…って書くと途端にセガール映画っぽい!
IMdbチャートうんちゃらの関係でリストに
放り込んでたら送られてきた「突撃」の
レビューを今回は行いたいと思います!
実はOPクレジット見るまでキューブリックの
映画だとは知りませんでした!
1915年、時は第一次世界大戦。
独仏は数百メートルの土地を挟んで睨み合い、
奪い合うことで何万という命が失われた。
業を煮やしたフランス軍上層部は
ドイツ軍の重要拠点の一つである
「アリ塚」の攻略に踏み切る。
難攻不落、不可能に近い無茶な作戦と
知りつつも、前線で指揮を取るダックス大佐は
上官の命令により挑むこととなるのだが…
というのが大まかなあらすじです。
序盤で戦争娯楽映画と見せかけて、
中盤からがらりと雰囲気が変わって
法廷サスペンスに雪崩れ込む異色作。
しかし一番の見所はやはり序盤の
ヤマである無謀な「突撃」シーンでしょう。
例えば「プライベート・ライアン」の
ノルマンディ上陸作戦では
内臓ブチ撒けたり、自分の手足を抱えて
その場をウロつく兵士を描いたりしてましたが、
戦争の悲惨さを描くなら実はそんなことも
必要なくて、ただ淡々と爆発と銃声の中を
進む人の群れを撮るだけで十分なんだと
思い知らされました。
これほど命を散らすには馬鹿げた行為で、
あまりにも間抜けな光景は他にない。
それに加えて、機銃掃射の中を駆け抜け、
たまたま生き残れたというにも関わらず、
お上は己の世間体と名誉を守るために
作戦失敗を理由として臆病者のレッテルを
彼らに貼り付け、見せしめに処刑を行うと言う。
そうして何名か首を差し出せとの命令に、
各隊はくじ引きでそれを決めるのだと…
呆れて物が言えないとはこのこと、
なのですが、ただ、キューブリックが
後に作る「フルメタル・ジャケット」でも
同様に言えることで、反戦プロパガンダ
みたいなものに対して変に要所要所で
色気じみた物を出してしまうのがちょっと
いらないかなーと思ってしまうのも事実。
それこそ、序盤の戦争シーンのように
「ただそうあっただけ」を描けば十分なのに
(最も、本作はキューブリックを含めて
複数の脚本家が執筆を担当、その上で
相当モめたらしいので、演出の何処までが
彼の意向によるものかは不明ですが)。
戦争と法廷、全く異なる舞台で
どちらとも一歩も退かず戦い抜く
タフな男を演じるのはカーク・ダグラス。
後に出演する「OK牧場の決斗」同様、
タフな外見とそれに準じた振る舞いを
しながらも時に繊細さを見せる、
そんな役柄が実に似合う名優です。
余談ですがこの作品を観た後になって
ようやく彼とマイケル・ダグラスが
親子だという事実を知りました。
ヘンリーとピーターのフォンダが親子
ってのも最近までずっと知らなかったし、
クラシック映画にまで手を出すようになって
ようやく知ることは結構多いです。
自称映画通が聞いて呆れるワ!赤面。
話は戻って、本作は「現金に体を張れ」の
翌年に撮られた作品とのことですが、この時期の
作品はキューブリックの変に芸術っぽい空気に
あまり傾倒していない、ギラギラした荒削りな
雰囲気が個人的には好みです。
「現金〜」を視聴した当時にも思ったことですが、
よく砥いであるよりも錆びたナイフの方が
傷跡は酷く、後に残り易いという印象です。
IMdbチャートうんちゃらの関係でリストに
放り込んでたら送られてきた「突撃」の
レビューを今回は行いたいと思います!
実はOPクレジット見るまでキューブリックの
映画だとは知りませんでした!
1915年、時は第一次世界大戦。
独仏は数百メートルの土地を挟んで睨み合い、
奪い合うことで何万という命が失われた。
業を煮やしたフランス軍上層部は
ドイツ軍の重要拠点の一つである
「アリ塚」の攻略に踏み切る。
難攻不落、不可能に近い無茶な作戦と
知りつつも、前線で指揮を取るダックス大佐は
上官の命令により挑むこととなるのだが…
というのが大まかなあらすじです。
序盤で戦争娯楽映画と見せかけて、
中盤からがらりと雰囲気が変わって
法廷サスペンスに雪崩れ込む異色作。
しかし一番の見所はやはり序盤の
ヤマである無謀な「突撃」シーンでしょう。
例えば「プライベート・ライアン」の
ノルマンディ上陸作戦では
内臓ブチ撒けたり、自分の手足を抱えて
その場をウロつく兵士を描いたりしてましたが、
戦争の悲惨さを描くなら実はそんなことも
必要なくて、ただ淡々と爆発と銃声の中を
進む人の群れを撮るだけで十分なんだと
思い知らされました。
これほど命を散らすには馬鹿げた行為で、
あまりにも間抜けな光景は他にない。
それに加えて、機銃掃射の中を駆け抜け、
たまたま生き残れたというにも関わらず、
お上は己の世間体と名誉を守るために
作戦失敗を理由として臆病者のレッテルを
彼らに貼り付け、見せしめに処刑を行うと言う。
そうして何名か首を差し出せとの命令に、
各隊はくじ引きでそれを決めるのだと…
呆れて物が言えないとはこのこと、
なのですが、ただ、キューブリックが
後に作る「フルメタル・ジャケット」でも
同様に言えることで、反戦プロパガンダ
みたいなものに対して変に要所要所で
色気じみた物を出してしまうのがちょっと
いらないかなーと思ってしまうのも事実。
それこそ、序盤の戦争シーンのように
「ただそうあっただけ」を描けば十分なのに
(最も、本作はキューブリックを含めて
複数の脚本家が執筆を担当、その上で
相当モめたらしいので、演出の何処までが
彼の意向によるものかは不明ですが)。
戦争と法廷、全く異なる舞台で
どちらとも一歩も退かず戦い抜く
タフな男を演じるのはカーク・ダグラス。
後に出演する「OK牧場の決斗」同様、
タフな外見とそれに準じた振る舞いを
しながらも時に繊細さを見せる、
そんな役柄が実に似合う名優です。
余談ですがこの作品を観た後になって
ようやく彼とマイケル・ダグラスが
親子だという事実を知りました。
ヘンリーとピーターのフォンダが親子
ってのも最近までずっと知らなかったし、
クラシック映画にまで手を出すようになって
ようやく知ることは結構多いです。
自称映画通が聞いて呆れるワ!赤面。
話は戻って、本作は「現金に体を張れ」の
翌年に撮られた作品とのことですが、この時期の
作品はキューブリックの変に芸術っぽい空気に
あまり傾倒していない、ギラギラした荒削りな
雰囲気が個人的には好みです。
「現金〜」を視聴した当時にも思ったことですが、
よく砥いであるよりも錆びたナイフの方が
傷跡は酷く、後に残り易いという印象です。
きよしこの夜
というわけで本日は
クリント・イーストウッド監督、
「チェンジリング」のレビューを
行いたいと思います!
1928年ロサンゼルス。
電話交換会社の主任を務める
クリスティーンはシングルマザーである。
ある日、彼女がほんの数時間日中に
他人の欠勤を埋めるため家を空けた
間に、留守番していた一人息子の
ウォルターは謎の失踪を遂げてしまう。
約半年後、彼女の懸命な働きかけと
警察の捜索によりウォルターが無事
発見されるが、クリスティーンにはどうにも
その少年が自分の息子だとは思えない。
身体的特徴にもあからさまな違いが
見て取れると関係者も口を揃える中、
事件は解決したという強硬な
姿勢を変えようとしない警察。
そして頑なに自分の息子を探してくれと
懇願する彼女に業を煮やした警察が、
ついに彼女にとった恐るべき方法、
そして思わぬ方向から明るみになる
背筋も凍るような事件とは一体…
というのが大まかなあらすじです。
グリム童話にもされている、ヨーロッパに
伝わる「取替えっ子」の伝承をタイトルとし、
アメリカ・カナダ間で実在した人物・実話を
元にしたという本作品。
描かれるのはロス市警の腐敗と怠慢、
信じられないようなとある事件、
それらを明るみにさせたひとえに息子を想う
一人の人間、女、そして母親である
クリスティーン・コリンズの力強さ。
特に母親役のアンジェリーナ・ジョリーは
ノーメイクのやつれた風貌で本来の美貌を
台無しにするが如き体当たりで演じており、
見事アカデミー賞に輝いたほどの折り紙付き。
母親以外のキャラクターの造形も良く、
自分の仕事に矜持を持つ教師や医者、
警察の体制に疑問を持つ牧師や弁護士、
そしてクリスティーンにほのかな好意を
寄せる電話会社の上司等が、
寄る辺なく一人戦うクリスティーンのために
無償の協力を惜しまない温かさが本当に心強い。
映画の玄妙を知り尽くした男、
クリント・イーストウッドなだけにキャラの配置
のみならず脚本の緩急の付け方や観客の
心の揺れ動きまで完全に掌握しており、
緩やかなオープニングから一転して
急転直下な展開や、観客の予想を
まるで見透かしたように二転三転させる
先の見えないストーリーは最高にミステリアス。
カメラワークについても面白い部分があって、
本来は長回しや奔放な撮影が主な監督が、
作中のとある一つのヤマ場に差し掛かった途端、
突然カメラの配置に気を配り始め、
頻繁にカットを変えることにより最高の
緊張感を演出させることに成功しています。
余談ですが、「ミリオンダラー・ベイビー」や
「グラン・トリノ」と同じく、今回も教会が物語の
舞台の一部であり、「神」や「天国と地獄」という
教化的な概念に苦悩するキャラが描かれており、
この想いは監督が作品と歳を年々重ねるごとに
強まっているようにも感じられます。
本作品は何もかもを計算づくで撮った
監督の映画キャリア全てを注ぎ込んだ
集大成的な印象が強く、その反動として
「グラン・トリノ」が好き勝手やらせてもらった感が
強いのかなーと思ったのも余談。
母親やそれを支える人々の力強さや
希望の光に対し、強すぎるほどの
人間の抱える心の闇がもたらす救いようの
ない事実が辛い・しんどい部分も多く、
鑑賞後に何とも言えない気持ちにさせられますが、
ただ一つ言えることは、間違いなく
オススメできる名作だということです。
クリント・イーストウッド監督、
「チェンジリング」のレビューを
行いたいと思います!
1928年ロサンゼルス。
電話交換会社の主任を務める
クリスティーンはシングルマザーである。
ある日、彼女がほんの数時間日中に
他人の欠勤を埋めるため家を空けた
間に、留守番していた一人息子の
ウォルターは謎の失踪を遂げてしまう。
約半年後、彼女の懸命な働きかけと
警察の捜索によりウォルターが無事
発見されるが、クリスティーンにはどうにも
その少年が自分の息子だとは思えない。
身体的特徴にもあからさまな違いが
見て取れると関係者も口を揃える中、
事件は解決したという強硬な
姿勢を変えようとしない警察。
そして頑なに自分の息子を探してくれと
懇願する彼女に業を煮やした警察が、
ついに彼女にとった恐るべき方法、
そして思わぬ方向から明るみになる
背筋も凍るような事件とは一体…
というのが大まかなあらすじです。
グリム童話にもされている、ヨーロッパに
伝わる「取替えっ子」の伝承をタイトルとし、
アメリカ・カナダ間で実在した人物・実話を
元にしたという本作品。
描かれるのはロス市警の腐敗と怠慢、
信じられないようなとある事件、
それらを明るみにさせたひとえに息子を想う
一人の人間、女、そして母親である
クリスティーン・コリンズの力強さ。
特に母親役のアンジェリーナ・ジョリーは
ノーメイクのやつれた風貌で本来の美貌を
台無しにするが如き体当たりで演じており、
見事アカデミー賞に輝いたほどの折り紙付き。
母親以外のキャラクターの造形も良く、
自分の仕事に矜持を持つ教師や医者、
警察の体制に疑問を持つ牧師や弁護士、
そしてクリスティーンにほのかな好意を
寄せる電話会社の上司等が、
寄る辺なく一人戦うクリスティーンのために
無償の協力を惜しまない温かさが本当に心強い。
映画の玄妙を知り尽くした男、
クリント・イーストウッドなだけにキャラの配置
のみならず脚本の緩急の付け方や観客の
心の揺れ動きまで完全に掌握しており、
緩やかなオープニングから一転して
急転直下な展開や、観客の予想を
まるで見透かしたように二転三転させる
先の見えないストーリーは最高にミステリアス。
カメラワークについても面白い部分があって、
本来は長回しや奔放な撮影が主な監督が、
作中のとある一つのヤマ場に差し掛かった途端、
突然カメラの配置に気を配り始め、
頻繁にカットを変えることにより最高の
緊張感を演出させることに成功しています。
余談ですが、「ミリオンダラー・ベイビー」や
「グラン・トリノ」と同じく、今回も教会が物語の
舞台の一部であり、「神」や「天国と地獄」という
教化的な概念に苦悩するキャラが描かれており、
この想いは監督が作品と歳を年々重ねるごとに
強まっているようにも感じられます。
本作品は何もかもを計算づくで撮った
監督の映画キャリア全てを注ぎ込んだ
集大成的な印象が強く、その反動として
「グラン・トリノ」が好き勝手やらせてもらった感が
強いのかなーと思ったのも余談。
母親やそれを支える人々の力強さや
希望の光に対し、強すぎるほどの
人間の抱える心の闇がもたらす救いようの
ない事実が辛い・しんどい部分も多く、
鑑賞後に何とも言えない気持ちにさせられますが、
ただ一つ言えることは、間違いなく
オススメできる名作だということです。
立て!立つんだジョー!
ヘヘヘ、ファイトは楽しいネ、
ファイトは楽しいよジョーヤブーキ…
一つの大きなヤマ越えた!ってのは
以前ちょっと記事にしたと思いますが、
部屋の掃除したり髪切ったりして
さっぱりしたら風邪でダウンして…
というのはこれも数日前の話。
「回復する→調子に乗って動く
→今度は更に悪化する」という
最悪のコンボになって今フラフラしてます。
いやー、体調悪い時に酒注ぎ込んだのも
フラフラの原因の一つなんですけどね!
白菜と豚バラの重ね鍋って奴に挑戦したら
白菜の分量全然足りなかったらしくて
鍋焦がしちゃうし!普通に食えたけど
焦げてなかったらもっと美味かったんだろうな!
あれ、何の話だっけ。
最近ようやく「チェンジリング」をレンタル
できたのですが、それもこれも
「トロピック・サンダー」をレンタルした時に
「なんじゃこの酷い作品はあ!」とか
冒頭20分あたり流しながら観てたら
チャプターの途中でどうやっても再生
が止まってしまう不良品で!
商品を交換してもらってようやくレンタルに
漕ぎ着けたという何とも不本意とも
ラッキーとも言い難い事態でした。
「チェンジリング」自体は半端なく名作でした!
リアルタイムで存在知ってたら
映画館行ってたんだけどなあこれ…
とまあ、チラシの裏的更新で
今回は勘弁してください。
次回は「チェンジリング」のレビューやります。
結構本気で今体調しんどいかもしんない。
ファイトは楽しいよジョーヤブーキ…
一つの大きなヤマ越えた!ってのは
以前ちょっと記事にしたと思いますが、
部屋の掃除したり髪切ったりして
さっぱりしたら風邪でダウンして…
というのはこれも数日前の話。
「回復する→調子に乗って動く
→今度は更に悪化する」という
最悪のコンボになって今フラフラしてます。
いやー、体調悪い時に酒注ぎ込んだのも
フラフラの原因の一つなんですけどね!
白菜と豚バラの重ね鍋って奴に挑戦したら
白菜の分量全然足りなかったらしくて
鍋焦がしちゃうし!普通に食えたけど
焦げてなかったらもっと美味かったんだろうな!
あれ、何の話だっけ。
最近ようやく「チェンジリング」をレンタル
できたのですが、それもこれも
「トロピック・サンダー」をレンタルした時に
「なんじゃこの酷い作品はあ!」とか
冒頭20分あたり流しながら観てたら
チャプターの途中でどうやっても再生
が止まってしまう不良品で!
商品を交換してもらってようやくレンタルに
漕ぎ着けたという何とも不本意とも
ラッキーとも言い難い事態でした。
「チェンジリング」自体は半端なく名作でした!
リアルタイムで存在知ってたら
映画館行ってたんだけどなあこれ…
とまあ、チラシの裏的更新で
今回は勘弁してください。
次回は「チェンジリング」のレビューやります。
結構本気で今体調しんどいかもしんない。
奴の名はテリー!テリー・ザ・タイガー!
大学行きが決まり、奨学金も受け取ったが
地元を離れることに不安の残るカート。
対照的に、カートの妹でもある恋人を残して
田舎を早く抜け出したいと息巻くスティーブ。
地元でゼロヨンに興じる退廃的なジョン。
冴えない風貌と性格のオタクなテリー。
それぞれが様々な心の葛藤を抱えた若者たちの
ほんの僅かな一日を描いた青春群像劇…
以前記事にした「スーパーバッド」の元ネタが
あるということでチェックしたのが、
本日レビューするジョージ・ルーカス監督、
1973年公開の映画「アメリカン・グラフィティ」。
自分の進路や恋人同士の将来に言い知れぬ
不安を抱えていたり、それらから逃げ出すように
下らない遊びに興じる大勢の男女を
まるで散文のように断片的に描いていく本作品。
それ故に明確なテーマらしいものが存在せず、
先の見えない散漫な展開は配給のユニバーサルが
興業的に失敗すると見込むのも致し方ないこと。
結果的に成功したのは、やはり観客が登場人物の
誰かしらに自分を重ねたり、「ああ、こんな奴
俺の隣にもいたなあ」というシンパシーを覚えたり、
或いは頼れるアニキ分に憧れを覚えたりするからでしょう。
「スーパーバッド」を話に出しますと、本作に登場する
冴えないオタク「テリー・ザ・タイガー」が
「スーパー〜」では殆どそのままのキャラで
抜き出されていることがわかります。
身分証のない状態から如何に酒を調達するかに奔走し、
トラブルに巻き込まれたことに端を発して
何故かうっかり男を上げてしまうという展開とか
モロなのですが、いつもこの手の話に作り手から
ナードのルサンチマンを感じてしまうのはご愛嬌。
ついでに言うと「スーパー〜」の方が
ナードの高校生が童貞を捨てるため走り回るという
更にマクロな視点に絞り込まれているため、
作品としてのわかりやすさや自分みたいな奴には
共感する部分も多かったです。
余談ですが、劇中にラジオのDJと共にヒットソングが
挿入されるというスタイルは後のタランティーノの
出世作「レザボア・ドッグス」を想起させますね!
この記事のために散々曲名を探し回ったのですが、
「ビッグ・ボッパー」の「シャンティリー・レース」
という曲の「ハロー・ベイビー!」という印象的な
イントロが「アメリカン〜」で効果的に使われると
同時に、タランティーノが脚本を務めた
「トゥルー・ロマンス」でもやはり効果的な
使い方をされているあたり、何処かしら
影響を与えていたのではと思わせます。
後に数多くの青春群像劇やオタク映画に
多大な影響を与えたことが証明されている本作品。
確かに映画的なまとまりや完成度として
見た場合、至らない部分も多いのですが、
それ故の愛しさやライブ感も感じることができます。
ついでに言うと、「スタンド・バイ・ミー」なんかと
同じで、自分がどの時期に出会ったかで
感想が変わりそうな映画だなーと思いました。
地元を離れることに不安の残るカート。
対照的に、カートの妹でもある恋人を残して
田舎を早く抜け出したいと息巻くスティーブ。
地元でゼロヨンに興じる退廃的なジョン。
冴えない風貌と性格のオタクなテリー。
それぞれが様々な心の葛藤を抱えた若者たちの
ほんの僅かな一日を描いた青春群像劇…
以前記事にした「スーパーバッド」の元ネタが
あるということでチェックしたのが、
本日レビューするジョージ・ルーカス監督、
1973年公開の映画「アメリカン・グラフィティ」。
自分の進路や恋人同士の将来に言い知れぬ
不安を抱えていたり、それらから逃げ出すように
下らない遊びに興じる大勢の男女を
まるで散文のように断片的に描いていく本作品。
それ故に明確なテーマらしいものが存在せず、
先の見えない散漫な展開は配給のユニバーサルが
興業的に失敗すると見込むのも致し方ないこと。
結果的に成功したのは、やはり観客が登場人物の
誰かしらに自分を重ねたり、「ああ、こんな奴
俺の隣にもいたなあ」というシンパシーを覚えたり、
或いは頼れるアニキ分に憧れを覚えたりするからでしょう。
「スーパーバッド」を話に出しますと、本作に登場する
冴えないオタク「テリー・ザ・タイガー」が
「スーパー〜」では殆どそのままのキャラで
抜き出されていることがわかります。
身分証のない状態から如何に酒を調達するかに奔走し、
トラブルに巻き込まれたことに端を発して
何故かうっかり男を上げてしまうという展開とか
モロなのですが、いつもこの手の話に作り手から
ナードのルサンチマンを感じてしまうのはご愛嬌。
ついでに言うと「スーパー〜」の方が
ナードの高校生が童貞を捨てるため走り回るという
更にマクロな視点に絞り込まれているため、
作品としてのわかりやすさや自分みたいな奴には
共感する部分も多かったです。
余談ですが、劇中にラジオのDJと共にヒットソングが
挿入されるというスタイルは後のタランティーノの
出世作「レザボア・ドッグス」を想起させますね!
この記事のために散々曲名を探し回ったのですが、
「ビッグ・ボッパー」の「シャンティリー・レース」
という曲の「ハロー・ベイビー!」という印象的な
イントロが「アメリカン〜」で効果的に使われると
同時に、タランティーノが脚本を務めた
「トゥルー・ロマンス」でもやはり効果的な
使い方をされているあたり、何処かしら
影響を与えていたのではと思わせます。
後に数多くの青春群像劇やオタク映画に
多大な影響を与えたことが証明されている本作品。
確かに映画的なまとまりや完成度として
見た場合、至らない部分も多いのですが、
それ故の愛しさやライブ感も感じることができます。
ついでに言うと、「スタンド・バイ・ミー」なんかと
同じで、自分がどの時期に出会ったかで
感想が変わりそうな映画だなーと思いました。


